思考停止の月曜日◼︎side R
がしゃん、と金網に何かがぶつかる派手な音がして、俺はぼんやりと瞼を押し開いた。
まだ授業中のハズのこの時間。校舎の屋上なんかまで来るのは、盛りのついたカップルか痴話喧嘩のカップル、もしくはカツアゲでもするバカぐらいのもんだろう。どちらにしても、昼寝をしていた俺にとっては招かざる客でしかない。
「……おいおい一体何なんだよ騒々しい。人の昼寝の邪魔してんじゃねえぞ」
俺はぼそっと呟いて、面倒な事にならなきゃいいけどと思いつつ上体を起こした。そして–––そこにいたのが意外すぎる人物で、俺は一瞬だけ我が目を疑った。
金網のフェンスに鞄をぶん投げたらしいのは、同じクラスの三浦あかりだった。銀縁眼鏡に黒髪の三つ編み、面倒見が良く成績優秀–––まるで漫画に出てきそうな、完璧なまでの『委員長』だ。その委員長が、風に髪をかき乱されて突っ立っている。
同じクラスになったのは初めてだけど、彼女の姿は1年の頃からちょくちょく目には留まっていた。
担任の教師や部活の顧問、クラスの奴らや先輩後輩–––いつも誰かに何かを頼まれては校内をあちこち走り回る姿は、知らない人間の方が少ないんじゃないだろうか。
今朝はクラスの文化祭係の女子に囲まれてたし、その後に部活の後輩らしき女子に泣き付かれてるのも見たし。
面倒見がいいって言うよりは、頼まれたら断りきれない性分なんだろうな、委員長は。自分がやりたくない事は死んでもやらない俺とは真逆だ。きっと委員長は優しすぎて身動きが取れなくて、なおかつ最悪な事に要領が悪いんだと思う。
そんなに頑張っちゃってバカだなぁ、と思うのに、つい目で追ってしまうのは俺だけなんだろうか。クラスの奴らは(時として担任や顧問の教師らも)委員長に甘えすぎだ。
「なあんだ委員長か。珍しいな、委員長がサボりだなんて。まだ放課後なってないよな?」
俺の言葉に、ハッとした表情で委員長が振り返る。いつも綺麗に編んである髪が、風にあおられてグシャグシャだ。眼鏡のレンズ越しに向けられた視線は、諦めとも悲しみともつかない脆さに歪んでいる。
「あ、あんたには関係ないでしょっ」
その視線は、俺を見るや否やキッと絞られ、鋭い声と共にこちらへ飛んできた。
「お、威勢がいいねぇ」
「喧しいわ! 黙れこのお気楽極楽能天気野郎!」
「うわ……」
子供みたいな口調でわめく委員長に、こりゃ面倒な事に首を突っ込んだかなと思わなくもなかった。……でも、あの『完璧な委員長』が唇を噛みしめて必死に気を張って仁王立ちしてんのかと思うと、何故か可愛くも思えてきて。
「何だよ、どうしたんだよ」
–––ああ、泣きたいのかな、委員長。
俺はぼんやりそう感じて、落ちていた鞄を拾って委員長の方へと踏み出した。
「いいだろ、心配ぐらいしたって」
委員長は、俺を睨みつけるように見上げている。ちっちゃいんだな、背。小動物にしてやるみたくぎゅーっと抱きしめたくなるのを抑えつつ、俺は委員長を見つめた。……どうしよう蹴られたりしたら。それはそれで面白いけど。
–––結果から言うと、俺は蹴られはしなかった。何故なら委員長が、急にフェンスをよじ登り始めたからだ。靴を脱いで、紺色のハイソックスに制服のブレザー、スカートのままで。
おいおいパンツ見えてんぞ、と教えた方がいいのか悪いのか。まあいいや。役得(?)という事で。
危ないから降りてこい、と言った俺にゴチャゴチャ悪態をついていた委員長だったが、怖くなったのか最終的にはのろのろとフェンスから降りてきた。
バツが悪そうに服装を直したり髪を手櫛で整えたりしてからそそくさと立ち去ろうとしたので、俺は深い考えもなく、ただ引き留めたくて委員長の髪を引っ掴んだ。
「……っ、何、」
「『みんなの委員長』やってんのが嫌んなったらさ」
俺は唖然としたままの委員長の耳元に唇を寄せて囁いた(……ヤバい。髪、いい匂いがする)。思考停止。そんな言葉がピッタリな表情(というか無表情というか)で、委員長が俺を凝視する。
「ちょ……、相澤、」
強ばった声で、委員長が俺の名前を呼ぶ。
「–––いつでも聞いてあげるからね?」
何だろう、この感じ。もっと困らせて戸惑わせて、恥ずかしそうに赤くなった顔をもっと見たいような。でも他のバカな連中からはどうにかして守ってやりたくなるような。自分でも分類不能な不思議な感覚だ。
「離してよバカっ、あたしは授業に戻るんだから!」
どん、と勢いよく突き飛ばされたというのに、俺は妙に愉しい気分になっていた。
思わずにんまり笑ってしまいながら、ドタバタと慌ただしく走り去っていく委員長をひらひら手を振りながら眺めたのだった。
-END-
▼title/カカリア
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます