第4話【諦観】

 何時の頃からかは分からない。然し、何時からか確実に変化はあった。

 その日も僕は、その変化のせいで夜半過ぎに目を覚ました。

 そして、また寝ようとしたのだが……。

 結局朝日を迎えた。

 悪夢。

 それは、確実に報いによるものだった。

 僕が殺してきた、あの少年少女達と同じ目に遭う夢。

 彼等は僕の生み出した、たかが幻想である筈なのに。

 彼等は、空想の世界の生き物で、空想の侭に死んだ筈なのに……。

 僕は布団の中で震えていた。

 部屋は暖房を掛け過ぎて暑いくらいなのに、彼等の冷たくなった白い手が背に纏わり付いて来る……。

 「ばう、おう、きゃんきゃん、くぅー……」

 その一声が、僕を呪いから解き放った。

 「ああ、分かった、分かった。今昼飯をやるから」

 僕は自室のドアを開けて、彼の待つ居間へ入り、飯をくれてやる。

 がつがつと食い、そして彼は大人しくなった。

 僕はというと、またチョコレート粉に砂糖を混ぜて、湯を入れて飲んでいる。

 だが、もう直ぐこの面倒なチョコレートも底をつく。

 僕は安らぎと寂しさを感じた。

 彼は遂に昼食を食いつくし、皿を口に咥えてガンガン振り回す。

 「ダメだよ、ダメ、だめ」

 僕は彼からそれをさっと取り上げ、高いところへやっておいた。

 それから、ぼんやりと、あの死んでいった者達とどう決着をつけようか考え始める。

 だがそれは不思議な問いだ。

 何故なら彼等は、よく考えれば死んでいないのだから。

 そもそも生きてもいないし、此の世に存在すらしていないのだから。

 僕は問題を片付けると、不意に外へ出たくなった。

 薄めのコートを羽織り、同居人へ暫しの別れを告げる。

 外気の槍も、随分と鋭さを失った。

 平穏な散歩も捗る。

 だがそれも2ヶ月ともたない。

 今度は、じりじりと体力を奪われる季節になるのだから。

 此の地の冬は寒く、夏は暑い。

 殊更に寒く、殊更に暑いのだ。

 そして、僕は憂鬱になる。

 やがて訪れる、気だるい季節に。

 僕は下を向き……嗚呼、これはいい。

 僕が踏みつけにしていたのは、映画村の宣伝紙だった。

 これはいい。

 僕は役者の顔を踏みつけにしながら、ぼんやりと思索に耽る。

 彼女は名演であったな、と。

 次回作にも出演を願おう、と。

 すると、今度は別の光景が見えてきた。

 出番の少なさに文句を垂れる、あの女。

 端役の分際で死に方の惨さから僕へ物申す、あの男。

 仕方のない奴等だ。

 次回作でも、ロクな死に方しない脇役にしてやろう。

 だんだんと、新しい脚本が浮かんでくる。

 無慈悲な喜劇を、次々に思いつく。

 快楽殺人者の呪いから、解放される。

 こうなればもう、気が楽なものだ。

 調子付いてきて、気分が上がる。

 だから今日はスーパーマーケットへ行こう。

 そしてジョンソンヴィルのクックドブラッツを買おう。

 肉を食らって、嗜虐の情を鍛えるのだ。

 リアリティ溢れる惨死を書く為に。

 役者は今も原稿用紙の上で待っている。

 だから僕は、彼らの頭へメガホンを振り下ろす。

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