愛憎の根本はきっと変わらない

Amantes, amentes愛する者は正気なし.』という。いやはや違いない。愛は正気なんかでは語れない。そいつは裏返したらあっという間に黒く染まるのだからな。

愛する、憎悪する。言葉にしてその感情の色を見極めれば、まるで正反対で意味はかけ離れているようにみえるものだが、存外にこの感情の距離と言うのは近いものだとおれは思うわけだ。

何時だか言ったが、愛は人を狂わせるものだ。そして憎しみもそれは変わらない。得てしてどんな感情も突き詰めれば人を狂わせ壊していくものだとは思うのだが如何せん、狂人のきっかけにおいてこの二つは欠かせないと言っても過言ではあるまい。人は他人に向ける感情によってこそ狂う。


「長々と煩いわね、あなた」

「性分なものでね。さあお嬢さん、今の話をどう受け取ったかな」

「別に関係ないわ、私には」


もう夜も遅い駅のホームにはおれと彼女が二人きりだ。駅員は遠く、こんなホームの隅になど、余程人目につきたくないシャイな者か、そうでもなければおれのような変人くらいしかやっては来ない。それがこんな終電も迫ろうかと言う時間にも為れば、尚の事。

ちらりと此方を伺う彼女のその目。ああ、その瞳は緑に輝いているね、お嬢さん。爛々と、爛々と、深い深い愛とその絶望への憎悪。君は分かりやすいとは言われないかね?

引きずっているのは大きな黒い鞄だ。それは女性が持ち歩くには不自然で、酷く重そうで。少し鉄の臭いもするかもしれない。

少々下衆く推察するならば、その鞄にはもしかしたらオンナの死屍でも入っているのか──いいや、もしかしたらオトコの死屍かもしれん。いやはや。愛憎は表裏一体と言うが、それもまた哀れかもしれないな。彼女もまた愛と言う狂気の道化なのだろう。

まあその辺りはのだけれどもな。


「いやなに、暇人の独り言だよお嬢さん。つき合わせて悪かったね」


遠くに聞こえるサイレンの音を聞き流し、焦るように電車に飛び乗った彼女を視線だけで追いかけて口を開く。


Aut 女性はamat aut odit mulier愛するか憎むかどちらかである……さて、君が抱いたのはどちらだったのだろうな」


真実は闇、もといその心中にのみ姿を現すだろう。

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