第2話 新たな一歩

美咲はグラスワインを オーダーする。

「次はどこのワインにしよっかな~」

デザートに少し苦味のあるカラメルソースのかかったプリンを食べて店を出る。

「ありがとうございました~またお待ちしております」

「ごちそうさまでしたぁ」

ふたりはいい感じで少し酔っ払って、宝町駅までフラフラと歩き始めた。

「美咲~大丈夫?明日仕事なんでしょ?」

「大丈夫、大丈夫よぉ、仕事なんて、あ~もう、いい男どこかにいないのかな~」

美咲は交差点の真ん中でそう叫んだ、すれ違ったカップルが怪訝そうな顔でこちらを振り返る。

「美咲は、品川駅ね、私は・・・新橋駅で横須賀線だから、ホントありがとね、美咲、今度 働いてお給料もらったら私がご馳走するから」

「うん、また飲もうね、 亜美、ありがとう」

「美咲の方こそ、じゃあ」

そう言って新橋駅でふたりは別れた。

午前0時近く家にたどり着く。

「ただいまぁ~」

小声で玄関の鍵を開けて、大きな溜息をつく。

リビングで美咲からの誕生日プレゼントの箱を開けてみる。

箱にはハート型のピアスとカード1枚添えてあった。

<亜美 誕生日おめでとう!プレゼントは新しい仕事にも使えるようにピアスにしました、新しい会社でいい男いたら紹介してね☆>

「美咲、ありがと」

また涙が溢れてくる。

(もう・・・最近涙もろくなっちゃったな)

<美咲 プレゼントありがとね 早く仕事見つけて今度は私がご馳走するからね もちろん いい男いたら美咲に真っ先に紹介します♪>

テーブルの上には遥から届いたバースディカードとシーグラスのブレスレッドが置いてあった。

ベッドに入る前に遥にもメールする。

<遥ありがとね♪ ブレスレッドすごくかわいい!・・・・・サンキュゥ♪(o ̄∇ ̄)/ >

12月に入り段葛の桜は葉がほとんどついていなかった街はクリスマスモードが最高潮で華やいでいる。

美咲から紹介された派遣会社にも登録したけど、その後どこからも仕事のオファーはなかった。

「あぁ~もう2010年も終わりか ・・・」

毎年、加速して過ぎ行く時間に恐怖すら覚える。

12月15日水曜日 美咲が紹介してくれた派遣会社の担当者から連絡が入る、 外資系の会社のコンプライアンス部門を早急に募集しているという内容だった、即面接をお願いする。

「すみません、先方の都合で12月24日金曜日にしか時間取れないのですが、大丈夫ですか?クリスマスイヴ・・・」

翌日、担当者が申し訳なさそうに連絡してきた。

「私は構いませんが・・・」

「そうですか~よかった、では12月24日金曜日13時ちょうどでお願いします」

「わかりました、12月24日13時必ず伺います」

( クリスマスイヴか・・・)

