第14話 不審人物?


 地下駐車場のシャッターが開くまであと数十分と迫ったころ、翔太と絵真は一応警戒しつつエレベーターで地下駐車場まで下りる。そして地下駐車場に到着すると、先程以上に辺りを見渡しながら、片山家所有の車まで向かう。その際自然と姿勢を低くしてしまい、途中途中柱の影に隠れたりしていた。


 いつもより時間をかけたのが功を奏したのかは不明だが、幸い翔太と絵真は誰とも遭遇することなく、無事車まで到着する。


「アンタたち、何コソコソしてるのよ?」


 しかしいざ車に乗り込もうとしたところで、頭上から声をかけられた。その聞き覚えのある男性の声に、翔太は管理公社の人間でなかったと半ばホッとしつつ、もう半分のところで面倒くさい人物に遭遇してしまったことに辟易としていた。


 翔太は恐る恐るといったていで振り返る。そこには天上の照明を遮るかのように長身の男性が立っていた。逆光により相手の表情が読み取れなかった翔太は、背筋を伸ばしてその人物と向かい合う。助手席まで回り込んでいた絵真は、どうやらその異質な人物に怯えてしまい、車体の影に身を潜めてこちらを観察しているようであった。


「どうもケイさん。どうしたんッスか?」


 翔太が別の意味で警戒し絵真が怯えた理由は、そのケイと呼ばれた長身の男性の格好にあった。派手な色に染め上げられた頭髪やカラーレンズをはめた角ばったメガネが近寄りがたい雰囲気を醸し出しているが、それ以上にその雰囲気を醸し出しているのが服装であった。引き締まった身体を誇示するかのようなタイトな服は、女性物であった。


「なんだ、明美のところのガキじゃない。アンタこそどうしたのよ。挙動不審でかなり目立っていたわよ」


 翔太が振り返ったことにより、ケイは不審人物の正体を識別することができたようで、得心がいった様子であった。


「明美の車を荒そうなんて命知らずなことやっているから注意しようとしたけど、どうやら杞憂だったみたいね。でも、じゃあなんで息子であるアンタが、コソ泥みたいに警戒しているのよ。もしかして明美と喧嘩でもした?」


「まあ、諸事情があって……」


 翔太はどうやってこの局面を乗り切ろうか思案しつつ、気を緩めることなく答える。


「まあ、コソコソしているのが知り合いだから別にいいわ。それよりそこの小娘、見かけない顔だけど、何者?」


 ケイは深入りすることはしなかった。そして話題を逸らすかのように別の話に切り替える。どうやら車の影に隠れた絵真のことを尋ねているようだ。ケイの目線の高さでは絵真の存在を目視できるようである。


「俺の友達だよ。知り合ったばかりで、他の街の子なんだ」


「あら、アンタ紗代がいるのに他の子に手を出しちゃうなんて、罪な男ね。でも男の子はこうやって成長していくのかしら?」


 どうしてこの場面で紗代の名前が出てくるのか、翔太は皆目見当がつかなかった。しかしケイのことをあまり相手にしたくない翔太は、あえて詳しいことを聞き返さず適当に受け流すことにした。


「でも失礼な小娘ね。隠れてないで出てきなさいよ」


「いや、完全にあなたに怯えているからじゃないですか」


 翔太の突っ込みにケイは素知らぬ顔をした。どうやら自身が威圧を放っていることは自覚しているようである。


「えっと、絵真。紹介するよ。こちらケイさん。転売屋だ。変な人だけど、別に悪い人ではない。……と思う」


 翔太は絵真を安心させるためにケイを紹介した。ケイは翔太の紹介通り転売屋である。欲しいものがある人から依頼を受けて各地のジャンクショップからお目当てのものを買い付けてきたり、また価値がわからず安価で売られているものを買い付けて本当の価値がわかる人に売りつけたりしている。その際価格にいくらか色をつけ、その差額で利益を得ているのである。また転売屋故のネットワークの広さから、時々情報屋のようなこともしているらしい。


