既に朽ちる時を待っていた

英雄セイギノミカタになってみたいと思ったことはないだろうか。ああいや、馬鹿にするわけではないよ。健全な少年なら誰しも憧れるモノさ、いや憧れない人もいない訳では無かろうけれど。けれど格好いいよなあ、悪を滅し弱き者を護る。理想的な勧善懲悪だ。

最高悪アンラ・マユと称される概念がある。「この世全ての悪アンリ・マユ」などと称してみれば、これまでの話や、この話の傾向からして、察しの良い連中はおれの好きな作品に思い当たるかもしれんな。いやはや、それは置いておこう。

だが悪役なんてこの世にはいない。そう自称する者はもしかしたらいるかもしれないけれど、けれど誰も彼もが悪と認めうる悪などこの世にはいない。

よく言うだろう? いや、おれが聞いた気になっているだけかもしれんがまあそれはそれ。とかく、思うに「己の正義とは他者の悪徳」であり、それは逆説的に「悪とは正義の別の一面」ということだ。

そう、だから。故に、


さて、長々と前置きを失礼した。

詰まる所、おれは正義の味方ではない。そして貴殿らも正義の味方ではない。正義の味方でもない限り、赤の他人の心には寄り添えない。

人は誰しも自分本位だ。良くも悪くも、優先順位の一番は己でなくてはならない。そう生きている。


「貴方は、ぼくを止めないんですね」

「止める必要はあるまい。それが如何様な選択で在れ、それを選んだのは君自身なのだから」

「違いない」


微笑む少年のその腕には、錆びの浮いたカッターナイフ。ぐるぐると巻かれた白い包帯は否が応でも目立つものだね。その下にあるのは己で付けた創かい? いやそれとも、君を悪と定義づけした何処ぞの誰かにつけられた傷だろうか。


「何も知らない体を装って、ぼくが何をしたいか察しているんでしょう?」


──さあなあ、少年。おれにはとんと見当がつかないよ


「嘘吐き」


──そうさね、大人とは嘘を吐く生き物で、おれは大人だ。

少年。英雄セイギノミカタになってみたいと思ったことはあるかい? おれには在った。けれどもう遠い昔の事さ。今は知っている。おれは英雄セイギノミカタになどなれないし、

そうだな、少年。君はもう諦めているんだ。両の目を覗いても其処に魂はない。そうなってしまったら、あとは身体にくが朽ちるのを待つだけという状態だ。心が死んでいる。おれは死人を生き返らせることなど出来はしない。

にんまりと笑ってやれば、少年は満足そうに微笑んで、何処かへと去っていった。


翌日。おれと彼が昨日話した交差点に花束が一つ。特に何の感慨もなくそれを見下ろして。さて、昨日出来なかった質問をしよう。


「では、改めて問うが少年。君は救われたかったのかい?」


勿論、答えは返ってこない。

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