思考停止の月曜日◼︎side A


 寝不足で重たい頭を引きずって、憂鬱な月曜日の校門をくぐる。


 薄っぺらい上履きに履き替えて教室までの廊下を歩いていると、バタバタと背後から駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 騒々しいなと苛立ちながら振り返ったと同時に、あたしは思いっきり肩を掴まれガクガクと揺さぶられた。


「ねえ委員長助けて! 私たち、どうしたらいいと思う!?」

「な、何が!」


 突然すぎる問いに眩暈を起こしそうになりながら答えると、同じクラスの女子2名が上目遣いにあたしを見上げて言った。


「文化祭の出し物なんだけどね、今お化け屋敷派とメイド&バトラー喫茶派で揉めてるの」

「でね、そんなに揉めるぐらいならどっちもやめちまえ派も出始めてて収拾がつかなくて」


 スピーカーみたいに左右から畳みかけられて、あたしはドッと疲労を感じつつ2人を眺めた。落ち着いて見てみれば、この2人はうちのクラスの文化祭実行委員だ。

 –––文化祭まであと1ヶ月を切っている。出し物の内容すら決まっていないようじゃ動きようがないのに、一体どうするつもりなんだこの2人は。


「委員長、どうしよう……?」

「お化け屋敷とメイド喫茶なんて、どっちもコスプレって意味では同じようなモンでしょ。いっそメイドとバトラーがご案内するお化け屋敷カフェにしちゃえば?」

「「!!」」


 あたしとしてはその場しのぎで適当に答えたつもりだったのに、何を勘違いしたのか2人の目がキラキラ輝きだす。


「その案ナイス! それならどっち派の意見も汲んでるし誰も反対出来ないよね!」

「もー、さすが委員長ぉ! よし、それじゃ委員長がみんなを説得して、ねっ」

「ハァ!? それは文化祭実行委員のアンタたちの仕事でしょ……、」


 小動物みたいにちんまりと2人揃って見つめられ、あたしは大きくため息をついた。

 –––小さな子やお年寄りには優しくしなさい、と言われ続けて育ってきた長女なあたしは、こういうちまっとした存在(この2人には聞こえが悪いかもしれないけど)からの頼みにはどうにも抗えないらしい。


「……って、わかったわかった。次のHRで話してみるから。その代わり、内容が決まったらアンタたちガッツリ働きなさいよ!」

「ありがとう委員長! やっぱり頼りになるー!」

「ホントありがとう! 文化祭の日は、あたしたちがメイドコスで委員長にとっておきのサービスしたげるからねっ」


 来た時と同じようにバタバタと駆けていく2人に「廊下は走らない!」と声を掛けて見送っていると、どうやらあたしを探して(待ち構えて?)いたらしい担任の先生があたしを呼び止めた。


「おはよう委員長。朝イチで悪いけどちょっと職員室まで来てくれないか」

「こんな朝っぱらからお呼び立てとは何事ですか?」


 クラス委員を雑用係だと認識しているらしい担任の先生に、今度は何を押し付けられるのかと思いながら尋ねると、先生は渋い顔つきであたしを目の前の椅子に座るよう促した。


「すまんすまん、今日は雑用のお願いじゃないって。あのな委員長、こないだの模試結構頑張ってたろ? でもコレ、英語。コレは酷いぞ。英語だけガクッと点数悪すぎじゃないか?」


 模試の結果表を広げて、英語の欄をトントンとボールペンの先で先生が指し示す。物理や数学は好きなんだけど、英語は中学時代からどうにも苦手なのだ。


「おっしゃる通りでございます……」

「委員長の場合、長文読解と英作文が厳しめか。入試の必須科目に英語も入ってるだろ? 英語の先生に添削指導してもらうよう頼んでみるといい」

「うえぇえ、今から!?」

「今からでも遅いぐらいだろーが」

「う、ああ、はい……」


 あたしはうなだれたまま、教室へ行くため職員室を後にした(本当はこのまま英語の先生のところへ出向いて添削指導をお願いすべきだと分かってはいるんだけど)。

 あたしの志望大学がいわゆる有名国立大なせいもあって(言うまでもなく東大なんかではない)、なおかつ背伸びすれば何とか手が届きそうなポジションにあたしはいるらしくって、どうやら先生方からの期待が高まっているらしい。

 自分が考えて決めた志望大学だから、誰かの期待に応えるために受験勉強してる訳じゃないけど……ないんだけど。でも、結構行き詰まってたりして。あああ、英語がチンプンカンプンな自分の脳ミソが憎い。

 トボトボと廊下を歩いていると、部活の後輩が前からダダダっと走ってきてあたしの目の前でストップした。……あーあー、だから廊下は走っちゃいけないんだってば。


「三浦先輩探しましたよ! 良かった掴まって! ねえ先輩、コレどーしたらいいんですか!?」


 ばん、と差し出されたのは部活の会計簿だった。めくられたページに、見覚えのある文字–––というか、あたしの角張った文字がつらつらと並んでいる。去年はあたしが会計担当だったのだ。


「どこからどこまでが部費で賄っていい出費なんですか? 去年のを見ても線引きが難しくて意味不明です!」

「だから、部員の飲食代は活動費からは落とせないんだってば。外部講師の飲食代とかお礼に使った分は出るんだけど。あと遠征用のバス代は出るから……」


 引き継ぎの時も同じ説明をしたような……更に言うと、詳しくメモした文書まで渡しておいたような……。そんなあたしの思考を遮るように、後輩がふえぇと甘ったるい泣き声を上げる。


「顧問の先生も今年から変わっちゃって、細かい事は分からないって言ってるし……でも先輩に会う機会がなかなかなくて聞けなくて……」


 –––小さな子やお年寄りには優しくしなさい、と言われ続けて育ってきたあたしは、こういうちまっとした(以下略)


「……わかった。今日の昼休み教えるから図書室来て。ちゃんと会計ノートと領収書持ってくるんだよ」

「うわあああんありがとうございます!」


 涙だか鼻水だかで顔をグシャグシャにした後輩に抱きつかれて、あたしは自分の要領の悪さを呪いながら盛大にため息を零したのだった。



 ふと、窓の外に広がる空を仰ぐ。ちっぽけなあたしが惨めに思えるくらい、美しく澄んだ秋晴れの青空。

 ……どっか行っちゃいたいな、とぼんやり思った時には、既に手は鞄を掴み、足はふらふらと教室からさまよい出ていた。

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