 ケイの素性が判明した絵真は、おっかなびっくりとした様子で車の影から立ち上がり、姿を見せる。そしてセダンのボンネット越しに視線が交わる。


「転売屋の、ケイさんですか。……ケイさんじゃなく、ゲ――」


「小娘、それ以上言ったら殺すわよ」


 絵真はケイにとっての禁句を言ってしまいそうになるが、その言葉はとうのケイによって強制的に遮られた。その際のケイの激しい剣幕に、絵真は恐懼してしまい身を縮こまらせてしまう。


 そんな二人のやり取りに、翔太は思わず辟易してしまいため息が溢れる。元々ビジネス相手としてケイと交流を持っているのだが、その人柄に対しては思うところがあり、明美も翔太もあまり好ましく思っていなかった。今回はその懸念が実際に作用してしまったようだ。絵真は自身の怯えを払拭させようとして、冗談を言うことで相手との距離を詰めようとしたみたいだが、基本的に気を張り詰めているケイにはその冗談が通じなかったようである。どうやら絵真とケイの相性は最悪のようだ。


「そういえば、ケイさんは池袋に来ていたんだな」


 その険悪な空気に耐えかねた翔太は、新しい話題を持ち出すことによってその空気を有耶無耶にしようと試みる。


「そうなのよ。商談済ませて帰るところなのだけど、車が故障しちゃったのか、ウンともスンとも言ってくれないのよ。でも次の商談があるから、今日中に池袋を発たなければならないのよ。そこで、明美に車出してもらおうかと思ってここで待っていたの。あとついでにそのまま修理依頼するつもり」


 翔太のはからいは功を奏し、ケイはこれまでの険悪な雰囲気を収めて翔太の問いに答えた。それにより、どうしてケイがこの場所にいたのかが判明した。


「でもアンタもこれから何処かに行くつもりでしょ。何処?」


「えっと、丸の内エリアにちょっと……」


「あら丁度いい。ワタシも丸の内に行くのよ。同じ方向ならついでにワタシも乗せてよ」


 しかし翔太の思惑に反し、ケイは絵真との険悪なやり取りを気にしていないのか、同乗を申し出た。


「いや……それはちょっと。もうすぐ母さんが来ると思うから、母さんに頼んで見てくれないか?」


 翔太としては、絵真とケイが同乗することによって発生する化学変化に耐えられる自信がなかったため、断る方向で話を進めた。


「そう、残念ね。でもそうよね。せっかくのデートを、こんなオカマに邪魔されたくないもんね。わかったわ。このあと明美に直接交渉してみるね」


 ケイは翔太の心情を察したのか、固着することもなくあっさりと身を引いた。ケイはとっつきにくい人物だが、ケイ自身相手との距離感を敏感に感じ取ることができるようであり、過剰に関係をこじらせることはしないのである。そのあたりの才能があるからこそ、転売屋を続けられているのかもしれなかった。あと、自分で自分のことをオカマと言うぶんには別にいいらしい。もしくは単純に、他者にゲイと呼ばれるのが嫌なだけで、他の呼び方ならば大丈夫なのかもしれない。


「ああ。そうしてもらえると助かる」


 翔太はケイに返事をしつつ鍵をさして車の扉を開ける。そして運転席に翔太、助手席に絵真が乗り込む。


「それではケイさん、また仕事で何かあったらよろしくお願いします」


 翔太は運転席側の窓を開け、ケイに別れを告げる。その言葉には「仕事以外では会いたくない」という意味も込められており、相手の反応に敏感なケイはその言外の意味を正しく理解したようであった。


「まったく……、あの豆粒みたいにチビっ子だったアンタが、ワタシ相手に生意気言うようになっちゃって。こういうのが子供の成長って言うのかしらね。まあいいわ。アンタ、他所の家の小娘乗せているのだから、安全運転しなさいよ」


 その汲み取った意味にケイは意に介さず、むしろ内心喜ぶかのような反応をした。翔太はその言葉に適当に返事をしつつ窓を閉め、シフトレバーを操作してアクセルペダルをゆっくり踏み込む。ケイが手を振って見送っているのをサイドミラー越しに視認しつつ、翔太は地下駐車場出口に向けて車を走らせた。地下駐車場のシャッターはもうすぐ開く。ケイとの遭遇は、ある意味いい時間潰しになったようだ。


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