今の私にはクリスマスなど何の意味もなかった。

今度の会社は私をちゃんと見てくれるのだろうか?そのことだけが気がかりで、2ヶ月前のあの苦い思い出が蘇る。

会社の場所は品川の駅近くのようだった、家からは1時間くらい通勤も何とかクリア出来そうだった。

私はどうしても年内中に仕事が決まって新しい年を迎えたかった。

「お母さん、 明日買い物行ってくるね」

「どこ行くの?」

「横浜かな?」

「そう、じゃあ私も一緒に行くわ」母はTVを観ながらそう言った。

翌日、母とふたり江ノ電で鎌倉駅に向かう こうしてふたりで出掛けるのは本当に久しぶりだった。

11時過ぎ横浜に着き、赤レンガ倉庫のショッピングモールを見て回る、最近家に篭っていたせいで少し歩いただけで疲れてしまう。

私と違って母はめちゃくちゃ元気だ。

「じゃあ私、見たい雑貨があるから・・・1時間半後に待ち合わせしましょう、お昼は中華街でも行って飲茶なんてどうかしら?」

「うん、いいんじゃない」

そういうと母はショッピングモールへと消えていった。

私は、結局いつも行くセレクトショップでネイビーブルーのコートとSARTOREのダークブラウンのブーツを買った。

「これから面接なのに、まだ職も決まっていないのに・・・こんな買っちゃって、もし今回も採用されなかったらどうすんのよ」

そんな最悪のことを考えながらショッピングバックを両手に持って、母との待ち合わせ場所に急ぐ。

大きなショッピングバックを持った母が私に向かって手を振った。

「なに買ったの?」

「いろいろね・・・」

母はそう言って微笑んだ。

「じゃあ中華街行こっか、 あぁ~歩いたら、おなか空いちゃった」

母はそう言ってみなとみらい駅へのエスカレーターに向かってまた歩き出した。

中華街に着いてからお店選び、中華街なんて何年ぶりだろう。

「ここにしましょう~」

母の後を追ってお店に入る、『菜香新館』お昼時を過ぎていたせいかすぐに席に通される。

「亜美、ビール飲んじゃおっか~」

母がそう言って生ビールを2つ注文した。

そして点心を次々注文する、えびのウエハース巻き揚げ ホタテ入り蒸し餃子 えびワンタンに五目湯葉春巻き、程なくして生ビールのグラスが運ばれてきて、乾杯する。

「まだ職も決まっていないのに、何に乾杯するの?」

私がそう訊くと。

「前祝いよぉ」

そう言って、母は私を見て微笑んだ。

「かんぱ~い」

グラスの音と共にふたりは喉を鳴らしてビールを飲む、美味しい点心に満足して、両手に荷物を抱えながら帰路につく。

12月24日金曜日 面接当日、冬晴れ朝の空気がピンと張っている。

冬の空気を感じながら気分転換にHARUと散歩に出かける。

クローゼットから準備していたパンツスーツを出して鏡の前に立つ。

「よし! 」

そう言って自分自身に気合を入れる、場所は品川だから家を11時過ぎに出れば余裕で間に合う。

10時過ぎに母の作ってくれるいつもの朝ごはんで力をつけて、念入りにメイクする。

銀座でBAさんにやってもらったように上手くいかない、鏡の中の自分をマジマジと覗き込む。

(まっこんなもんか・・・ )メイクでも どうしようもないこともある。

「じゃあ 行ってくるね」

「いってらっしゃい、帰りにクリスマスケーキ買ってきてよぉ、小さいのでいいから」

「えぇ~またぁ~」

「いいじゃない、クリスマスなんだから 」

「うん、わかった・・・じゃあ行ってくるね」

「いってらっしゃい がんばってね」

トレンチコートを着て自転車で鎌倉駅に向かう、昼近くなのにまだ風が冷たい。

鎌倉駅からはJR横須賀線で品川駅まで約45分、電車の中もクリスマスイヴのせいか華やいで見える。

皆、笑顔がこぼれている、そんな中私はスーツを着て面接に向かおうとしている、少し切なくなるがこれが現実なんだ、出来るだけ窓の外を見る。

12時20分前 品川駅に到着する、改札を出て会社のある港南口へと歩いていくお昼時でサラリーマンの群集が同じ方向に流れている。

それに逆行して私は目的へと急ぐ、駅を出て連絡路に出ると目の前に大きなビルが現れた。

(品川インターシティ、ここね )

エントランスで面接を受けるオフィスを確認してエレベーターに乗り22階のボタンを押す。

センスの良い制服を着た20代半ばの女性が数名コンビニの袋を持って乗り込んでくる。

8階・・・12階、17階 どんどんと人が降りていく20階を越えると私ひとりになっていた。

22階でエレベーターは止まりゆっくりとドアが開く。

エレベーターホールで受付の位置を確認してフロアを進んでいくとナチュラルブラウンのウッドで統一された壁面にメタリックで半円形の受付があるエントランスが見えてくる。

(ここか、外資系にしてはなんだか日本のテイストが入っていてセンスがいい受付)

「あのぉ 1時に人事部の深田様と面接のお約束をしています柴咲申します、お取次ぎをお願いします」

「はい、かしこまりました人事部の深田でございますね、少しそちらのソファでお待ちください」

30歳前後のショートカットの女性はそう言って微笑んだ。

「はい、よろしくお願いします」

私はそう言ってクリーム色の丸いソファに座って担当者からの連絡を待つ。

「ふぅ~」目を瞑り大きく深呼吸をして胸に手を当てる。

(大丈夫・・・今度はきっと大丈夫)

