第10話 これからの行動
聴取のために三十分ほど拘束された紗代であったが、意外にも紗代は委曲を尽くして事情を話すことはせず、全体的に曖昧なことだけを管理公社の男性に伝えた。男性はその情報で納得したのか、これといって妙な行動をすることなくそのまま店を出て行った。
管理公社の男性が去ったあと、翔太は店頭まで出てくる。事務所の壁が薄く外部の音を通してしまうことは当然紗代の知るところであるので、姿を見せた翔太に対して、紗代は諦観した表情を見せた。
「絵真のこと、詳しく話さなかったんだな」
「まあね。せっかく仲良くなった女の子なのだから、売るような真似ができなかったの」
紗代はSDカードを購入した絵真のことを、「十代の女の子である」「小柄な子である」などとぼかした言い方をした。当然この池袋には他にも十代の女の子がいるので、明確に絵真を特定できる情報はなかった。よくこの情報で管理公社の人間を追い返すことができたなと、翔太は感心せざるを得なかった。
「で、これからどうする気なんだ?」
いくら曖昧な情報を提供したところで、時間がかかるにしろ最終的には絵真に辿り着いてしまう。管理公社の警備部は、かつて警察官や自衛官だった者たちで組織されている。故に確実に突き止めることができてしまうのだ。
それにもかかわらず、時間稼ぎをしてしまった。こちらとしては稼いでしまった時間を猶予として何かしなければ意味がないのである。
「それは、まず本人に聞いてみないとね」
紗代はそう言いつつ翔太から視線を外し、店の奥に向ける。翔太もつられるようにそちらを見やると、そこには絵真が不安気な表情を浮かべながら佇んでいた。
「絵真ちゃんはSDカード、どうしたい?」
「……SDカードはまた探せばいいけど、昨日撮った写真だけは失いたくない」
紗代の問いに、絵真は消え入りそうな声で答えた。絵真としては、昨日の翔太と紗代との出会いの証を失いたくないようだ。
大切なものを失う悲しみは、十分理解できる。翔太も同じく大切なものを失ったのだから。翔太のそれと絵真のそれとでは比べものにならないが、それでも、失わずに済むのであれば、それに越したことはない。
「じゃあ決まりね。絵真ちゃんの意思を尊重して、中のデータを抽出したあと、見つかった旨を管理公社に伝える。これで穏便に解決できるね」
「でも、こういうことしていいのかよ? よくは知らないけど、すぐに返却しなきゃいけないんじゃないのか?」
紗代は絵真の意思を汲み取り、結論を出した。しかし翔太は根本的なところが釈然としなかった。
「盗品と知らずに購入してしまった場合、購入者はそれを返さなければならないけど、同時に購入代金を請求できるの。盗品とは言え、それを買ってしまった人も、一応所有者なわけだしね。でもそれはつまり、代金を払われない限り別に返さなくてもいいってことでしょ。それに今回の場合、購入者が絵真ちゃんだと特定できていないのだから、実際に返却するまで時間はあるのよ」
紗代の揚げ足をとったような解釈に、別の意味で釈然としない翔太であるが、それで問題が起きないのであればそれでいいのではないかと思ってしまった。
「まあ、百歩譲って今すぐ返却しなくていいことにしたとして、その猶予はそんなにないだろう。その僅かな時間で、何をするつもりだ?」
「だから言ったでしょ。撮った画像を別の形で残せばいいのよ。別の媒体に移すとか、いっそのこと現像してしまうとか」
「まあそれが妥当なところではあるが、どうやってそれをやるんだ? カードリーダーもなければ接続ケーブルもない。現像するならプリンタや用紙も必要になるんじゃないか? 今のご時世、そんなもの何処にあるんだよ」
確かに紗代の提案することはもっともであるが、現状それができないからこそ昨日からあちこち歩き回っているのである。新たな目的とそれに対する猶予が加わったとしても、それは追い詰められただけであり、解決方法が見つかったことにはならない。むしろ事態は悪化しているのである。だからこそ、翔太は紗代の提案に現実味を見出すことができないでいた。
「確実ではないけど、可能性ならあるわ。現在都内で最大のジャンクショップがある丸の内エリアに行くの。もしかしたら膨大な在庫からお目当てのものが見つかるかもしれないし」
丸の内エリアのジャンクショップ。神田や秋葉原、更には銀座や新橋など、比較的使い道のある遺物がよく取れる場所が近場にあるため、多くの遺物が丸の内のジャンクショップに集まりやすくなっている。その影響か、居住区自体が巨大なジャンクショップと化しているのである。
「博打だな。でも、それしかないか」
それ以外の良案を思い浮かべることができない翔太は、渋々といったていでそれを受け入れた。
「じゃあ、今日の夕方にここを発って丸の内エリアに絵真ちゃんと一緒に行く。で、次の日の夕方で帰ってくる。一日あれば何かしらの成果があるでしょう。その間池袋の管理公社は私が適当にいなしておくから」
紗代の計画に同意した様子の絵真は、微笑を浮かべて表情を明るくする。そして翔太に近づいて視線を上げる。
「翔太、よろしくね」
その期待の眼差しを向ける絵真の顔を直視してしまった翔太は、そのお願いを断ることができなかった。きっとこれが紗代であれば、翔太は小言を言って断っていただろう。翔太はどうも絵真に弱いらしいことを自覚するが、それがどのような感情が起因になっているのかが皆目見当もつかなかった。
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