第3話 近づく距離

「お母さん、明けましておめでとうございます」

「おめでとう・・・遥」

鳥居をくぐって人波に乗って境内に入っていく、舞殿の脇を抜け本殿の階段を登って行くと左下に昨年春に倒れた大銀杏の切り取られた太い幹が見える。

子供の頃から見てきた大銀杏が根元から倒れた時には本当にショックで、まるで私の命も尽きてしまうような気がして、不安に駆られて何度も何度もこの場所に足を運んだ。

「お母さん?お母さん・・・大丈夫?」

「うん、平気よ・・・ごめん」

本殿に参拝してふたりで 鳩みくじを引く。

「あぁ末吉かぁ お母さんは?」

「大吉、 初めて、大吉なんて~」

「えぇ~どれどれ見せて、運命的な出逢いあり、困難あれど結ばれるだってぇお母さん今度行く会社で運命的な出逢いとかあるかもよ~」

「えっ・・・バカねぇ~そんなのあるわけないじゃない、うぅ~寒い早く家に帰ろうよ」

「そうだね、冷えてきたね~」

ふたりは腕を組みながら家路についた。

家に帰って冷えきった身体をお風呂に浸かって温める。

(来年のお正月もこうやって家族で過ごせますように・・・私ったら年が明けたばかりなのに、もう来年のこと考えてる)

夜更かししたせいで2011年の元旦は10時過ぎまでベッドにもぐっていた。

「亜美~お餅焼けたわよぉ~」

母の声で目が覚める。

「ふぁ~ぁ初詣行ったから寝過ごしちゃったぁ」

「明けましておめでとうございます」

母は今年も着物に着替えて、割烹着姿でキッチンに立っていた。

「おめでとう」

パジャマ姿の私と遥が応える。

我が家の雑煮は代々、関東式武家雑煮、鎌倉野菜の雪菜が入っている我が家の定番、これを食べると我が家でのお正月を実感する。

テーブルに母の自慢のお節料理が並んでいる、これも我が家のお正月の光景だった。

「遥はお正月どうするの?」

「んン~昨日友達からメール来て久しぶりに会おうってことになって、どうせならディズニーランドで集まろうってことになっちゃって」

「そうなの、いつ?」

「明日・・・」

「はい、これお年玉」

タイミングよく、母が紅白のポチ袋に入れて遥に渡す。

「ありがとう、おばあちゃん」

「明日楽しんでらっしゃい」

「うん、ありがと」

遥が友達とディズニーランドに行っている間、私はこの前機種変更したiPhoneと格闘していた。

母も友達と買い物と歌舞伎を観に出掛けた。

「あっそうだ・・・ストラップ付けなくちゃ」

ジュエリーボックスの中を覗くと7年前美咲と行ったパリで買ったエッフェル塔のストラップを見つける。

「あぁ懐かしいな~これ」

トリコロール柄のストラップ、大好きなパリの街のセレクトショップでこれを選んでいた頃のことを思い出す。

遥のiPhoneにも同じものが付いている。

( いつか本当に好きな人が出来たら同じものをプレゼントして、お揃いにしようと思ってたんだよね・・・パリかぁ あの頃は楽しかったな~)

私の真新しいiPhoneにエッフェル塔のストラップが結ばれる。

お正月もあっという間に過ぎて、遥がハワイに戻る日。

「やっぱり成田まで見送りに行こうか?」

「大丈夫、大丈夫、お母さんも来週から仕事でしょ今のうちにゆっくりしてよスマホとフェイスブック ちゃんと使ってよぉ、じゃあ今度夏休み帰るからHARUじゃあね・・・」

そう言って遥は鎌倉駅を後にした。

「HARU・・・散歩して帰ろうか」

そう言うと、HARUは少し悲しげな声を上げた。

2011年1月7日金曜日 午後に人事部の深田さんから連絡が来た。

「柴咲さん、急で申し訳ないんだけど明日会社来れるかしら?」

「えぇ大丈夫ですけど」

「あぁよかった、コンプラの前任が去年の年末に急に身体の調子崩しちゃって1日でも早く引き継ぎをってことになって」

「はい、わかりました伺います」

「IDカードも渡すから品川駅に着いたら連絡ちょうだい」

11日火曜日からの出社予定が1日早まる、しばらくぶりの仕事に少し緊張する。

(今夜は早く寝なきゃ・・・)

