もしかしてボケたのか?

 ふとオフィスの壁掛け時計を見ると、正午を指している。

 営業資料作りも一段落したし、昼食にしようと席を立った時だった。


「なあ吉川、どこいくの?」

 同期の松任谷が話しかけてきた。

「ん、昼飯食いに外へ」 

「え、社員食堂で食べないのかよ? そっちの方が安上がりだろ」

「おい、食堂の運営会社はとっくの昔に撤退しただろ。なに言ってんだ?」

「は? いつもおばちゃん達が朝から調理してるじゃんか。あと可愛い子が新しく入ったじゃん」

「いったいいつの話をしてるんだ? その可愛い子ってか有美さんはお前の奥さんだろが」

「え、もう名前知ってんの? 吉川はそういうの興味ないと思ってたぜ」

「いやそんなんじゃなくて……って俺もう行くぞ」


 俺がオフィスを出ようとすると、松任谷がこんな事を言った。

「吉川、仕事し過ぎだぞ。たまには休めよ」

 目つきが少し鋭く、本当に心配してくれているようだった。 

「ああ、わかってるけどお前も知ってるだろ。今でかい案件抱えてるの」

「え、そんなのあったっけ?」

 今度は首を傾げ、呆けた顔になる。

「ええい、時間無くなる。じゃあまた後でな」


 ふう、昔からたまに会話が噛み合わない事あったが、今日のはなんだよ?

 あ、もしかしてボケたのか?

 いや、そんなわけないよな、だってあいつは……え?




 俺はオフィスに戻った後、部下の狩野君に話しかけた。

「なあ狩野君、ちょっと聞いていいか?」

「は?」

「俺の同期のさ、君の教育係でもあった松任谷って今どうしてたっけ?」

「え? あ、あの、松任谷さんは数年前」

「だよな。すまない」

 狩野君に頭を下げた後、席に着いた。



 そう、あいつはもう……。

 じゃああれはなんだったんだ? 白昼夢でも見たのか? 

 ……いや、俺を心配して現れてくれたのかも。

 うん、ありがとう。気をつけるからな。

 



「松任谷さんは数年前に九州支社長になったし、先月出張行った時に会ったって自分で言ってただろ。それとさ、僕は新井だよ……吉川部長、もしかしてボケちゃったのか?」

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