Ep1-2
現地に到着した花川中佐はその光景に目を疑った。アザンと化した先生はその腕を刃物のようなものに変形させ、姪の友人の顔に突き付けプルプルと震えながら静止していたのだ。姪の友人であるユーマは恐怖のあまり腰が抜けていた。
「ここが潮時か。短い幸せだったな。」
そう呟いた方を花川中佐が見ると、そこには湯気みたいな蒸気を右手から放ちながら、それを伸ばしているもう1人の姪の友人であるキークの姿があった。
「へえ・・・、君がねえ・・・。」
そう言いながら花川中佐は無線機のマイクのスイッチに手をかけた。
「待って!照おじさん!!」
「今は作戦行動中だ、忘れるな。マナ、目標は2体、内1体は形態変化、もう片方は重力操作と思われる。」
それを聞いた結芽の顔にはさらに絶望の文字が浮かんだ。彼の叔父である花川照正は軍の中佐の階級であるからだ。軍上層部の人間ともいえる彼が友人をアザンだと判断し、彼を目標と称した際には、彼を彼女たち軍人は殲滅する必要があるからだ。そして、その判断は一等兵という低い階級の彼女には覆すことはできないのだ。
「花川結芽一等兵、隊長の言葉が聞こえただろ?早く君の横にいる目標に銃口を向けなさい。」
と言いながら、この隊の副隊長であるアルフレッド・マーカーは数人の隊員を引き連れて理科室へと入ってきた。
「花川隊長、この学校の生徒は数が多かったので、他の隊員は避難誘導にまわしました。が、目標2だと状況が悪いので呼び戻しますか?」
とアルフレッドは顔につけたゴーグルの位置を直しながら言った。
「いや、いい。彼には抵抗の意思はないように見える。君らであの男の子の前で止まっている白衣のアザンを始末してくれないか?」
アルフレッドは返事だけをし、彼が連れてきた隊員と白衣のアザンに発砲をする。
「マナ、A級装備の申請を頼む。」
「避難誘導と並行して行いますので30秒お待ちください。」
それを聞いた花川中佐はどのようにワイヤーが収納されているのかわからないほど小さな右手の端末を操作する。
「キーク君、君もあれのように砂みたいになるんだ。」
「覚悟はしています。」
その一言に反応してユーマは何かを叫び、エリカは泣き始め、結芽はまるで心が死んだかのような表情をしていた。
花川中佐の端末は耳を貫くような金属音を放ちながら、キークの体にワイヤーをがんじがらめにした。
「音声入力、01カットオフ。」
の声とともにワイヤーは切れ、彼は拘束状態になった。
「マナ、軍上層部に能力を発現させたアザンを捕縛したと伝えろ。それと、支部の独房にこいつを収容する準備を頼む。」
そう言い彼は無線のマイクを切った。
「おじさん・・・、なんで・・・?」
結芽は震えた声で尋ねた。その顔は今にも泣きだしそうな顔で、作戦中ではなかったら泣いてしまっていそうなものだった。
「自我を保ったアザンは戦力になるかもしれない。見ず知らずの奴だったらそんな無茶はしないが、お前の親友だと少しは信用できるからな。」
その言葉を聞いてキークの親友である3人の緊張は次第に解けていった。
「ですが、そんなに上手くいきますかね?」
とアルフレッドは作戦終了の判断を自分でし、ゴーグルを眼鏡にかけ直しながら尋ねた。
「そこは何とかするしかないだろ。」
彼はそう呟きながら隊員に作戦の終了を伝えた。
数日後、彼はひとり独房の中に居た。硬いドアの向こうには武装した軍人の気配が3人、独房は地下に位置しているので地上にも数人の気配を感じ取れた。普段はこんなにも察知能力は発揮されないが、なにせ何も音がせず、光も気持ち程度しか入ってこないこの空間では、あらゆる感覚が鋭く敏感になっていた。
キーク・深里の体はⅯ03コロニー支部に連行後、身柄は本部のあるⅯ01コロニーに移されたらしい。身柄を移される前に面会した照正には、本部での会議で彼の今後が決まるとだけ伝えられた。
階段からこつこつと誰かが下りてくる音がした。キークはその一音一音が頭に響くような不思議な感覚を覚えた。
「問題児が連れてきた問題児がいる部屋はここで間違っていないかな?」
