遅れて来た鬼達

 それはむかしむかし、ではなく今のお話。


 どこからかやって来た鬼が辺りを見渡した後、首を傾げた。

「どうしやした親分?」

 一緒に来ていた子分鬼が聞く。

「いや、今年は誰も豆を撒いてないぞ?」

「ああ、たぶん例のアレのせいでやしょ」

「かもな。だがそれにしたって鰯の頭も無えし、恵方巻きも売ってねえのはなあ」

「もう俺達なんかいねえと思って、油断してるんでやしょうか?」

「それなら思い出させてやろうか。行くぞ」

「へい!」


 鬼達はとりあえず近くにあった古い家に入ろうとしたが

「おや、節分はもう終わったけどねえ?」

 玄関に出てきたおばあさんは驚きもせず、呑気な口調で言う。


「何言ってんだこのババアは? 今日は二月三日だぞ」

 親分鬼がそう言っておばあさんを睨む。

 すると

「あら、今年は百二十四年ぶりに節分が二日になったのよ、知らなかった?」

 おばあさんが笑みを浮かべて言い


「はああ!?」

「そんな事あるんでやすか!?」

 それを聞いた鬼達は驚き叫んだ。


「ええ。それにねえ、三十七年前までは四日の年もあったのよ。これも若い人は知らないかしら」


「そ、そうだったのか。俺は生まれてこの方、節分は三日だとばかり思ってた」

「あっしもでやす。てか三十七年前って、あっしは生まれてねえでやすよ」

「俺はちっちぇガキンチョだったわ。しかし先代おやじも引き継ぎの時に言ってくれよなあ」

「いや、あっしも親分もあまり頭良くねえから、忘れてるだけかも」

「ああ、ってこら!」

 親分鬼が子分鬼を小突いた。


「ふふ。さ、折角そんな格好して来てくれたんだからね、上がってお茶でもどうぞ」

 どうやらこのおばあさん、鬼達を仮装したボランティアか何かだと思ってるようだった。



「ついつい作り過ぎちゃってねえ、よかったら全部食べてね」

 客間に通された鬼達は、おばあさんが出したたくさんの恵方巻きを遠慮なく食べていた。


「なあばあさん、この家に一人で住んでるのか? 家族は何処にいるんだ?」

 親分鬼が部屋を見渡しながら言う。


「夫はもう亡くなったし、子供達は独立して遠くに住んでるわ」


「そうか。ならやるか」

「へい!」

 そう言って鬼達は、家中のものを根こそぎ持っていった、のではなく。



「これでいいだろ」

 家中を掃除し、傷んでいた戸や棚を直し、庭の伸び過ぎた草を毟った。


「本当に助かったわ。ヘルパーさんも来てくれるけど、そこまではなかなかねえ」

 おばあさんが頭を下げて言う。


「そうかい。さてと、俺達はそろそろ帰るわ」

「ええ。今日はありがとうね」

「ああ、じゃあな」

 鬼達は家を後にした。



「結局俺達、何も出来ませんでしたね」

「ふん、あの家に邪気は似合わねえよ」

「それもそうでやすね」

「ああ。さて、来年はもっと悪どい奴らの家に行くぞ」

「へい!」



 終

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