夜型に慣れた身体を朝型に変えるのは大変だ、結局お風呂から上がってベッドに潜っても寝付けず、1時過ぎにやっと眠りについた。

8日土曜日、冬晴れ、自転車で鎌倉駅に向かう、冷たい乾燥した風が頬を刺す。

土曜日の朝ということもあって人は疎ら、横須賀線で品川駅に向かう車窓からは朝日に照らされた見慣れた住宅街が見える。

40分ほどで品川駅に到着する、改札を出て自由通路を歩きながら深田さんの携帯に連絡する。

「おはようございます、柴咲です、はい、今 品川駅から向かっています、

はい・・・わかりました」

深田さんとスターバックスの前に待ち合わせることになった。

5分ほどしてオフィス棟に入りスターバックスへ近づくとスタバのカップうを2つ持った深田さんが見えた。

「おはようございます、お待たせしました」

「悪いわねお休みなのに・・・はい、ラテでよかったかしら」

そう言って持っていたラテを私に差し出した。

「すみません、いただきます」

「じゃあ行きましょうか」

そう言って深田さんはエレベーターホールへと歩き出す、私もその後に付いて行く。

エレベーターでIDカードの使い方を一通り説明されオフィスに入っていく。

「今日は基本休みだから出社しているのは私たちだけだから、リラックスして」

「はい・・・」

オフィスにはラフな格好をした社員と思われる数名がPCに向かって仕事をしていた。

「じゃあコンプラのマネージャー 紹介するわね、石井さん、石井マネージャー」

「はい・・・ 」

40代後半の白髪交じりの男性がこちらに向かってくる。

「柴咲さん本当は来週火曜日からの出社だったんだけど、今日来てもらったのあとはお願いね」

「そうですか・・・助かります」

「じゃあ柴咲さん、何かあったら遠慮せずに私に連絡して・・・がんばってね」

「はい、いろいろ、ありがとうございます」

その後、デスクに案内されて石井さんに仕事内容についての説明を受ける。石井さんは冷静にそして丁寧に私に指示をして自分のデスクに戻っていった。

「ふぅぅ~」

デスクで大きく深呼吸する。

「久しぶりに叩くキーボード・・・指がまだ硬くて思うように動かない」

気づくと、あっという間に2時間近くが経っていた。

少しずつ以前の感覚が蘇ってくる、石井さんに何度か質問して指示された仕事を必死で消化していく。

「柴咲さん少し休んでください」

石井さんが声を掛けてくれる。

「はい、ありがとうございます」

「オフィス出て右に行くとリフレッシュルームあるから、そこでコーヒーでも飲んできて」

「はい、そうさせていただきます」

深田さんに頂いたすっかり冷めてしまったラテを一口飲んでオフィスの中を見渡す。

「あっ・・・」

思わず声が出る、クリスマスイヴの面接の日逢った男性が、私のデスクの10メートルほど先に座っていた。

(えっ何で?やだ・・・本当に?また逢えた、それもこんな近くで)

ラテを持ったまましばらく彼を見つめる、私の心のコンパスの針はその時大きく振れていた。

彼は眉間にしわを寄せ険しい顔で、シルバーメタリックのPC画面を見つめていた。

クリスマスイヴで逢った時の悲しみなど、どこにも感じられなかった。

フロアマップでオフィスの座席表をチェックする。

(部長・・・ 堤、あっ あの時・・・外人さんが叫んでいた『つつみ』って堤部長のこと?)

「堤部長・・・か」

名前がわかった ただそれだけで、なんだか私の心は弾んでいた。

「あっ」

堤部長が突然顔を上げて私の方を見る、一瞬目が合った気がして、私は思わず目を伏せる。

ゆっくり顔を上げると堤部長は何事もなかったかのようにキーボードを叩いていた。

「私、なにドキドキしてんのよ」

私の胸の鼓動は高鳴っていた。

1時間ほどすると内線が鳴り人事部から呼び出される、25階に上がり人事部へ行く。

「あぁ柴咲さん・・・どう?コンプラの引継ぎは?」

深田さんが質問してくる。

「はい、何とか・・・」

(うそ・・・もうテンパッちゃってる)