「柴咲様」

受付の女性が声をかける。

「はい・・・」

少し裏返った声で返事をする。

「深田ですが25階のフロアでお待ちしていますので、お手数ですが、エレベーターで25階までお願いします」

「はい、25階ですね ありがとうございました」

エレベーターの案内板を見ると、この会社は22階から25階まで借りているらしい。

すぐにエレベーターに乗り25階のボタンを押す、ドアが閉まりかけた時そのドアを強引に抉じ開け男性がひとり入ってきた。

「すみません・・・」

その男性は小さな声で呟き、エレベーターのボタンを押そうとして「あっ」と小さな声を上げて下を向いた。

この会社の社員らしい、何かイライラして時計を見ている、エレベーターのドアが開くと私の方をチラッと見て、「ありがと」と言うと同時に駆け出した。

そして、フロアに立っていた長身でリチャードギアに似た男性を見つけ、何やら大声で話しながら奥へと消え去っていった。

(つつみ? )リチャードギア似の外人がその男性に向かって言った。

『つつみ?』というフレーズがなぜかずっと耳に残っていた。

「柴咲さん?」

黒縁の眼鏡を掛けた仕事が出来そうな50歳前後の長身の女性が声を掛けてきた。

「はい、 柴咲です」

「人事部の深田です、こちらへどうぞ」

そう言ってオフィスの奥へと大きな歩幅で歩き出す。

水色で統一された10人ほどが入れるミーティングルームに通される。

「どうぞ座って」

「はい、失礼します」私は入り口近くの椅子に座る。

「ちょっと待っていて、コーヒーでいいかしら?」

「えっはい、すみません」

深田さんはミーティングルームを出てコーヒーを2つ持って戻ってきてそのひとつを私の前に置いた。

「どうぞ、そんなに美味しくないけど」

「ありがとうございます」

そしてPCを開き質問を始めた。

「早速だけど、柴咲さん前の会社ではどのくらいコンプラに?」

「はい、3年です」

「そぉ、なぜ前の会社を?何か問題でもあったの?」

眼鏡の奥から鋭い視線が突き刺さる、でも瞳の奥には私を包み込んでくれている様な暖かい眼差しが感じられる。

私は乳癌を発症し仕事を辞めなくてはならなかったこと、今も定期的に検診を受けていることを正直に話した。

「そぉそれは、 大変だったわね・・・ 」

深田さんはそう言って眼鏡を外した。

「お子さんは?」

「はい、 高校生の娘がひとり」

「うちは大学生の長男と高校3年の娘、長男は来年就活・・・娘は受験、お互い大変ね」

そう言ってコーヒーを一口飲んだ。

「柴咲さんの前の会社に大学の後輩がいて、あなたのこと訊いてみたの、もちろん個人的にね・・・あなた本当に仕事好きだったのねぇ 社内からすごく信頼もされていたみたいね」

私は深田さんの言葉に驚いて声が出なかった。

「これで面接は終わり、柴咲さん、がんばってね」

深田さんは優しい眼差しで私の目を見てそう告げた。

結果は週明け27日月曜日に派遣会社から連絡するとのことだった、25階から2階へ降りる、緊張感から開放されたせいでお腹が空いた。

エレベーターからスターバックスが見える。(ちょっと休んでいこう)

「アップルシナモンフリッターとチャイティラテ・・・トールをください」

「ホットでよろしかったですか?」

「あっ、はい」

外が見えるカウンターに座りチャイティラテを一口飲むと「ふぅ~」思わずため息が漏れる。

温めてもらったアップルシナモンフリッターを一口食べようとした時、左奥のテーブル席に目を奪われる。

(あっ さっき エレベーターの・・・)

テーブル席には25階でエレベーターを降りて行った男性がうつむき座っていた。

(えっ?泣いているの? まさか・・・ね)

その男性はうつむいたままピクリとも動かない、表情は見えなくても背中から悲しみが伝わってくる。

私はフリッターを口に運びチャイティラテを一口飲んでその男性の方を振り返る。

男性は徐にスーツのポケットから見薬を取り出して、天井を向いて両目に目薬を差してから紺色のチェックハンカチで目を拭った、まるで溢れ出る涙を隠すかのように。

私はその男性のことがなぜか気になって仕方なった、チャイティラテを口に運ぶ都度その男性の方に目をやった。

(なんで?そんなに悲しそうなんだろう?)

