敵は……にあり!

 夜明け前の薄明るい空の下、明智光秀あけちみつひでは戦装束を纏って屋敷を出ようとしていた。

 

「殿、何処へ参られます?」

 光秀の家老、斎藤利三さいとうとしぞうが門の前に立っていた。


「いや、分かっております。ですがお一人で行くなど水臭い。某もお供しますぞ」

 利三もまた戦装束であった。


「いいや、お主を巻き込む訳には行かぬ」

「何を言われます。某も皆も思いは同じです。そうであろう?」

 利三が振り返って尋ねると


「ええ、あれは全ての者の憎き敵です」

 同じく戦装束の明智秀満あけちひでみつ

「ですので、我らもご一緒させてください」

 明智光忠あけちみつただ藤田行政ふじたゆきまさ溝尾茂朝みぞおしげともの明智五宿老。

 その後ろには桔梗の旗指物を背にした、大勢の兵達が立っていた。


「再び戻って来れぬかもしれぬぞ。それでも良いのか?」

 光秀が顔をしかめ、皆を見渡して言うと

「ええ父上。地獄の底でもどこまでも参ります」

 嫡男、明智光慶あけちみつよしが前に出て言った。


「ありがとう、皆」

 光秀がそこにいた者達に頭を下げると、足元にぽたりと一滴の水が落ちた。

 


「殿、ご武運をお祈りします」

 妻の煕子、嫁いだ娘達もそこにいた。


「ああ行って来る。では」

 光秀が顔を上げ、皆に号令を下そうとした時



「待て、儂等も共に行くぞ」

 後ろから光秀が最もよく知り、最も聞きたくない声が聞こえてきた。


「え?」

 振り返るとやはり最も見たくない、いやどう話せばいいのか分からない相手がいた。 


「なんじゃ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔して?」

「な、な、何故?」

 光秀が震えながらやっとそう言う。


「共に行くと言っただろうが。それに、ほれ」

 その相手が後ろを指すと


「おおおっ!?」

 光秀以下明智軍が驚きの声をあげた。



 遠くに多くの旗指物が見える。


 戦国に生きた日ノ本すべての大名達のものが。



「光秀殿、共に行きましょうぞ。真の天下泰平に向かって」

 笑みを浮かべて言うは鎧姿の徳川家康とくがわいえやす


「儂もやっぱりまた一緒に働きたいだぎゃ。もうあんな思いはごめんだぎゃ」

 同じく鎧姿の羽柴秀吉はしばひでよしが、目頭を押さえて言う。


「光秀、過去の事は後で話そう。今は我らの真の敵を倒す為に、共に戦おうではないか?」

 その相手、織田信長おだのぶながはかつて光秀と出会った時のような顔つきで言う。


「は、ははっ!」

 すると光秀もまた、その時に戻ったかのようになった。




「では、皆に号令を」

 信長に促された光秀は、刀を高々と掲げ


「我らが敵はにあり! いざ、出陣!」


 おおー!


 

 明智軍を先頭に、全ての英傑達が進んでいく。



 この世を乱す、悪しき何かを倒す為に。

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