しゅくだい

 彩花の様子がおかしい。


 暇さえあればスマホを眺めて楽しそうにしているし、なにか考えごとをしている時間が増えた。あんな彩花を見るのは初めてだ。

 

「ねえ、誰と連絡とってるの?」

「も、もう。覗いてこないでよ」


 後ろから近づいたけど、画面を見る前に隠されてしまう。心なしか顔を赤くして、ぷんぷん怒る彩花。

 彩花がこれほどマメに連絡をとる相手なんて、私以外にはいないはずなんだけど。

 

「…………むー」


 まさかとは思ったんだけど、本当にそうなのかもしれない。

 彩花がプールで話していた知らないお姉さん。前から何度か見かけていた人だけど、彩花はいつの間に知り合ったのだろう。随分と仲が良さそうにしていた。

 連絡している相手は、あのお姉さんなのかも。なんだかそんな気がする。


 彩花は昔から大人しいタイプで、友達もあまり多くない。こんな風に休日に遊ぶ相手だって、私だけのはずだ。

 そんな彩花が、私といる時に他の人と連絡を取り合って楽しそうにしている。これはゆゆしき事態だ。

 

 彩花の家のリビング。クーラーで涼しい部屋の中で、私たちは夏休みの宿題をしていた。するつもりだった。実際は二人でおしゃべりしながら、ジュースを飲んでお菓子をむさぼっているだけだ。

 夏休みは始まったばかり。まだ慌てるような時期じゃないんだけど、ほんとはダメなんだろうなって思う。去年も最終日に彩花に泣きつくことになったし。


 だけど今年は、彩花まで私みたいになりそうで怖い。数学のプリントがさっきから全然進んでないし。


「…………」

 スマホを握りしめる彩花は、今までに見たことのない顔をしている。言うなればそれは、恋する乙女の顔。

 十四年近く一緒にいるけど、こんな彩花の顔は見たことがない。頬をほんのり赤く染めて、期待に目を輝かせて。

 きっと彩花は、その相手のことが大好きなのだろう。


 前に一目惚れしたのと尋ねたとき、彩花は今までにないくらい慌てていた。

 そしてその相手があの女の人なのかと尋ねたときは、それ以上に慌てていた。


 それだけで決めつけるのは早いかもだけど、彩花はきっと、あの人が好きなんだ。


 オレンジジュースを飲み干して、グラスの中が氷だけになる。

 もやもやする。

 相手の人が女だからとか、そういう理由じゃない。むしろそんなことは、関係ないって思ってる。

 私はただ、彩花が私以外の人に、あんな顔をするのが嫌なだけだ。


 彩花のことは応援したい。それは紛れもなく本音だ。彩花の幸せが私の幸せ。彩花が笑っているだけで私も嬉しい。

 だけど、彩花が私以外の人を好きになるのは嫌だ。それもまた、紛れもなく本音で。


 私はどちらを選べばいいのだろう。

 それはきっと、夏休みの宿題よりも難しい問題だった。

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