第20話 手にしていたものの正体
案の定翔太たちは、廃ホテルを脱出したのち、上陸してきた集団に発見された。その正体は推測通り台場エリアの管理公社だった。
そして彼らは、翔太たちを確保した際に人命救助云々とやり取りしていた。そこで翔太は、自分たちは違う意味で捜索されていたのだとようやく気がついた。人々の暮らしを守る管理公社としては、例え追う理由がなくなったとしても、死なれては困るから捜索を打ち切ることができなかったようだ。
翔太たちは保護されてから車に乗せられ、何処かに搬送された。しかし管理公社の公務を妨害したことには変わりないので、到着後はそれぞれ軟禁された。
翔太はこの場所がどこなのか、皆目見当がつかなかった。いや、所在地に関してはわかりきっている。ここは、六本木エリアである。
今も使われている六本木エリアの建物は、六本木ヒルズと東京ミッドタウンの二つである。そしてこの二つの建物は、現在東京を事実上統治している管理公社の総本山である。居住区には管理公社の人間とその親しい人物が入居しており、そして居住区以外の膨大な空間を使って配給用の食品プラントや縫製工場など、人間が生活する上で必要とするものを生産している施設がある。
つまりこの六本木の地は、現在の東京、ひいては日本を支えている主柱なのである。
当然、かつての日本のようにとはいかなくともある程度の治安を維持している警備部の本部も、ここ六本木エリアにある。しかし六本木ヒルズと東京ミッドタウンは、両方共超高層ビルであるため数多の施設が入っているので、今現在建物のどの階層にいるのかが把握できない。
それ以前に、六本木ヒルズと東京ミッドタウンのどちらの建物にいるのか、それすらわからない状況であるため、例え抵抗して逃亡をはかったとしても、六本木から出ることは容易ではないのだ。そのことを察している翔太は、されるがまま黙って従っている。
独房と呼ぶにはあまりにも居心地のよいこの小部屋に、翔太は勾留されている。もう既にある程度の診察と治療、更に事情聴取も済ませているが、それで終わるとも思えず釈放される目処はない。かといって特段することのない翔太は、ただ部屋の中に設置されたベッドの上で寝転がることしかすることがなかった。
しかし夜が更けた頃に、翔太の部屋の前に幾人の影が現れる。その影に気がついた翔太は、扉の窓越しにその人物たちを見やる。
「片山翔太、で間違いないな」
その集団の中心にいるスーツ姿の中年男性が、部屋の中にいる人物が翔太であることを確認してくる。
「えっと……そうですけど、あの、堅気の人、ですよね?」
翔太は素直に答えるが、それと同時に訪れてきた人物に対して不信感を抱いた。扉の窓から覗く姿は確かに中年男性であるが、一般的な中年男性のイメージとは少々離れた印象を抱く容姿をしていたからである。
白髪を染めたのか不自然に黒い髪をオールバックにし、メガネの奥の双眸は鋭く、そして細身ではあるものの鍛えられて引き締まった体型で、更にはドスのきいた声。端的に言ってしまえば、暴力団の若頭に似た雰囲気を持っていた。
「失敬な、と言いたいが、私の容姿が強面であるのは事実だから、一概に君が悪いとは言えないな。自己紹介が遅れたが、私は関口という。これでも昔は若手議員として活動していたのだがな。今はそうだな……わかりやすく、管理公社の幹部、といえば伝わるだろう」
「は、はあ……」
元議員であると明かした関口だが、現在は翔太を勾留している管理公社の上層の人間であるらしい。そのせいか、翔太は不信感を抱きつつ、警戒を強める。
「その、元議員の幹部さんが、俺に何用ですか?」
「なに、そんなに警戒することではない。少し話をしにきたのだ」
翔太は「話、ですか」と呟きながら相手の真意をはかる。しかし変化のない強面の表情からは何一つ情報を得ることはできなかった。ここは素直に話を聞くのが最善であるようで、翔太は諦観した。
「話というのは?」
「今回の騒動についてだ。君たちがどうして我々に追われ、こうして捕らえられたのか。そして、我々の目的がどのようなものなのか、などなど」
それは翔太にとって喉から手が出るほどの情報だった。翔太の認識としては、絵真がジャンクショップでSDカードを購入したが、そのSDカードを管理公社が捜索しており、街を離れた自分たちを何重もの策をもって追跡し、あまつさえこうして勾留している。そこには納得が行く説明は一切なく、事態に不明瞭な部分があまりにも多すぎた。最低でも管理公社が何故SDカードを捜索し、どうして強硬手段とも言える方法で解決をはかったのか、その部分だけは明らかにしなければならなかった。
