第3話 スカラップ号
サンフォライズT・Jは、廃船として残された客船を改装し、水上の巨大なマーケットを作った。
客室のスペースは泊まる事の出来るホテルとしても現在は活用している。
船内で定期的に行われるライブ演奏やビストロでの食事は、街角を想定した移動しない豪華客船といった所だ。
天助、バルキー、チューロ、そして私も含め、皆で、現在この客船マーケットである「スカラップ号」に住んでいる。
卵から還り、世話を必要とも、世話をするともしない生き物は、マイペースの自由と危険。鳥は暖め、イルカはミルクを与え、巣を作り、道を教える。
5年前、太陽がギラギラ輝く暑い夏の日、路上に座り、小さな東屋と人形を組み合わせた、天気予報機という「ウエザーメーター」を作っていた若かりしチューロも、サンフライズT・Jに拾われた。
手の平に乗る程の小型の「ウエザーメーター」は、湿度が高くなると人形の服が重くなり、東屋の中に隠れるという仕組みになっていた。素朴な人形と木製の東屋は緻密な作業で作られており、創意工夫を凝らされていた。
「客船を独占しているのって、
「元々は、ここはただの海だしね。
ほら、チューロ泳げば。」
バルキーは船内にある浮き輪を取ると、円盤投げをして見せた。
「便利にして、不便になってきた物でしょ。この船は。」
「そうだね、ソール。捨てられた船のままでは、幽霊船だよ。自然美とは言い難い。」
「それを変貌させるのが、サンフォライズT・Jだろ。せっかくのシークレット。って所だね、バルキー。」
「廃船の追求をしていても仕方が無いよ。ソール。」
「バルキーの言う通り。
天助さんが、情報ゴミ屑の脳内コントロールだって話してたけど。」
「天助さん、ヘリコプターで先日、座礁した船を取材してたし、空の上からいつも美しい海を眺めているしね。ソールもチューロも大活躍だよ。お疲れ。」
「まぁ、家に備え付けられる、ブルーム&ダストボックスは、ビンゴだよ。」
「背負い投げも、受け身も、クタクタ。」
「スカラップ号にも設置できれば、ブルームでさっと集めて、BOXでシューッと吸い込み、ポイで終わり。」
「しかし、バルキー、船全体がダストBOXになっても困るよ。ヨーグルトが崩れちまうよ。」
「スクープ!!大発見、と言ったって、後処理ばかりで、しかもラフラムに先を越されてるんじゃ、天助さんが、新星の名付け親になったのも、理解できるけれどね。
昨晩も、船長室の望遠鏡で星を眺めていましたよ。」
「ああ、それで…。
天助さんがソール呼んで来てくれって。
チューロも来て。」
甲板から船内の客室を通り、階段を下って、マーケットが並ぶ先の、ビストロへ。
天助さんは、海水発電機で、ジューサーを動かし、パイナップルジュースの準備をした。
そして、皆を呼び、テーブルに集めると、ボトルを運んで来た。
「これ、SOS?」
天助さんは神妙な面持ちで皆の前に立つと両手を広げて公開した。
「流れ着いた様です。」
バルキーはラケットで球を転がすと、掬い取るようにキャッチして見せた。
「ボトルの中に、箱が入ってるんだよ。チューロも確認して。」
「そうですねぇ。天助さん、こりゃぁ、どうやって・・・。」
「星を眺めていたら月の光で反射して、ボトルネックが見えたもんで。」
「天助さん、どうやって拾ったの?」
「救命ハシゴを降ろして、救命ボートを漕いでね。」
「一人で?」
「SOSでしょ。これ。助けなくっちゃ。」
「高波だったのに、天助さん危ないなぁ。呼んでくれれば良かったよ。」
「一度、救命ボートに乗ってみたかったもんで。」
