第5話【停滞】
金が無い。
財布と睨み合い、僕はその事実と直面する。
思えば、ここ数日間はアルバイトもまともにしていなかった。
原稿の締め切りが迫っていた為に。
慌てて日雇いの仕事でもないかと探しはしたが、そうしてやっと取り付けたのは何日も後の仕事だ。
今日明日の生活に充てる、金は無い。
少し贅沢をし過ぎたのかもしれない。
思い当たる行動は、かなり多い。
原稿の為に、一日で数万円を費やす事もあった。
取材費だ。
勿論、何処かへ計上する事等出来ない。
誰も僕の様な男なんか、拾わないのだから。
空腹を誤魔化そう。
そう思い、僕は冷蔵庫を開ける。
チョコレートでも飲もうと考えたのだ。
だが、無い。
そういえば今朝に無くなった。
ならばと僕は、やや自棄気味に調味料棚を開けてみる。
空。
砂糖水すら作れない。
これは参った。
僕は、同居している彼へ目をやる。
彼は怪訝なかおで僕に目をやる……その肉は、きっと不味い。
そして、彼の飯代は両親が保障している。
僕は……良いダイエットになるだろうか。
そう思いつつソファに寝転がる。
相変わらず覗き込んだ財布の中は、紙幣が無い。
僕は「どうしよ」と小声でぼやく。
彼が「キューン」と返す様に鳴く。
最後の贅沢でもしてやろうか。
派手に。
そして、暫くは水で暮らす。
それも一興か。
作家らしいといえばそうであるやもしれない。
だが、僕は未だ作家にはなれていない。
作家気取りの、無職。
しかも、一匹狼……いや、狼と自称するには、あまりにも……皆まで言わぬ。
僕は、もう一度深く考える。
僕がぼくらしくある為に、とるべき選択だ。
大袈裟な気もするが、これを誤れば僕はぼくでなくなる。
成長の拒否とはまた違う。例えるに選択の間違いは……僕の書き手としての泉へ、火炎放射器を向ける。
そんな様な行いだ。
故に、答えは明快だ。
だがここで問題とすべきは其れではない。
要するに。
僕が経済面に於ける問題から、僕ではないものになる事を選択するか。
或いは、僕は自分の財布の面倒すら見きれない人間としてこれからも生き続けるのか。
人としての正しさか、僕としての正しさか。
それはどちらも不正解であり、正解である。
ドグマを破る事は、つまり宗教の終了だ。
Armageddonは永遠に訪れない。शिवによる破壊と再生は永遠に約束されない。
阿撒托斯は、僕を見捨てる。
それでいいのか。いいや良くない。
故に、答えは明快だ。
僕は立ち上がる。決断的に。
僕の行いこそが正しい、僕の死霊之書には夢を捨てて魔道の書で焚き火をする、という選択への教導文は記されていない。
然れば。
僕はUNIXを開き、ネットワークを接続。
アマゾンへと至り、とあるフラメンコギタリストのベストアルバムを注文した。
これでいい。
これでこそ、僕の選択である。
そして、再び財布と睨み合う。
……金が足りない。
あと1000円程、足りない。
非常にまずい。今更注文は取り消せない。
僕は、僕自身の精神界内の阿撒托斯神像へ、後生の祈りを捧げた。
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