③反戦を訴えながら「闘争心」を満たしている人達

安保法(案)反対デモ

 夏に安保法案反対デモを見学しに行った。デモに参加するためではなくて、どんな様子なのか自分の目で確かめたかったからだ。

 地下鉄の駅の階段を上ってすぐ、デモ隊の叫び声と打楽器か何かの音が微かに聞こえてきた。道がわからなかったからスマホでGoogle mapを見ながら音を頼りに歩いていた。そしたらデモ隊を囲っているお巡りさん的な人に呼び止められた。

「ここから先は立ち入り禁止です」

 見学するだけだと言ったら、歩き回っていい場所を指示してくれて、私はそのお巡りさんと別れた。


 デモを見に行った人、参加した人は知ってると思うけど、ものすごい熱気だった。沢山の人が集まっていて、スマホで写真を撮っているだけの人や、遠くから眺めている人もいたけど、デモとは関係なさそうな団体の人が勧誘していたりして、マスコミも多かった。

 私はデモ隊のシュプレヒコールがリズム感ありすぎて笑いそうになるのを堪えながらデモ隊のそばを一周した。


 あのデモを例えるなら、マッドマックスみたいだった。

 熱気は日を追うごとに大きくなって、伝播して、そんなに興味がなかったけど偶然通りかかって熱気を感じて参加することにした人なども大勢いたらしい。

 どう考えてもあのデモは平和を訴えるデモではなかった。デモ隊が安倍政権をこき下ろすために「闘争心」を剥き出しにしているようにしか見えなかった。


 デモが終わって、人が少なくなった頃合いを見て(マスコミの撤収の早さに驚いた)、代表の人達がいるステージの辺りを見に行った。彼らの表情は「やり切った」感に満ち溢れていて、青春してるみたいだった。


 そのデモの日から私は「平和」について猜疑的になった。誰が何のために築いた平和がこの国のどこにあるんだろう。誰が何を意図して自然発生的に起こっている世界情勢に一矢報いようとしているんだろう。

 平和のために戦うのなら、それは真の平和じゃない。平和を訴える人が「闘争心」を出していたらおかしいんだよ。本当の目的は安保法案反対なんかじゃなかったんじゃないの、君達?と問いかけたら、「闘争心」剥き出しで反論されそうだったので、私が直接それを口に出すことはなかった。

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