「そう、午後からはここでコンプラのオリエンテーションを受けてもらうからこれから一緒に お昼どう?」

「はい、ご一緒します」

「じゃあちょっと早いけど行きましょうか」

そう言って深田さんとエレベーターに乗る。

「柴咲さん、お好み焼き・・・は好き?」

「はい?」

「よかったぁ~私、大阪出身で突然お好み焼き食べたくなるのよぉ、でもひとりでお好みっていうのもねぇ」

ビルを出て5分ほど歩いたところにあるビルの2階に上がる。

「ここに美味しいお好み焼きの店あるのよ」

店に入る、お好み焼き『きじ』大阪の名店らしい、ソースの香ばしい匂いが食欲をそそる。

「まいど~深田さん今日も仕事やったんですかぁ」

店長らしき男性が声を掛けてくる、深田さんは相当の常連客の様だった。

大阪の店らしく?メニューは(目に言う)って書かれている。

「柴咲さん、何にする?」

「んン~深田さんにお任せします」

「そぉ~じゃあ生・・・それはあかんやろ」

そう一人つっこみをして深田さんは笑いながらオーダーする。

「スジ焼きとモダンあとぉ~豚玉もいっちゃおっかな~」

お好みが焼ける間、深田さんに会社のことをいろいろと質問する。

「今日出社されているのはどこの部門の方なんですか?」

「各部門のマネージャークラスかな~強制じゃないんだけどね~みんな仕事人間だから、マネージャー以上で出社しているのは、セールスの堤くんだけかな」

「堤くん?」

「はいスジ焼きお待ちぃ~」

たっぷりとネギがトッピングされたスジ焼きが出される。

「おいしそう~」

コテで一口サイズに切って食べる(熱っ、でもウマイ)粉の甘みと旨みが口の中に広がる。

「はいモダンと豚玉ね~お待ちぃ」

モダン焼きも美味しい、本当にビールが飲みたくなる。

「どぉ?」

「めちゃくちゃ美味しいです、ビール飲みたくなりますねぇ」

「でしょ~」

深田さんが豚玉を一口食べて笑った。

「あぁ堤くんってセールスの堤部長、彼が一番の仕事人間・・・かな」

「そうなんですか」

「私の5つ下でね、入社した当時はよく飲みに行ったのよぉ~彼、大学でボート部の主将やっていてねぇ」

「ボート部ですか・・・」

「会社の中でもモテたのよぉ、堤くん、本人全く気づいてなかったけどね」

そう言って深田さんは少し懐かしそうに、そして寂しそうに笑った。

「そうなんですか・・・でも少し怖そうですよね、堤部長って」

「怖い?そうかぁ、堤くん、笑わなくなっちゃったからね、昔はいつも笑っていたのにね」

深田さんはそう言った後で豚玉の最後の一切れを頬張った。

「ふぅ~もうおなかいっぱい・・・」

会計を済ませ会社に戻る。

「ごちそうさまでした」

「いいのよ、気にしないでお好み焼きひとりで食べても美味しくないでしょさぁ~仕事 仕事」

そう言って腕を回して笑った。

オリエンテーションが終わりデスクに戻る、10メートル先のデスクには人影はなかった。

オフィスにはもう数名しか残っていなかった、オフィスの中を一回りしてみる・・・最後に堤部長のデスクの前に立ち止まる。

キレイに整理整頓されたデスクの上(あっいい香り)堤部長のデスクからは爽やかな香りが漂っていた。

「お疲れ様でしたぁ お先に失礼します」

エレベーターでエントランスに下りて品川駅に向かう、明後日からの出社だったが、今日1日でだいぶ気が楽になった。

電車に揺られ暗闇に照らし出された車窓を眺めながら無意識のうちに私は堤部長のことを考えていた。

(どうして・・・笑わなくなっちゃったんだろう?結婚、してるよね・・・きっと、何考えてんのよ、私って・・・バカみたい)

