まちあわせ

 これは普通にお出掛けするだけだから。決してデートなどではない。

 そう自分に言い聞かせて、鏡の前で深呼吸。お気に入りのワンピース。お気に入りのヘアピン。変なところはないはずなのに、どうしても不安になってしまう。

 あんなに綺麗な渚さんの横に、わたしは並べるのかな。

 

「……って、時間時間!」

 いつの間にか家を出る時刻を過ぎていた。慌てて鞄を掴んで、部屋を飛び出す。

 


「…………あっつ」

 玄関を出た瞬間、外の熱気に辟易する。何なんだこの暑さは。いや夏だから仕方ないんだけど。できるだけ日陰を歩くようにして、急ぎ足で目的地を目指す。


 待ち合わせは最寄りの駅。家から徒歩十分くらいの距離にある。

 駅前ロータリーの片隅にあるイルカの像が目印だった。息を切らしながら辿り着いて、近くの時計を確認する。

 待ち合わせは十一時。大丈夫、まだ五分前だ。渚さんの姿も見えない。

 

 今日は木曜日。駅前は閑散としていて、夏休みを満喫している小学生たちが何人か自転車で集まっているだけだ。

 こうして見るとやっぱり寂れてるかも。この辺りプールくらいしか遊ぶ場所ないし。それとシャッターだらけの商店街があるだけ。若者が遊ぶには少し物足りない。

 そういえば今日の行き先は聞いていなかった。待ち合わせが駅前ということは、電車に乗るのだろうけれど。


「おーい」

 そんなことを考えていたら声が聞こえてきた。顔を上げると渚さんが駆け寄って来るのが見える。

「……うわ」

 その瞬間、思わず息を飲んでしまった。


 涼しげな白の半袖ブラウスに青のフレアスカート姿の渚さんが、眩い笑顔で手を振っている。一瞬、芸能人が現れたと本気で錯覚してしまうほどの衝撃を受ける。

 そういえば、水着姿以外の渚さんを見るのは初めてだ。


「ごめんね? 待たせちゃったかな?」

「い、いえ……全然待ってないです」

 ぴったり十一時だ。渚さんは少し急いでいたのか、頬に一筋の汗を垂らしている。それがまた色っぽく見えて、どきりとする。

 ああ、ダメだ。見惚れてる、わたし。


「彩花ちゃん? どうしたの?」

「な、なんでもありません」

 自然と視線を逸らしてしまう。するとさっきの男子小学生たちが、ぽうっとした様子でこちらを見ていた。小学生さえも見惚れさせるとは……恐ろしい人。

 渚さんに視線を戻すと、わたしを見つめてにこにこと微笑んでいる。


「彩花ちゃん、かわいいわね」

「ひえ!?」

 突然そんなことを言われて、思い切りきょどる。お、落ち着けわたし。

 すると彩花さんは柔らかい声で。

「そのワンピ、よく似合ってる」

「あああありがとうございます」

 とっておきのお気に入りを着て来て良かった。渚さんはストレートに褒めてくれるから、本当に心臓に悪い。顔、赤くなってないよね? 少し隠すようにしながら、わたしも言葉を返す。

「渚さんも……す、素敵です」

「本当? ありがとう!」

 手を合わせて嬉しそうに微笑む渚さん。余裕の振る舞いに差を感じずにはいられない。褒められるの慣れてそうだし。 


「……ところで、今日はどこに行くんですか?」

 尋ねると、渚さんはなぜか不敵な笑みを浮かべた。初めて見る表情に少し驚くわたしに、人差し指を振りながら。

「それは着いてからのお楽しみ、ね?」

「は、はい」

 そう言われては何も訊けなかった。


 

 十分後に電車が来るので、二人で改札口に向かう。さっきの小学生たちはいつの間にかいなくなっていて、代わりに数人のお年寄りが日陰に集まって談笑していた。

 聞こえてくるホームの音。いつも通りの風景。

 それなのにただ渚さんが隣を歩いているというだけで、知らない場所のように思える。別世界に来てしまったような不思議な感覚。


「…………ん?」

 ふと、足を止めて振り返る。

「どうしたの?」

 渚さんも振り返って不思議そうに尋ねる。

 なんかバタバタ騒ぐ音が聞こえた気がしたけど……気のせいらしい。駅前は相変わらず閑散としていて、特に変化はない。

「すみません、気のせいだったみたいです」

「そう? なら良いのだけど」


 改札口を通って、ホームに降りる。

 わたしは胸を躍らせながら、電車が来るのを待った。

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