【無料立ち読み】転生魔王の異世界スローライフ2 おいでよ魔王村!

マオー村の一日



 大陸を南北に分かつ大山脈。

 その麓、人間界側にひっそり(?)と建つ魔王城。

 巨大で奇妙な威圧感を放つその城を中心に広がるのが魔王の村、通称マオー村だ。


 元あった廃村を片付け、水を引き、畑を広げ、徐々に村としての体裁を整えつつある。

 今も畑で数人が働き、魔界から仕入れた農作物の世話をしている。


「ギャアアア!」


 世話をしている人がたまに喰われるが大丈夫だ。


「たすっ、助けてー!」


 喰われている男が悲鳴を上げているが大丈夫だ。

 パクパクフラワーが本気だったら、すでに丸呑みにされている。

 つまりこれはじゃれているだけだ。


 傍目には男の頭部が、食人花に美味しくいただかれているようにしか見えないが。


「コラ、ビアンカ。ザッパさんを離しなさい」

「キシャ?」


 食人花ビアンカは男をくわえたまま首を傾げるようなポーズをする。

 彼女(?)を窘めたのは、男と同じ畑で作業している少年だった。


「ほら、ザッパさんがベチョベチョになっちゃうだろう?」

「ペシュッ」


 少年に言われ、ビアンカはザッパを吐き出す。


「よし、いい子だ」

「キシャアアアアアア!」


 少年に撫でられ、ビアンカは嬉しそうな奇声を上げる。


「ギシャアアアアアア!」

「はいはい。フローラも元気だね」


 ビアンカの隣に咲く食人花フローラも、まるで子犬のように少年に身をすり寄せる。

 少年はフローラのことも撫でてやってから、体を屈めて足許のザッパの様子を見る。

 粘液まみれだが特に外傷はなさそうだ。


「ザッパさん、大丈夫ですか?」

「へ、へい。魔王さま」


 ザッパは恐縮しながら少年の差し出した手を取る。


 少年の手は岩のようにゴツゴツとしていた。

 手だけではない。

 裸の上半身もそのほとんどが鱗に覆われている。


 特に顔面はワニのようなトカゲのような、見る者によっては幻のドラゴンと思い込むような、そんな恐ろしい面構えをしていた。



 彼の名前はサタン。

 この村の魔王である。


 恐ろしげな容貌をしているが、中身は世界一の超善人だ。


 彼がこうなった経緯にはいろいろある。


 現世で死んで、異世界で転生した。

 転生したと思ったら助けたコモドオオトカゲと合体していた。

 そのせいで女神に魔王と勘違いされて魔界に落とされたり。

 魔族にまで魔王と思い込まれ、そのまま魔界で暮らしてみたり。

 そうして魔界で暮らす内に、段々と魔族がそんなに悪い種族じゃないと思い始めてみたり。

 などなど。


 その後も紆余曲折があり、彼は人間と魔族が仲よく暮らせる村を作ることに決めた。


 村を作るはずがいきなり魔王城が建っちゃったり。

 商売をするはずがいきなり市場で暴れてしまったり。

 村作りをはじめてからもいろいろとあった。


 だが、なんやかやで新たな入村者も増えて、徐々に彼のマオー村は村らしくなってきていた。


「ふぅ、今日も平和だなぁ」


 サタンがマオー村を始めて早三ヶ月。

 彼は案外、こののんびりとした生活を満喫していた。


 廃村の片付けはすっかり済んだ。

 畑も二面に増やし、ビアンカとフローラの子供たちを増やしているところだ。


(そろそろ三つ目の畑を作ろうかな。でも、次は何を作ろう?)


 またパクパクフラワーでもいいが、新しい農産物にもチャレンジしてみたい。

 特にここは人間と魔族が暮らすことを目指す村だ。

 となれば次は、人間界の農産物を育てたいところである。


「やっぱりお米? でも稲なんて異世界にあるのかな? 街でパンを見たから小麦はあるんだろうけど……」


 サタンはそんな風に今後の計画を思案していると。


「魔王さまー」

「ん?」


 名前を呼ばれ、サタンは振り返る。

 声の主は畑の向こうから手を振っていた。


「ルッカさん」

「探しましたよ魔王さま!」


 ルッカはぷりぷりと怒った顔で畑に入ってきた。



 彼女の本名はルッカ=ルッカ。

 魔王四天王のひとりで、強力な水の魔法を操るエルフである。


 サタンが魔王と勘違いされるキッカケとなったひとりであり、彼に対して些か行き過ぎた忠誠心を示す女性である。

 非常に優秀なのだが、思い込みが激しいのが玉に瑕だ。


「目を離すとすぐに畑に入られて。畑仕事などは下僕どもにお任せください」

「いやー、でも楽しくて」

「楽しいとか楽しくないとかの問題ではございません!」


 頭を掻くサタンにルッカはまたぷりぷりと怒る。

 彼女は彼がザッパたちに混じって畑を耕すのに反対なのだ。


「魔王さまにはもっと威厳が必要です!」


 ルッカはいつもと同じことを言ってサタンを叱る。

 もうこの村にいる全員の耳にタコができるほど聞き飽きたセリフだ。

 ちなみに、だが。


「あっ、いえ、決して今の魔王さまに威厳がないという意味ではないのですが……逞しいお背中とか素敵だと思いますし」


 と、自分で言ったことに対して自分で弁解を始め、最後はなぜか頬を赤らめるまでがルッカのテンプレである。


 それはそれとして。


「ところで何の用?」


 サタンはタオルで汗を拭きながらルッカに尋ねる。

 するとルッカは気を取り直して。


「侵入者です!」


 と、自信満々に告げた。


(今度は何だろう?)


 サタンは人間の頃より広いアゴの下を拭きながら考える。


 本人は自覚していないようだが、ルッカの思い込みはなかなかに激しい。

 普段は優秀な頭脳が、たまにあらぬ方向に回転するのだ。


 特にサタンに関することだとその誤回転はさらに加速する。

 彼女はマオー村を人間界侵略の橋頭堡と勘違いしているので、この村で起きた出来事に対しても時におかしな解釈に至ることがある。


(侵入者……侵入者か)


 要するに村に無断で入ってきた誰かということだ。

 侵入者という呼び方では、まるで村に敵対する誰かがやってきたかのようだが、そこがルッカの思い込みだと考えると……。


(魔界からの使いならルッカさんはこんなこと言わない。となると)


 彼女は人間を毛嫌いしている。


 つまり、その「侵入者」とは。


「もしかして……人間のお客さん?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る