「ただいまぁ~あぁ疲れたぁ」

「おかえりなさい~」

着替えてリビングに行くと母が食事の用意をしていた。

「今日はブリが安かったからお刺身とブリ大根よ」

「おいしそう~」

「じゃあ乾杯しましょうか・・・」

そう言ってグラスにビールを注ぎだした。

「何で乾杯?なんの?」

「だって、今日が初出勤だったんでしょ?だから、乾杯」

「・・・ホントは1月10日からなんだけど、ありがと」

「じゃあ、来週から仕事がんばって、かんぱ~い」

「くぅ~やっぱ仕事した後のビールはうまいわねぇ、いただきま~す」

「あなた、なんだかお父さんに似てきたわね・・・」

「えぇ~そぉ?なにオヤジくさいってことぉ」

女性ふたりの食卓、母の明るい性格で私はいつも救われる。

「それで、仕事は?どぉ?」

「うん、楽しかった、お好み焼きもご馳走になっちゃったし」

「お好み焼き?そぉ良かったわね、遥にも連絡しておいてよ心配してたから」

「そうね・・・後でメールしてみる」

遥に教わったフェイスブックを使ってみる、遥のウォールに書き込んでみる。

<今日、初出勤しました、みんな良い人たちで来週から楽しく仕事できそうです♪今夜のメニューはブリのお刺身とブリ大根☆おばあちゃんと祝杯?あげてます^^>

2011年1月10日月曜日 実質的には今日が初出勤、少し緊張する。

横須賀線の満員電車に揺られるのも久しぶり。

品川駅に着いて人波に流されながらオフィスに入ると、堤部長がスタバからテイクアウトしたサンドイッチを手に持ったままPC画面を覗き込んでいるのが見えた。

私は10メートル先のデスクに座る、こうして私の新しいページがスタートした。

しばらくして、コンプラの朝のミーティングが始まる。

「柴咲亜美と申します、よろしくお願い致します」

私の紹介と今週のスケジュールについて話がありデスクに戻る。

10メートル先に視線を向ける、堤部長の姿は見えなかった、きっとミーティングだろう。

午前中はPC画面を見ての資料整理を行って、あっという間に16時、私の勤務時間は17時30分まで、10メートル先にまた目が向いてしまう。

(あっ)一瞬視線がぶつかる。

コンプラ関連の資料を堤部長へ渡すためデスクに近づいていく、また心臓の鼓動が急に早くなる、年甲斐もなく顔が紅潮していくのが自分でもわかる。

(私なんでまた、こんなにドキドキしてんの?)

「あのぉこれ、コンプラの資料です・・・」

声が小さかったのか?聴こえていないのか?堤部長はPC画面を見たまま反応がない。

「あのぉ スタバ、よく行くんですか?」

少し大きな声で話しかけてみる。

(やだ、 私ってなに言ってんだろ・・・)

「えっ?」

「あっ、うん月曜日は・・・いつも」

堤部長は私を見て少し驚いた表情で、そう答えてくれた。

(低音で落ち着いた声・・・ )ドキドキが加速する。

「今朝 お店でお見かけしたので・・・」

(うそ、今朝は堤部長の方が私より早く出社していた)

「失礼します・・・」

なんだかすごく恥ずかしくて、この場を早く離れたかった。

瞬く間に1週間が過ぎていった、満員電車での通勤にも慣れてきた、オフィスでも同じテンプのスタッフとランチにいくことも多くなった。

堤部長は 月曜日以外は外回りだったり、出張が多くデスクにはほとんどいなかった。

月曜日、今日はミーティングの資料のチェックがあり思っていた以上に忙しかった、午後ミーティングの資料を持って堤部長のデスクに向かう。

「堤部長、これミーティングの資料です」

「ありがとう・・・」

堤部長は無表情で、低い声で答える。

デスクの上のフォトフレームが目に入る、たぶん堤部長のお子さんの写真、まだ小学生くらいかな?

(そうだよね・・・お子さんいたっておかしくないし)

「お子さんの写真ですか?」

(バカ、私って・・・なに訊いてんのよ)

「あぁ」

「かわいいですね~おいくつですか?」

「高校1年と小学6年・・・」

「私も・・・」

(なに言ってんの?私って?私も高校の娘がいますって言うつもり?)