「どういう意図で?」
この話に食いついていいものなのか翔太は逡巡し、取り敢えず言外には信用していないという意味を込め、牽制の言葉を言い放つ。
「意図も何も、責務を果たすまでだ。きっと君も薄々気づいてはいるようだが、我々が捜索していたSDカードには、外部に漏れると少々面倒くさい事態になりうる重要なデータが入っている恐れがある。衰退した現代において、余計な混乱を起こしたくない我々にとっては、是が非でもそれを押収しなければならなかった。しかしそれを所持している君たちは、正当に購入して所有権を得た無垢な一般人だ。ならば事後になってしまったが、説明の義務は果たすべきではないかと思ってね。こうして君のところに訪れたわけだ」
「それは、あなたが言う無垢な一般人である俺に、その大混乱が起こるかもしれない情報を明かすということですか? ここまで派手な追跡劇をしたにもかかわらず」
翔太は揚げ足を取るかのように矛盾点を指摘した。この関口という幹部は、情報漏洩を阻止しようとして翔太を追い回していたくせに、いざ身柄を確保した途端手のひらを返したかのように情報開示をしてくる。その理解し難い行為に、翔太は懐疑せざるを得なかった。
「少年、君は痛いところをついてくるな。だが、逃走中と現在とでは状況が少々異なる。それは、証拠となるSDカードを、君たちが所有しているか否かだ」
「それは……」
「簡単な話だ。君たちがそのつもりではなくとも、可能性として誰かの手に渡ったとき、それは証拠として実体を得る。特に我々に懐疑的な連中の手に渡ればね。そうなれば我々はぐうの音も出ない。しかし我々が回収することで証拠はなくなる。そうなれば、情報自体は別に漏洩しても構わない。君が我々から聞いたことを吹聴したところで、その情報の大元を証明できなければ、その情報は実体を得ることはなく曖昧となる。それは所詮、都市伝説でしかないのだよ」
その言葉で、翔太は納得した。管理公社の目的は情報漏洩の阻止だが、本当のところは漏洩した情報が確証を持つことを阻止したいだけであり、情報漏洩自体は然したる問題ではないのである。何故なら情報の証拠がなければ、あとからいくらでも言い逃れることができるから。都市伝説を武器にゆすりをかけても、まともに相手されないだけだ。
「今の都市伝説といえば、首都圏の機能を維持している電力の出処、とかですか?」
灼熱の猛暑と吹雪く極寒を繰り返す環境下、建物の冷暖房設備はまさに生命線である。そのほか、配給用の食料品や衣料品を生産する工場など、電気を使う機会は多々ある。
しかしそれを稼働させるための発電は、従来の方法では難しいのである。安定した風が吹かないため風力発電もできない。地方のダムが孤立してしまったため水力発電も起動できない。燃料を調達するルートが絶たれてしまったために火力発電も不可能。原子力発電は言わずもがな。悪環境で軒並み機能停止し、現在は稼働していない。
故に囁かれ続けている。今もなお東京を維持している膨大な電力は何を持って発電されているのだろうか、と。そしてその都市伝説は、イコールで現在のこの地を統治している管理公社の闇の部分でもあるのは確かである。
「察しがいいな、少年。まさにそのことだよ」
「え?」
翔太はなんとなく耳にしたことのある噂話を持ち出してみたのだが、まさかのそれが的中していたのである。関口は翔太の言葉に瞠目したが、当の本人は意表を突かれて呆けた表情になる。
「君たちが持っていたSDカード、その中には、今の首都圏の生活を支える電気の発電システムについての情報が入っていたのだ。それもその突拍子もないもの、言い方を変えれば、非情に馬鹿げているものに首都圏の人間の命運を預けている今の状況のことがね。私も初めて知ったときは呆れてものが言えなかたし、もしそれが確証を持って世間に広まれば、皆困惑するのは目に見えているからね。最悪暴動に発展する。だから情報を伏せている。漏れでも実体を帯びないように工作しているのだよ」
「そ、そんなものが……」
翔太はその物々しい話をどう捉えていいものか、見当がつかなかった。
「だから君にはちゃんと話したい。場所を変えよう。言っておくが、知らずに暮らしていれば幸せになれたかもしれない。一度聞いてしまえば後戻りはできないと考えてくれ。今ならまだ引き返せ……その必要はないみたいだね」
関口は翔太の覚悟を確認しようとしたが、途中でそれを止めた。そのとき翔太は、凛とした力強い眼差して関口を見つめていた。翔太としては、もう既に覚悟は決まっていた。
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