「天助さんダメですよ、無理しちゃぁ。」
ソールはボトルに顔を近づけて覗き込んだ。
「いや、しかし箱が入っていたもんで、飾っとくもんか、中身はどうなっているのかと。これは大発見かなーーーとね。
皆も興味あるだろう。」
「割るしかないでしょ。ね、天助さん。」
「割ってしまうのは簡単だけどね、バルキー。この状態も、中身も重要だよ。」
「中の箱だけ、分解するとかーーー。
いや、箱が古めかしいけど、年代物でしたら、と。それも考えませんとね。」
「ソールは、箱が気になる様だけれど…。
そういえば、サンフォライズT・Jには報告したの?天助さん?」
「いや…まだ…。」
「どうして?天助さん?」
「サンフオライズT・Jは、きっとソフィストオークションに出品するはずだよ。」
「うーん…それは…ありえるね。天助さんが、そう思うのもわかるけど。」
「そうだろう、ソール。SOSだとしたら、このまま放って置く訳にはいきませんよ。」
「天助さん、救命ボートまで降ろしたしね。バルキーも協力的だね。」
「では、割りますか?」
「決断早いですね、バルキー。」
「あっと、その前に、皆で記念写真、撮りましょう。さっ並んで、並んで。」
天助さんは、よしっそれでは、と意気揚揚とカメラを構えた。
「ヨーグルトの配達、今日は休みで良かったね、チューロ。」
「バルキーの写真集に載せてもらえるのかい?」
「ははは。そうこなくっちゃ。
バルキーが写ってなきゃね。だから天助さんも並んで。ほら、セットして、タイマー。」
「箱の中身ですけど、結果、サンフォライズT・Jが、残念がったらなぁ…。
チューロ、賭けないよ。ヨーグルトが、おしゃかになっちまうから。」
「ソフィストの方々も、風変わりな人達ばかりだからね。」
バルキーは肩をすぼめた。
「この場合は緊急事態発生ですから、天助さんの勇気に今回は賛同しましょう。
Spoofオークションになってしまったら、サンフォライズT・Jだってスカラップ号、無理矢理出航させて、当分、陸に
なんて戻らないなんて事になったら、それこそ大変でしょう。」
「動かないからね、この船。安心して。動いたらヨーグルトが崩れちまうからね。」
「ショービニスムだから、サンフォライズT・Jは、天助さん話したら出品しちゃうよ。」
「そうでありますよ。バルキー。
だからこの場でお話をした訳ですよ。
いいですか?割って確かめて。
私は、…、賭けますよ。
さっ、取り敢えず、写真撮るからね。」
天助さんは、ジャーナリスト魂を燃え上がらせ、ボトルを幌布で巻くと、道具箱からカナヅチを取り出し、皆に気持ちを示した。
力強くカナヅチを握り締めて、何度もうなずくと、胸を叩き、心を決めた。
そして……、振りかざした。
「天助さん、ちょっと待って。」
「え?」
天助は寸手の所で身体を止めて、テーブルに手を付くと、目をぱちくり。
「割らなくていいかも。」
そう言うとソールは、両手の平を向け頭を下げると天助の持つカナヅチを押さえた。
「どういう事?」
天助は深く息を吐いた。
「粉々にするよりは、少しでも形を残した方が、納得してもらえるはず。
カメラに納めましたが、現物が無ければ、伝わりませんよ。
底を切り落としましょう。バルキー、道具箱からダイヤモンドカッター探して。」
「ソールはもしかしてSOSでは無いと踏んでいるのでは?」
「これだけの時間をかけて話しているんだから、緊急事態とは思えませんよ。
もう、残せばいいんですよ。」
「天助さん、巨大ウォーマーで温めるから。」
「いつもそうですよ。焦ってるの。
のんびりと。