そのお気楽そうな若者の声にすぐさま反応して、ドアの向こうで警備をしている3人の兵士が敬礼をし、
「鬼門将一少将!問題児というのが花川照正中佐であるならば、ここで間違いありません。」
鬼門将一。名前は照正から聞いていた。照正と同い年にして親友であり、若くも少将という地位にいる。特別に2つのA級装備の使用が許可されている唯一前線に立つ将軍としてかなり有名らしい。キークは照正から彼の言うことを聞くように言われていた。
「君がキー君だよね。」
キー君と呼ばれたことに対してキークは少し戸惑った。そのあだ名で自分のことを呼ぶのは結芽だけだったからだ。
「あ、キー君って呼ばれて照れちゃったかな?ごめんね、結芽ちゃんからよくそのあだ名を聞いていて、照から今回の案件を聞いた時、君の名前を見てもしかしてと思ったんだ。」
などと愉快な声で言ってくる。しかし、本題に入ろうかと呟いた後、彼は少し声を低くし
「君たち、上で警備をしていてくれないかい?」
と警備員に言うと、3人は敬礼をして上へと上がっていった。
独房の鍵を開ける音がした後、ゆっくりとドアが開いた。将一の姿が見える寸前までドアが開いた刹那、ものすごいスピードで彼が入ってきて、キークの喉元に長い剣を突き付けた。その剣はキークの見たことがない形状をしており、片側にしか刃のついていない包丁を伸ばしたような形をしていた。
「これは日本刀と言って、この形ゆえに剣よりは応用力には欠けるが、その分よく切れる。君の首なんて一瞬だよ。」
彼のセリフはさっきの愉快な声を出していた者と同一人物であるとは思えないくらいの殺気を帯びていた。
「まず聞く。君はスパイかい?君以外にも自我を保ったアザンは存在するのかい?そして、君が今ここに居る理由を教えてくれ。」
「俺はスパイではありません。他に自我を保ったアザンも知りませんし、誰が人間で誰がアザンの見分けすらつけることができません。ここに居る理由は花川中佐のみが知っています、あなたに従えと。私はあの場所で死にました。今ここにいるのは花川中佐の駒としてです。」
キークは死を突き付けられているからか、かなりの汗をかいていた。おそらく、その恐怖は喉元の日本刀のせいではなく、鬼門将一という人物が放つ殺気からきているのだろう。
キークのセリフを聞いた将一は刀を鞘に納め、また愉快な声で
「君、なかなかいい目をしているね。どうりであいつが生かすわけだ。」
すると将一は彼の手錠を外し、手を伸ばした。
「会議室へ行こう。君の命の恩人の照もそこで待っている。」
その手に引かれ彼は立ち上がった。自分の足で歩き地上へ出ると、警備をしていた兵士たちは驚いた顔をしながらじっと見つめてきた。通り過ぎる兵士は少将である横の人物に敬礼はするものの、目がほとんど皆キークの方へ流れていた。
「そうか、例のあれはあの派閥の最終兵器なのか。」
そうひそひそと話す声がキークの耳元に入った。それを聞いて将一の顔を見ると、彼の顔は冷たく悲しい目をしていた。
キークは将一に連れられ、大きな扉の前で手錠をかけなおされた。
「ここから先は僕と照とその近辺の人以外は完全に敵だから。蹴られたり、殴られたりしても反撃せずに弱音も吐かないでね。」
その注意喚起に彼は頷いて返事をして、大きく深呼吸をした。
「準備はいいみたいだね。あ、あと能力使った瞬間に君の首は僕が落とすことになっているから。」
重力を操作できる能力にどう対抗するつもりなのかと彼は疑問に思ったが、すぐに考えるのをやめた。なぜなら、将一の2つのA級装備と身体能力を持ってすれば不可能じゃ無いかもしれないと察したからだ。
目の前にあるドアがゆっくりと重そうに開いていった。中に入ると大勢の軍服を身にまとった人間が全員こちらを見ていた。右端には照正の姿があり、その位置からしてここに集まった軍人は階級の高い者ばかりだということをキークはすぐに悟った。
「ただいまより、エクス特例会議を始める。」
一番奥の皆より少し高い位置に座った男は低く通る声で言った。それに反応して皆が彼に敬礼をした。おそらくその男がこの部屋にいる一番階級の高い人物だということはすぐにわかった。