25階で外国人の社員と渡り合っていた同じ人物とは思えないほどその男性は弱々しく見えた。

その男性は急にシルバーメタリックのPCを開きキーボードをものすごい速さで叩き始めた。 

店内に流れるNorah JonesのBGMに同調しているかのような心地いいキーボード音が響き渡る。

私はいつの間にかその男性の背中を見つめていた、10分ほどしてその男性はPCを閉じると大きく背伸びをしてこちらを振り向いた。

私は思わず視線を逸らし空になったマグカップを口に運んだ・・・男性はタンブラーに残っていた飲み物を一気に飲み干して、カウンターの店員に軽く左手を上げて出て行った。

私は残ったアップルシナモンフリッターを一口食べてから品川駅へ向かった。

(疲れた・・・なんだかとっても・・・疲れた)

品川駅から横須賀線でそのまま帰路につく。

(あっクリスマスケーキ買って帰んなくちゃ・・・)

横浜駅西口を出てデパ地下をブラブラする… 地下1階は甘いケーキの香りに包まれてお店自慢のクリスマスケーキが並んでいる。

あまりに種類が多くて目移りする、高島屋からJOINUSへ そしてすい込まれるようにQuil fait bon へ入る。

色鮮やかなタルトが並ぶ、特に目を引いたのが10種類のフルーツタルト ホワイトチョコレート風味 ・・・ストロベリー マンゴー イチジク 洋ナシ ブルーベリー・・・の色合いがまるで万華鏡のように輝いている、見ている私も何だか元気になってくる。

迷わずこのクリスマスタルトを買って帰る。

鎌倉駅に着きタルトを慎重に自転車の籠に載せてゆっくりと家路に向かう。

「ただいまぁ~」

「おかえりぃ遅かったのねぇ」

「ケーキ選ぶのに時間かかっちゃって、タルトにしたからね 、はい」

そう言ってタルトを母に手渡す。

「わぁ~美味しそうじゃないそれにキレイね~」

タルトの入った箱を開けて母は微笑んだ。

「今ローストビーフ焼いているのよぉ あとワインも買ってきちゃった」

母とひたりで過ごすクリスマス、ワインで乾杯する。

「それで・・・どうだったの?面接は?」

普段あまり訊かない母が珍しく質問する。

「う~ん、どうかな?面接した人事部の深田さん女性だったんだけど、すごくいいだったし、うん、いい会社だった」

「そう、 採用されるといいわね」

母は、そう言ってワインを一口飲んだ。

「ローストビーフ美味しいね、今度作り方教えてよ」

「今年は 遥 帰ってくるの?」

「お正月に帰って来るってメール着てたけど・・・」

「そう、じゃあ~お節料理もがんばって作んないとね」

母は嬉しそうにそう言ってローストビーフを頬張った。

もしも採用が決まればこうして母とゆっくり食事をする時間も少なくなる。

母が入れてくれた紅茶とタルトを食べながらTVのスイッチを入れる。

どのチャンネルを回してもクリスマス一色だった。

(私・・・来年のクリスマス・・・何やってんだろう?)

私はTVを見ながらそんなことを考えていた。

歩き疲れたせいで腰が痛い、バスタブにゆっくり浸かって早く寝よう。

お風呂に浸かっていたら今日スターバックスで逢った男性のことを思い出した。

(あの人、なんであんなに悲しそうだったのかな?)

ベッドに入って瞳を閉じる、するとまた何故か?あの悲しい背中が不思議と瞳の奥に浮かんでくる。

今年のクリスマスも特別に変わったこともなく、過ぎ去っていった。

PCを開くと娘の遥からメールが来ていた。

<Mele  Kalikimaka ♪ 今日は友達とクリスマスパーティに行ってきます(o^∇^o)ノお正月は予定通り30日成田着の便で帰ります☆>

(Mele  Kalikimakaって・・・ハワイ語でメリークリスマスか、遥、早く帰ってこないかな~いっぱい いっぱい話したいことがある)

PCでハワイの言葉を検索しながら、来週が待ち遠しかった。

27日月曜日、2010年もあと残すところ5日・・・面接やクリスマスでの外出のせいか身体が重くてだるい、リビングのソファで横になっていると携帯電話からお気に入りの着信音が聴こえる、派遣会社からだった。

「もしもし、柴咲です・・・はい、わかりました、はい、ありがとうございました、失礼します」

クリスマスイヴに面接した会社に採用が決まったという連絡だった。

(よかったぁ・・・)

