第13話 地下駐車場の聞き込み


 昼を過ぎたころ、明美は母音に濁点をつけたかのような重たく歪んだ声で唸りながら、這いつくばって寝室から出てくる。飲酒した翌日の頭部を万力で押し潰すかのような頭痛に苛まれながら、二度と酒を飲まないと誓う。ベッド脇に用意されていた水を途中途中口にしながらやっとの思いでリビングに到達し、ソファーに倒れ込んでまた唸る。起きたはいいが、単に寝室のベッドからリビングのソファーへ移動しただけであった。


 そのまま小一時間ほど過ごし、ふと顔を上げて部屋の時計を見やる。


「……もうすぐ夕方じゃん」


 とうに午後の時間帯になっていることにようやく気がつく。明美は己の身体に気合を入れて立ち上がり、シャワーを浴びてから着替えを済ませる。今日は運び屋としての仕事は入っていないので、今日の夕方は街での遺物回収である。


 まだ時間は早いが、移動手段を持っている明美としては、そろそろ地図を見て今日の狩場を決めて装備を整えたかった。外気と浸水を防いでいる地下駐車場のシャッターが開くときには、乗車していつでも発進できるようにしたいので、余裕を持って行動するとこの時間からの準備が好ましい。


 玄関のキーボックスを開け、いくつもある車の鍵の中からSUVの鍵を取り出す。明美にとって、崩壊した街での遺物回収はもっぱらこの車であった。


「あら?」


 SUVの鍵を取り出したところで、キーボックスからセダンの鍵もなくなっていることに気がついた。ワンボックスカーが運送用として、SUVが遺物回収用として乗り分けている明美は、セダンは移動用の車として使っていた。そして現在はただ単に街を移動する用事はあまりないので、頻繁には乗らない車であった。精々、翔太の教習用の車といったところである。


 ――誰かを乗せて何処かに行くつもりかな。


 今更練習しなければいけないほど翔太の運転は下手ではない。ならば何処かに行く予定でもあるのだろう。しかし翔太が仕事以外で他の街に行く用事など滅多にないので、考えられる可能性としては、他の街に用事がある人を送るためなのだろう。


 ――ま、翔太には翔太の人間関係があるか。


 翔太ももういい歳である。いくら母親だからといって、いつまでも息子の人生に口を出すわけにはいかない。一人の人間として、ある程度距離を取る必要があるのだ。


 ――仕方がない。今日は一人で遺物回収するか。


 翔太がいないのであればそれも仕方がない。明美は少々物悲しく思いつつ玄関を出る。そのままエレベーターに乗り込み、地下駐車場のボタンを押す。


 エレベーターは途中で止まることなく地下駐車場まで降りる。遺物回収中の冷え込み対策としてのモッズコートを小脇に抱え直して自分の車に向かう。その道中、明美は二人組の男性に声をかけられた。


 偉丈夫な青年と小柄な若造。その二人組は管理公社警備部の腕章をつけていた。


「お? 庄司、こんなところで何してるの?」


 かつて不良少女であった明美は昔から警察官が苦手でおり、現在もその類似した存在である管理公社警備部の人間に苦手意識を抱いていた。しかしながらいろいろとお世話になるうちに、管理公社警備部の中に顔見知りができてしまった。庄司と呼ばれた偉丈夫な青年も、その内の一人。最早明美とは腐れ縁の仲であった。


「どうも片山さん。いやちょっと遺失物捜索をしつつ、聞き込みをして情報を集めているところなんですよ」


「遺失物? ジャンクショップには行ったか? もう誰かに拾われて売られてるかもしれないぞ」


「そうですね。その可能性も考慮して、他の者がジャンクショップに向かいました。我々は分担で地下の方を任された次第で」


「ふーん。で、何探しているの? 心当たりがあれば話すけど」


 明美は遺失物捜索について、さして興味はなかった。しかし庄司とは知らない仲ではないので、情報提供で協力しようとした。


「はい。それが、SDカードでして」


 明美に尋ねられ、庄司は架空のSDカードをつまんでいるかのような仕草を見せながら答えた。


「結構小っちゃいな……」


 その庄司の手を見て、明美は呆れた。そんな小さなもの、この広い居住区の中から見つけ出すことなど無理に近いからだった。


「あ、でも――」


 しかしSDカードと言われ、明美に思い当たるところがあった。


「そういえば、昨日翔太が、SDカードがどうのこうのって言っていたような……」


 翔太たちがデジタルカメラで街を撮影していた話を、昨晩聞いたような気がした。そのとき、購入したSDカードに何かのデータが入っていて容量を圧迫していると話していたかもしれない。


 明美はそのことを思い出し、独り言として呟いた。だが、管理公社の二人組は、明美の呟きを耳に入れてしまった。二人組は、互いに相方を見やり視線が交わる。そして互いに頷き合う。明美はそのやり取りを、小首を傾げながら見つめていた。


「その、詳しいお話をお聞かせください」


「ああ。まあいいけど」


 明美は昨晩翔太たちから聞いた話を聞かせた。


 残念ながら、明美は今街で何が起こっているのかを知らない。故に、明美は事態を甘くとらえていた。


 もし庄司たちが探しているSDカードが、息子が持っているものと同一のものであったとしても、また新しく買い直せばいいと安易に考えていた。



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