将一の座っている横に居た人物が淡々とキークについて語った。それを聞き流すものやメモを取る者などがいた。説明が終わると彼は座らずに照正に報告と今回の経緯を尋ねた。名前を呼ばれると彼は敬礼をし、端の席から中央に拘束されているキークの横まで歩いてきた。
「端では声が届かないと思ったのでここで話させていただきます。私は彼が我々に良い結果をもたらすことを確信したので連れてまいりました。」
ほう、と一番階級の高い人物は興味深そうな態度を示した。
「彼は自我を保ったアザンです。能力は重力操作です。少し証明しましょう。キーク・深里、私の席に置いてあるペンをここまで持ってきてくれないか。」
彼は頷くことで返事をし、能力を発動させようとした。だが、発動させる寸前に将一の言葉を思い出した。
「花川照正中佐、申し訳ありません。ここで能力を安易に使うということは、この状態でも反抗ができてしまう証明になってしまいます。私にそのような意思はありません。」
その言葉に反応して野次がいくつか飛んだ。しかし、階級の一番高い男が机を勢いよく叩き
「静まれ。彼にはそこのアザンが我々人間に抵抗の意思がないことを証明しろと個別で指令を出していた。彼はⅯ03支部での面接以降はそれとは接触していない。私が指令を出したのは彼がⅯ01コロニーに来てからだ。まさか貴様らは私も疑うつもりではなかろうな。」
そう言うと皆が静まった。
「それに私はその男を信頼しているのだ。あの任務から帰還できた希少の人材だしな。どうだ、私の直属の部下にならないか?」
「お断りします。私はレスト大将の派閥なので。」
「君からはその返事しか聞けないな。まあいい。今から多数決をとる。生かすか殺すかだ。一応、生かす場合に彼をどうするかは人事課のトップであるレスト大将からしてもらおうか。」
すると将一の3つとなりに座っていた60歳ほどの丸刈りの男が立ち上がり、
「彼はとりあえず軍人としてどこかの部隊に配属させます。重力操作を禁止させても身体能力は高いでしょうし、使い物にならなければ解剖するなりお好きになせればよいのでは。」
レスト大将はそういいながら席に座った。
多数決は順調に進み、ぎりぎり生かす案が過半数を超え、キークは完全に軍の駒になることが決定した。生かす案に入れた者の大半はレスト大将の派閥だったが、それだけでは過半数も票は取れないはずだ。おそらく誰かが裏で何かしたのであろうとキークは思った。
「配属される隊はレスト大将が責任を持って決める。以上で会議を終了する。」
次々と退室していく軍人をキークは拘束されたまま見ていた。その中には唾を吐く者、蹴とばす者、殴る者など様々の人間がいた。おそらくは彼を殺したかった派閥の人間だろう。ほぼ全員が退室すると、その部屋にはキークを除き照正、将一、そしてレスト大将だけが残った。照正はキークの拘束具を外しながら、
「先生、今回もありがとうございました。」
「君たち2人に付き合っていたらいつの間にか私の派閥までできてしまったな。本当に訓練校時代からいつまで問題児を続けるつもりなんだい。」
そんな会話を不思議そうに聞いていると将一が補足説明をする。
「キー君は知らないだろけど、レスト大将は僕らの訓練校時代の教官だったんだ。」
キークの拘束具が完全に外れるとレスト大将は照正とキークの身の振りについて話し始めた。
「配属する部隊はどうせ君の部隊にしろって言うんだろ?訓練課程はどうさせるつもりだい?」
「よくわかってるじゃないですか。ちなみにⅯ03コロニーの訓練校を半年で卒業してもらおうと思っています。」
そんな会話を立ったまま聞いていると、将一が肩を軽く叩き、
「長くなるだろうから外で何か食べようか。少将と一緒なら文句も言われないだろうし、一般市民は君がアザンなんて想像もつかないだろから。」
そう言い、外に連れ出された。
その日の最終便でキークと照正はⅯ03コロニーへと帰って行った。
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