「あっ、何でもないです、失礼します・・・」

私は急いでデスクに戻る。

(なにやってんの私・・・どうかしてる )

恐る恐る10メートル先に目を向ける、PCを見ていた堤部長の視線が突然こちらに向いたと同時に視線がぶつかる。

しばらくすると堤部長はオフィスを出て行った。

(あぁ、まだドキドキしている)

月曜日、いつもより30分早く家を出る、堤部長とは月曜日にしか逢えないから。

8時前、オフィスに入る。

「おはようございます・・・」

いつもより少し大きな声でデスクに向かう、堤部長はもうデスクに座ってなにか読んでいる様子だった。

仕事の要領も得たせいか仕事量がどんどん増えていった、17時30分過ぎ依頼された報告書を仕上げるために少し残業する。

オフィスには数名しか残っていない、堤部長はまだミーティングから戻っていない様子だった。

18時過ぎやっと報告書を石井マネージャーに送って、帰ろうとするといつものように難しい顔で堤部長がデスクに戻ってきた。

特別に用件がある訳じゃないけど、遠回りして堤部長のデスクの方からオフィスを出る。

部長はいつものようにPC画面を凝視している。

「堤部長、お疲れさまです」

私は、思い切って声をかける。

「ぉお疲れ・・・」

私の方をチラッと見てすぐにPCに目を向けなおす。

デスクの上には『はじめてのFacebook入門』と書かれた本が置いてあった。

(今朝読んでいたのはこの本か?フェイスブック?部長も?)

「部長もフェイスブックを?」

「えっ?10日くらい前に始めたんだ」

堤部長は、少し恥ずかしそうに答えた。

「へぇ~そうなんですか、お先に失礼します」

私は、そう言い残しオフィスを後にする。

なんだか嬉しい・・・フェイスブック、私も遥との連絡しか使っていないし使い方もまだ良くわからない、けどなんだか私と似ている?そんな些細なことでも嬉しく感じる。

(堤部長のことをもっと知りたい・・・)

そんな感情を表に出さないように、帰りの車窓に映る自分の顔を見ながら言い聞かせる。

木曜日の夜・・・今夜は冷え込む、駅からの帰り道、自転車で坂道を登っていく、手袋をしていても北風で手足が悴む。

今夜の夕食は湯豆腐だった、冷え切った身体が湯豆腐で温まっていく。

寒さのせいで背中と腰が痛い・・・お風呂から上がって温シップを貼ってもらいベッドに入るが、寝付かれなくてまたリビングへ戻る。

遥のフェイスブックに書き込みをしようと思った時。

「ん?なに?」

フェイスブックの左上が赤く1と表示されている。

(友達リクエストって?)

クリックすると真っ青な空の写真が目に入る。

(誰?えっ?なに?うそ・・・堤部長?うそ、でしょ)

それは間違じゃなく堤部長からの友達リクエストだった。

「えぇ~なんで?私って・・・」

「亜美、まだ起きてたの?どうしたの?」

お風呂から上がった母が訊いてくる。

「ん?ううん・・・なんでもない」

「そぉ、じゃあおやすみ」

「フェイスブックって、すごい・・・な」

堤部長が私に友達リクエストをした理由はわからなかったが、私は素直に嬉しかった。

「本当に・・・堤部長?なの?」

私は、すぐに承認の返信を送る。

<本当に?本当に堤部長なんですか?驚きました、d(o⌒∇⌒o)bでも嬉しいです☆今もご出張中ですか?お身体気をつけてくださいね(o^∇^o)ノ >

(確か、堤部長は、札幌出張だったかな?なんだか ありきたりの文面・・・)

もっと気の利いたこと書けばよかったかな・・・送信してから少し後悔する。

そして、私たちのすべての始まりは、このフェイスブックだった。

また明日、月曜日がやってくる。

「おはようございます・・・」

堤部長のPCが開いてるでもデスクにはいなかった、きっと朝のミーティングだろう。

あれ以来、堤部長からの書き込みはなかった。

仕事にもだいぶ慣れてきて、徐々に仕事の量も増えてきて、オフィスの中を駆け回る。

「ふぅ~」

デスクに戻ってPC画面に目を向ける、10メートル先の空間に自然と目線が向かう。

「あっ」

デスクに戻った堤部長とまた視線がぶつかる、気のせいか?堤部長は少し恥ずかしそうに視線を逸らす。

先週までなかった目に見えない糸がふたりをつないでいるような気がしていた。

その日の夜、お風呂から上がってフェイスブックを開く遥からチアリーダーの練習風景の写真が添付されて届いていた。

堤部長からの書き込みはない、堤部長のウォールを覗いて見る、何も書き込みはない。

(私って何期待してるのよ・・・)

「友達も・・・私一人だけ?」

こちらから書き込みをしようか迷う、ただのフェイスブックなのに。

(どういうつもりでで友達リクエストしたんだろう?ただの冷やかし?