だって天助さん、考えてもみてください、この間のバイオエネルギーの薬品混入事件の時だって、原因はプトマイン。死滅した有機物が毒になっていた。
肥料にしろ、飼料にしろ、腐敗に気が付かず、使用し続けていた事でガスが発生。検査の結果を信用できないって、牧場の牛を逃がそうと、大急ぎでヘリを飛ばし、何者かを追跡した。
結局は誰も混入していた訳では無かったんですから。」
「まぁ、まぁ、ソールも落ち着いてぇ。」
チューロは、天助とソールに、持っていた。小さなベーコンサンドを渡した。
「ありましたよ、ダイヤモンド。はい。天助さん、印付けて。カッティング頼みましたよ。あっベーコンサンド、僕も貰います。」
「チューロ、賭けてみたくなったよ。SOSかぁ。で、無いとしたら、どういう事?」
「17世紀後半、ガリバー旅行記。
小人がボトルの中に、創作した芸術品。
古めかしい箱は、現代の物では無いと思うよ。」
「まさか……、ソール。
しかし、SOSだったとしても、動けるのかい?天助さん。木箱を報道して大捜索するつもりでしょう。
早合点して、
ヘリ飛ばして、松露饅頭でも買って来てくれれば良かったよ。」
「円盤取れた……。ふーっ。
上手くいきました、ほら、ソール、ヒビも入っていないだろう。
この状態なら、まぁ、サンフォライズT・Jに持っていってもね、確認済みとなれば、安全でしょう。」
「ほら、木箱の
「ソール、嬉しそうだね。」
「こりゃぁ300年間流されてたんじゃ、こうもなるだろうねぇ。開けてみてくれよ。チューロ楽しみになってきたよ。」
「貴重品でしたらと考えて、一応ここはホワイトグローブを使って下さい。」
「ソールも、用意がいいね。」
「慎重に扱いませんとね。落ち着いて、落ち着いて。天助さん。」
「SOSだったとしても、緊急事態だっていうのに、この状態で舟食い虫でも付いてたら、穴開いて、もう沈んじまってるよ。」
「大丈夫だよ、チューロ。
間に合うから、落ち着いて開けてみてください。」
天助さんは、ボトルの底からゆっくりと木箱を取り出すと、広げた幌布の上に置いた。
チューロは、気を利かして、カメラを天助さんに渡し、撮影も盛り上げた。
記事の作成も行いつつ、いよいよ、木箱の蓋を開けることに。
「開けますよ。シャッターも切るからね。準備はいい?天助さん。」
「はいっ、お願い。」
天助さんを囲み、木箱の中を全員で確かめる。取材と忙しい天助さんは、大慌てでカメラを掴んだ。
「……っと、これは……、紙だね。」
「紙が入ってるよ、天助さん。」
「
「一枚だけでは無い様ですね。」
「天助さん、手紙かねぇ、ちょっと読める?よその国から流れて来ているのなら、そうは読めないよね。」
「いいから、ソールも落ち着いて。
まず、一枚目、開きますよ。」
束になっている紙を押さえつけながら広げると、そこには、真っ赤に塗られたイチゴの絵が描いてあった。」
「イチゴ…の絵だね。」
「イチゴだね、チューロ。イチゴだけど、イチゴに皮なんて付いて無いですよ。どう思う?ソール。」
「オレンジの中身がイチゴになっているといった果物の絵ですね。皮も赤いし、緑色の部分はヘタでしょう。」
「天助さん、取材、取材。」
「ああ…。SOSでは無かったか…。
だが、これは…。」
「二枚目、いいですか?開けますよ。」
「バルキー、グローブ使って。」
「OK。」
「こりゃ、なんですか?…記号だねぇ。イチゴレシピ?チューロにも作れるかな。」
「イチゴの解読書ですか?ソール。」
「分析してある。このイチゴは存在するって事ですか。それとも…。」
「天助さん、全部めくっていい?
