やくそく
『もし明日空いていたら、どこかへ遊びに行かない?』
そんなメールが渚さんから届いたのは、連絡先を交換してから一週間が経った頃だった。突然のお誘いに思考がぴたりと停止する。
わたしたちは何度かメールのやり取りをして、お互いのことを少しずつ知り始めていると思う。直接会ってお話ししたいという思いは膨らむばかりだけど、さすがに何度もプールに行くわけにもいかず、あれから会えてはいなかった。
そんな風に言うと付き合い始めのカップルみたいで、自分に呆れると同時に赤面してしまう。何考えてるのわたし。
「……遊びに、かあ」
渚さんとお出かけする姿を想像してみる。いや、友達どころか姉妹程度にしか見えないだろう。姉妹にしては容姿に相当な差異があるけど。
わたしは、どうしたいんだろう。渚さんは綺麗だし、メールでやり取りしていても楽しいし、もっと仲良くなりたいって思う。このまま仲良くなって、わたしは渚さんとどうなりたいんだろう。
「……いやいや」
どうして思考がそっちに向かうんだ。渚さんは単にお友達として誘ってくれているに過ぎないだろう。というか、他意なんてあるわけがないのに。
どうかしている。
『行きます! 行きたいです!』
素直に文字を打ち込んで、送信する。
「ねえ、彩花?」
ふいに話しかけられ、顔を上げる。
わたしの前には莉奈が座っていて、どこか不満げにこちらを見据えていた。
メールに夢中になっていて完全に失念していたけれど、今は勉強会の最中だったのだ。テーブルの上に広げられた夏休みの宿題は、当然ながら空欄だらけで。
「何?」
「さっきからスマホばかり眺めてるの、気づいてる?」
莉奈は少し怒っているようだった。宿題も放置して渚さんと連絡を取っていたのだから、怒らせてしまうのは当然だ。不機嫌そうに唇を尖らせる彼女に「ごめん」と謝罪する。
すると莉奈は目線を逸らしながら、わたしを責めるような口調で言う。
「別にいいよ。私と宿題やるよりそっちの方が大事なんでしょ」
「だからごめんってば」
拗ねてしまったみたいだ。冷たくしすぎたかな、と反省する。
莉奈には時々こういうことがある。嫉妬、なんて言ったら大袈裟だけれど、ヤキモチを焼いているみたいな時が。
わたしは元々友達が多くないけれど、他の人と話していると莉奈は決まって少し不機嫌になる。昔からだからもう慣れてるし、莉奈がそれだけ大事な友達だと思ってくれているのは嬉しくもあるんだけど。
「ねえ、機嫌直してよ。ほらお菓子食べな?」
「別に機嫌悪くないよ。彩花の交友関係が広がるのは良いことだし」
むしゃむしゃとポテチを貪りながら言う莉奈。言葉とは裏腹に依然として不機嫌そうだ。困ったな、これは。本人も多分、気づいてないのかもしれない。言葉では否定していても、気持ちが追いついていないみたいな。
幼馴染とはいえ、心が読めるわけじゃないから本当のところは分からないけれど。
わたしがこのまま渚さんと仲良くなったら。
莉奈はどう思うだろう。
友達ができたことを素直に喜んでくれるだろうか。それともヤキモチを焼くのだろうか。
でもとりあえず、渚さんのことはしばらく伏せておいた方が良いだろう。何となくそんな気がした。隠し事とかそういうことじゃなくて、タイミングの問題だ。
「ねえ彩花」
「何?」
「私たち、ずっと一緒だよね?」
なんだその質問は。こういう恥ずかしい質問を、莉奈は時々平気でしてくる。
扇風機の回る音がやけに大きく聞こえた。
質問の答えは一つだ。
「……うん、そうだね。ずっと一緒」
えへへと安心したように微笑む莉奈に、チクリと胸が痛んだ。
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