「お母さん~この前面接した会社採用になったわよぉ」

「あらそうよかったじゃない・・・いつから行くの?」

「来年の1月5日から来て欲しいって」

遥と美咲にメールで仕事が決まったことを報告する。

12月30日木曜日 ANA1051便 成田空港15:10 着で遥が帰ってくる、母は遥が好きな料理を作るっんだって買い物に出かけた。

16:30過ぎ遥から連絡が入る。

「あっお母さん、到着が30分遅れたから鎌倉駅には19時30分くらい

かな~」

「うん、わかった気をつけて駅に迎えにいくから着いたら連絡ちょうだいね」

「うん、わかった じゃあね」

キッチンでは母が楽しそうに料理を作っている。

「お母さん、遥のこと、駅まで迎えに行ってくるから」

「あら、もうそんな時間?いってらっしゃい」

テーブルには遥の好物が並んでいた、茶碗蒸し、肉じゃが、鯵のシソ巻き揚げに鶏団子と大根の煮物、カキのベーコン巻きフライ。

「すごいご馳走ね・・・」

「ちょっと作りすぎちゃったかしら、いっぱい食べてね」

そう言って母は微笑んだ。

荷物があるから歩いて鎌倉駅へ向かう、北風が頬に刺さる。

30分ほどで鎌倉駅に着くと同時に携帯が鳴る。

「お母さん、今鎌倉駅のホームに着いたから」

「そう、私も今駅に着いたところ、改札で待ってるね」

改札で待っているとオレンジ色の大型のスーツケースを引っ張って歩いてくる遥の姿が見える。

「はるか~」

思わず大きな声を出して手を振ると遥は笑顔で右手を上げた。

少し日焼けした顔、デニムのショートパンツに、ショートブーツ、ブラウンのショートダウンコート、長い黒髪を後ろで結んで堂々と歩いてくる遥は間違いなく目立っていた。

(なんだかまた大きくなったみたい・・・)

