とある休日、本を読もうと思ったら

 それは休日の昼過ぎの事、昨日買った本を読もうかと思った時、ジリリリリンと業務用のスマホが鳴った。

 画面見ると数字だけ、誰だいったいと思って出てみた。

「やあ松任谷まつとうや君、久しぶりだね」

 少ししわがれた声が聞こえてきた。


「すみません、どちら様ですか?」

 どっかで聞いたような声だが思い出せない。

「私だよ、吉川よしかわ。忘れちゃったかな?」

「あ。お久しぶりです」

 この人は数年前定年退職した元部長で上司。

 俺も公私共にお世話になったが、退職されてからは年賀状のやり取りしかしてなかった。

 しかし声だけとはいえ、老けたなあ……。

 

「久しぶりだね。福岡での暮らしはどうだい?」

 吉川部長、いや吉川さんがそんな事を言う。

「え、あの、私が福岡営業所にいたのは十年前のことで、もう本社に戻ってます」

 てか最後の一年間はずっと一緒に仕事してたでしょ。

「そうだったね。ああ、営業部の皆は元気かい? 新しく部長になった狩野君は厳しくないかい?」

「あの、狩野部長は総務部の部長です。うちの部は山崎部長ですよ」

「そうだった。そうだ松任谷君、うちの娘とお見合いしないか?」

「私はもう結婚してます」

 てかあなたが仲人してくれたんだろ。

「ああそうだったか。ところで君に引き継いだ案件だが、どうなった?」

「すみません、私は部長のお仕事を継いでいません」

 というか一緒に終わらせたでしょ。




 その後もなんかズレた事を言う。

 ん、もしかして?

「ああ、休日なのにすまなかったね。じゃあ、また明日会社で」

 吉川さんはそう言って通話を切った。


 やっぱボケてるようだ。

 退職して気が抜けたせいだろうかと思った時、また電話が鳴った。

 見ると吉川さんの番号……出ないでおこうか?

 いやこの際だ。気が済むまで話してもらうか。


「すまない、言い忘れてた。松任谷君が担当している新井物産なんだが、今コロナのせいで大ピンチなんだよ。できれば入金を待ってあげてくれないか?」

「え、あ、あの」

「それじゃ、頼んだよ」

 そう言ってすぐに電話を切ったが……吉川さん、残念ながら新井物産はコロナ以前に倒産してますよ。

 てか偶然だけど、今度あっちの元社員が中途採用面接に来る。

 ……もしかして、いやどうなんだろな?

 

 そんなことを思いながら、読もうと思っていた本を開いた。

 これも偶然だけど、それは「四十代から始めるボケ防止対策」だった。

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