忠臣蔵……

 時は元禄十五年十二月十四日。


 本所松坂町にある吉良邸に大石内蔵助率いる赤穂浪士四十七名が討ち入った。


 雪の降る中での激闘だった。


 その間に赤穂浪士堀部安兵衛と吉良家家臣清水一学の一騎打ちなどもあった。


 そしてとうとう吉良上野介を見つけた赤穂浪士達であった。


「吉良様、お覚悟を」

 大石内蔵助は吉良上野介に向かってそう言った。

「その前に内蔵助殿、そなたと二人だけで話したい事がある」

 上野介が懇願してきた。

「は?」

「炭火小屋に来てくれ」

 そう言って上野介は炭火小屋に入っていく。

 内蔵助は無言でその後に続いた。


「父上……」

 大石主税が心配そうに内蔵助を見つめていた。


 炭火小屋の中で二人は向かい合った。

「内蔵助殿、ご足労頂きかたじけない」

「はっ……」

「聞きたい事がある、儂を討つのは内匠頭殿の仇討ちだけが目的か?」

 上野介は内蔵助の目を見つめながら尋ねた。

「……どういう意味でございますか、吉良様?」

「他にも何か目的があるのではないのか?」

 内蔵助はそれに答えず、俯きがちになった。


「おそらくは」

「お察しの通りかと」

 内蔵助はそう答えた。

「そうか。わかった」

「吉良様、我らは」

「言わなくてもいい」

 そう言うと上野介はその場で正座した。

「世間の者達は儂を悪と呼んでいる。そしてそなた達はこれからは義士と呼ばれるであろうな」

 上野介は内蔵助を見つめながら言った。

「……申し訳ありませぬ」

 内蔵助は目を閉じて頭を下げた。

「そなたが謝る事はない。さあ首を取られよ」

「それはお腹を召された後で。最後は武士としての」

「それには及ばん。さ、やってくれ」

 上野介は自分の首を叩いて内蔵助に催促した。

「吉良様……」

 内蔵助の目には涙が浮かんでいた。

「では、御免!」


 内蔵助が刀を振り下ろす。


 上野介の首は胴から離れ、落ちた。



 内蔵助は上野介の首を持って炭火小屋から出た。

「父上!」

「ご家老様!」

 主税や他の浪士達が駆け寄って来た。


「ご一同、勝鬨!」

 内蔵助は皆に向かって言った。


「はっ! エイ、エイ、オー!」



「我らは、この時世に一矢を報いれたのだろうか?」

 内蔵助は雪の降る空を見上げ、一人そう呟いた。




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