幌布の上に広げて置くから。」
「ああ、バルキー、頼むよ。並べた所、カメラに納めるから、じゃんじゃん広げて。」
「慎重に、バルキー!天助さんも。
悪い癖だよ。」
「ええ、ソール。わかってるけど…ってやっぱり臨場感が無けりゃ、オレも動けねぇのっ。」
「3枚目、4枚目と…やはり記号と、化学公式…。
解説図なんだか、まったく意味がわからないよ。どういう内容だろう。」
「これは、一大ニュースになるな。」
天助さんは、全てカメラで撮影すると、記事をまとめ、呟いた。
「意味が解らないんですから、ニュースにもならないでしょう。解読するまで待って下さいよ。」
「何を言ってるんだよ。ソール。
この状態で、まずは十分。新聞社に届けるよ。」
「サンフォライズT・Jに連絡してないじゃない。」
「天助さん…、やはり…。」
「ソフィスト達が、黙って無いって。」
「サンフォライズT・Jだって、考えてくれるでしょう。」
「そんな時間を置いたら、チームラフラムが嗅ぎつけてさーっと奪い取られちまうよ。
あいつら、ソフィスの一員とも、どこかで取り引きしてるんだよ。」
「天助さん、最近スクープ逃してるからね。チューロはこの賭け当たったし、天助さんの手柄だよ。」
「いいか、皆、このスカラップ号を探し当てたのも、俺なんだよ。頑丈で、倒れない。
情報を守る為にも、ベストシップは最適だ。
マーケットとしてだって、成功してる。
今日のこの出来事を、いち早く伝えなければ、ありふれた、イチゴを食べるのと変わらないだろう。」
天助さんは、ビストロの奥の壁に飾られた、船霊の神に手を合わせ、願っていた。
ソールは、5枚目の解読書を眺め、ブツブツと頭をひねりながら考え事をしている。
「このイチゴ、子供が描いた絵じゃないか?」
「子供?子供にしては、上達してる。
公式も専門的だし。」
「いや、5枚目に『Apprentice n'est pas maitre.』って。」
「どういう意味?ソール?」
「弟子は師匠ならず。」
「弟子が描いた。って事?」
「このイチゴは、実はまだ研究段階で、実証できない。
けれど、可能性としては、ある。」
「師匠には、認められていないけれど、思い立って、世の中に残そうと海に流した、とかね。」
「理由あって、手離して、引き渡しているのか…。引き継いでもらいたいのかも。
バルキー、箱に戻して。」
「いいんですか?ソール、天助さんが見つけたのに…。」
「天助には私から話すよ。」
ソールは、船霊の神に祈る天助とチューロの所へ行くと、手を合わせ、隣に並ぶと話し始めた。
「天助は、サンフォライズT・Jに頼まれて、スカラップ号を見つけたんだよね。
依頼されたのだから、仕事として当然だし、もちろん、この素晴らしい船には、皆、感謝しているよ。
この文箱も、天助が発見したものだけれど、まだ解明されていない。
しかも、認められていない研究だったら、報道する必要性はまだ無い。
天助が見つけた事だけでニュースになるのなら、まずはサンフォライズT・Jに報告するべき。」
「
海岸に流れ着いた漂流物だって、取り上げる事もある。
発見した所で、記事になるんだよ。
溢れているのさ、情報ならなんだっていいんだよ。」
「現物と研究段階では、違うでしょう。
どうしたのさ、天助、ムキになって…。」
「皆で写した記念写真を載せたらぁ、チューロのヨーグルト配達も、記事になって、当時は長蛇の列もできましたし、皆さん「美味しい」なんて喜んで、ずいぶんとお客さんも増えましたよ。
そういやぁ、天助さんの姿は見ないよね。」
「……。わかってるだろう。天助は、ラフラムに妨害されて、回線が混乱しているのさ、大丈夫、働けず怠けず。
文箱は、報告してくれるね。」
「じゃあ、ソールから渡してくれよ。」
「ダメだ。天助が行くんだよ。」
「サンフォライズT・Jにこれを見せたら、どうせ…。」
「怖いのかい?」
「なんだって?俺は別にそんなんじゃ…。ただ情報として世の中の人々にも報道する必要性はあるんじゃないかと思うんだよ。」
「ダメだ天助。まずはサンフォライズT・Jに報告するんだ!
いいね。かならずだよ。」
「…わかったよ。」
満月の夜、月の光に反射して発見された、文箱ボトル。
いつの時代の物なのか、ボトルの中に長細い木箱がどうやって入れられたのか。5枚の紙に描かれた不思議なイチゴと、化学記号。
公式の暗号も全て解らない。
波に揺られ、天助の元へ届けられたわけでは無いが、最近あきらめ半分だった天助がムキになって動いたのだ。
星に願いを。
これは、天助へ贈られたボトルなのではないだろうか。
ふと、星空を見上げ、私も星に願った。
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