うんん・・・そんな冷やかしなんてする人じゃないよね、なに言ってんの堤部長のことなんて、何もわからないじゃない・・・でもそんないい加減な人じゃない)

私は、ただのフェイスブックに心が大きく動揺して・・・いた。

明日から堤部長は確か沖縄出張だった。

「いいなぁ~沖縄・・・か」

結局 何も書き込みは出来なかった。

「あぁ~もう寝なくっちゃ」

月曜日、朝からミーティングで堤部長の姿は見えなかった。

午後、今日は取り分け忙しい夕方やっと報告書をメールして一息つく、気づけばタンブラーの中は空っぽで、喉がカラカラだった。

「うぅ~ん」

PCで肩が張ってる、大きく背伸びをしてリフレッシュルームに向かう。

持っていたタンブラーにお湯を入れティーバックで紅茶を淹れる。

突然リフレッシュルームに堤部長が入ってくる。

「あっ、堤部長、おかえりなさい」

(なに言ってんのよ・・・お疲れさまでしょ)

「あっ、 たっ、ただいま・・・これ お土産、沖縄の」

そう言うと堤部長は小さな箱を私に差し出した。

(えっ?何?私に?お土産って・・・)

「えっ、私に?ですか?」

リフレッシュルームには私たち二人っきり。

「ありがとうございます」

私は精一杯の笑顔でその小さな箱を受け取った。

また心臓がドキドキする。

「なんだろうな~うれしい」

そう言ってリフレッシュルームを逃げるようにその場を後にする。

早くその場を離れないと、私のドキドキが悟られそうでデスクに急いで戻る。

「ふぅ~」

よく考えてみると、私にだけお土産を買ってきた訳じゃない。

周りを見渡してみる、他の人のデスクにはお土産らしきものは見当たらなかった。

「お先に失礼します」

「お疲れさまでした」

10メートル先のデスクには堤部長の姿はなかった。

頂いた箱を大事にバックに入れて、家路を急ぐ。

「ただいまぁ」

「おかえりなさい~早かったのね」

着替えてバックから箱を取り出し開けてみる。

「あっ、これってシーサー?」

箱の中にはオレンジ色のかわいい小さな袋が入っていた。

「なに?これ・・・」

箱の中には説明書らしき小さな紙が入っていた。

「マース?袋・・・マースとは塩のこと、琉球王朝時代からマースは厄除けや縁起物として・・・御守り?沖縄の・・・」

堤部長がこのお土産を選んでいる姿がどうしても、想像できなかったが、その姿を想い浮かべると少し可笑しかった。

ドレッサーの上にオレンジ色のマース袋を置いて、iPhoneで写真を撮る。

「なんだか嬉しそうね?なにか良いことあったの?」

リビングで母が訊いてくる。

「そんなこと、ないわよ・・・」

「ふ~ん、そぉ」

「いただきます~」

そう言っておでん鍋のはんぺんを一口食べる。

ベッドの中で堤部長のウォールに書き込む、さっき撮ったドレッサーの上に置いたマース袋の写真を添える。

<堤部長 お土産ありがとうございます( v^-゜)Thanks♪沖縄のきれいな海私も見に行きたいです>

次の日の昼、堤部長からの返信があった。

<お土産、気に入ってもらえてうれしいです!今度また、お土産買ってきます、沖縄で撮った海の写真も送ります>

沖縄のエメラルドグリーンの海の写真が添付されていた。

「キレイな海・・・」

(この写真も撮ったの?・・・ホント堤部長が?)

会社では想像が出来ない・・・堤部長の意外な一面に少し驚く。

いいね!をクリックしてコメントする。

<やっぱり 沖縄の海 きれいですね♪>

私は、堤部長との距離が少しづつ近づいていくようで嬉しかった。

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