「ただいま~お母さん」

そう言って遥は私に抱きついた。

「おかえりぃ~寒くないの?」

「ん?ぜんぜん平気よ」

「また伸びたんじゃない?身長」

私より10cm以上高い170cmはある。

「そぉ?あぁ~鎌倉の空気・・・やっぱいいね~」

そう言って大きく深呼吸をした。

巨大なスーツケースを運転手さんに手伝ってもらって、トランクに積み込んでタクシーで家に向かう。

「おばあちゃん遥の好物作って待ってるから」

「ホント~嬉しいお腹ペコペコ~HARUも元気?」

「元気 、元気、散歩連れてってあげて」

「うん」

程なくしてタクシーが家の前に着く、HARUの吼える声が聴こえる。

「ただいまぁHARU元気だった?」

HARUは本当に嬉しそうに尻尾を振って、遥に突進してきて顔を何度も舐め回した。

遥もHARUを抱きしめる。

「HARUあとで散歩行こうね~ただいまぁ おばあちゃん」

「遥 お帰りなさい~ あら~そんな格好で寒くないの?手洗って着替えてらっしゃい」

「は~い」

そう言って遥はパウダールームに入っていった。

ダイニングテーブルには母の自慢の家庭料理が所狭しと並んでいた。

冷蔵庫から冷えたビールを出すと遥が着替えてキッチンに入ってきた。

「うわぁすごいご馳走・・・おばあちゃん ありがとう」

「まずは乾杯しましょ」

母はそう言うと冷えたグラスをテーブルに置いた、3人のグラスにビール

が注がれ乾杯する。

「遥、おかえり~かんぱーい」

「ただいま~ありがと」

遥は本当にお腹が空いていたのか、すごい勢いで母の手料理を食べている。

「ホント美味しい~おばあちゃんこの鶏団子と大根の煮物 今度作り方教えてよ」

「いいわよ~あとでレシピ渡すわね」

遥がHARUの散歩に行き、帰ってきてからも女3人の宴会が続き話は尽きることはなかった。

遥は私たちから見ても本当に魅力的な女性に育ってくれた、久しぶりに逢う彼女は眩しくて・・・少し羨ましく思う。

遥はバックから携帯電話を取り出して画面にタッチしている。

「携帯変えたの?」

「そうiPhoneに変えたの、そうだお母さんもフェイスブックに登録しようよ」

「何?フェイス?」

「そう学校じゃみんなやってるし世界中でもう5億人もユーザーいるんだから映画にもなったし、そうか?日本はまだ公開されてないのか」

「ふ~ん・・・でもお母さんの携帯も何だかもう古くてダサいし」

「携帯もiPhoneにしちゃいなよ~明日一緒に買い物行こうよ、じゃあ私、お風呂入ってくるね」

そう言ってリビングを出て行った。

「フェイスブック? もうついてけないよね~私なんか」

翌日、朝ごはんを食べてから遥と買い物に出る ふたりで出掛けるのは1年ぶり、鎌倉駅までふたりで歩く、今日は日差しが少し暖かい。

「横浜行こうよ」

「そうね~私も年明けから仕事始まるしインナーとかも欲しいし」

「じゃあ決まりね」

そう言ってふたりは電車に乗り込んだ、大晦日で車内は思いのほか混み合っていた。

「ほら、見てこれがフェイスブック」

そう言って遥がの画面をiPhone見せる。

「ニュースフィード・・・」画面には学校の友達らしい女の子の写真と英語で書かれたコメントが載っていた。

「えぇ~何だか難しそう・・・ いいよ私このままで」

「大丈夫だよ~私こっちにいる間にフェイスブックのアプリもインストールして教えてあげるから、横浜に着いたらのiPhoneプショップに行こうよ」

「大丈夫かな?お母さん機械音痴だし・・・」

「大丈夫だって~」

横浜をふたりで歩く、 遥がコーディネートしてくれたVネックのニットプルオーバーとカットソー、パンツとキャメルのツイードタックスカートも買うことにする、フィッティングルームから出てきた私に向かって遥が言った。

「お母さんすごく似合ってるよ~かわいい」

「なに言ってんのよぉ~遥は何か欲しいのないの?」

「私は戻れば冬物とか要らないから」

「そっか・・・」

そう言ってふたりは笑った。

娘とのショッピングは私を少し若返らせてくれる気がした。

「お母さん、恋とかしてないの?」

「えっ?恋って・・・そんなの・・・してる訳ないじゃない」

「なんで?恋したっていいじゃない、お母さんまだ若いんだから」

そう言って遥は悪戯っぽく微笑んだ。

まるで仲の良い姉妹の様なふたりは大きなショッピングバックを持って駅に向かう。

「けっこう買っちゃったね」

「じゃあ、これから携帯ショップに行くからね」

「えぇ~いいよ~まだこの携帯で」

「ダメだよ~いいから私に任せといて」

そう言って遥は携帯ショップへ入って行った。

そこで遥に言われるままにに古くなった携帯からiPhoneへ機種変更する。

「大丈夫かな~使いこなせないよ」

「私がこっちにいる間に教えるから大丈夫だよ~それよりお腹すいたぁ何か食べて帰ろうよぉ」

「そうねぇ何か軽く食べて帰ろうか、おばあちゃんがきっとご馳走作っているから」

サブウェイで私はえびアボガド 、遥はBLTを注文する、食べながらを遥にiPhone渡して設定をしてもらう。

「無料のアプリもダウンロードしておくからね」

「・・・うん」

「あぁそうそうフェイスブックもね」

遥は慣れた様子で私のiPhoneをカスタマイズしていく。

私はそれを横目で見ながらどんどん不安になっていった。

腹ごしらえをして帰路につく、鎌倉駅に着くと大きなショッピングバックを持ってバスに乗り込み家に着く。

「ただいまぁ」

「おかえりなさい、今夜はすき焼きにしたわよ・・・あら、だいぶ買い込んだのね~」

大晦日はすき焼きを囲んで家族水入らずの食卓、こんな当たり前のことが本当に幸せなんだと感じる。

「明日鶴岡八幡宮に初詣に行こうね」

これも毎年のこと、TVでは紅白歌合戦が始まっていた。

TVを観ながら買ってきたをいじっiPhoneてるとフェイスブックに友達リクエストが届く。

「遥・・・フェイスブックになんか届いてるけど」

「あぁそれ今私が送ったの、ちょっとかして・・・はいこれで承認して~プロフィールもお母さん写真撮るから」

「えぇ~いいわよ恥ずかしいから・・・」

「なに恥ずかしがってんのよぉ、はいこっち向いて は~い笑ってぇ~」

そう言ってリビングで私の写真を強引に撮ってプロフィールの写真にする。

「ほら、これが私のウォール ここに書き込んでみて・・・」

「ふぅ~ん・・・ 」

少しずつ使い方がわかってきた、2010年もあと1時間、今年もあっという間に過ぎていった。

「遥?寝ないの?」

「うん、何か眠れなくて」

「じゃあ、初詣・・・行っちゃう?」

「そうだね、おばあちゃんもう寝てるみたいだし、ふたりで行こうか」

そう言って支度をする 外は冷たい北風が吹いて冷え込んでいる、ダウンジャケットとマフラーを巻いて静かに外に出る、満天の星空が冬の夜空に瞬いている。

ふたりで鶴岡八幡宮に向かう、駅に近づいて行くと人波も増えていった二の鳥居が見えた時、2011年、新年を迎える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る