2年生 写生授業

海の街、私の育った街はそんなキャッチフレーズで観光を潤そうとする打算的な街だった。

学校でも、海にちなんだ授業も多い。

写生授業もそのひとつである。


私は海は好きだ。

実家も海の家を営んでいたため、海は落ち着く場所でもある。

馴染み過ぎて、創作意欲が湧かない。

夏休みの絵日記はすべて海である。

1か月、毎日、海を同じ海を書いているのである、

いまさら普通に書けないのである。


一流の画家が、おちいるスランプ、私は小学校2年生にして、その境地に立っていた。

わかるよゴッホ、隣にいたら、やさしく彼の内を受け止められたかもしれない。


時間は2時間。

残り時間20分、

「そろそろ片づけ始めなさい」

引率の先生が、生徒に帰宅をうながす。


「なんか先生呼んでるよ」

一緒に遊んでいるのは、廊下で出会った、立たされ仲間達である。

砂浜から遠く離れ、我々は、カニや魚の観察、採取に勤しんでいた。


絵の具を溶く水彩バケツは、シーフードでいっぱいである。

さながら小さな水族館のようだ。

ご丁寧に、ディティールにこだわって、海藻なども取り入れた水彩バケツは

小さなアクアリウムである。


マズイな~と思った……。

画板は砂浜に置いたままである。

スランプにおちいった私は現実逃避した。

今、現実に強制送還されたのである。


書かねば!

私は走って砂浜へ戻った。


みんなの画用紙には、青い海が描かれている。

私の画用紙は、砂にまみれている。

砂を払うと、どこを書いたんだ?と聞かれそうなくらいの白一色。

『白い闇』とでもタイトルつけて、提出したいくらいだ。


…………………考えた。


画用紙をぐしゃぐしゃにした。

そして、再び、画用紙を開く。


クラスメートの水彩バケツには絵の具が溶かれた水が、

私は片っ端から、しわだらけの画用紙を水にくゆらせた。

幾人かの青い水で色付けされた画用紙は、

濃淡が映える凹凸ある青い世界に生まれ変わる。

白いスランプを抜け、たどり着いた世界は青い、青い、生命の起源である。

原点回帰にして、終着点、私は海を描ききったのだ。

水平にすると、ホントに海のようだ。凹凸がなんともいえない。


点呼を終え、学校へ戻る途中、私は疲弊していた。

右手がだるい。

水彩バケツのアクアリウムがチャプチャプと音を立てていた。

小さな体には重かったのである。


張り出される前、みんなが教室で仕上げを行なっているなか、

私は担任から水族館の閉館を迫られていた。

アクアリウムでは魚が死んで、カニが死骸をあさ

小さなデストピアに変わっていたからだ。

デストピアは生臭く、下水へ流されたあとも、

水彩バケツからはしばらく魚介臭が漂っていた。

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