「秘密」

 時は慶長十九年(1615年)五月

 後に「大坂の陣」と呼ばれる戦があった。

 

「……終わったな」

 先の征夷大将軍にして大御所である徳川家康は、燃えゆく大坂城を見つめながら呟いた。

「大御所様、右大臣殿(豊臣秀頼)と淀の方は……との知らせがありました。そして国松殿(秀頼と側室の間にできた息子)も」

 家康の側に控えていた側近の本多正純が小声で言った。

「そうか」

 家康は安堵の表情を浮かべた。

「大御所様、本当にこれでよろしかったのですか?」

 正純は不安な表情で家康に尋ねた。

「ではお前ならどうした?」

 家康は正純を睨みつけた。

「それがしは……」

 正純は自分の考えを述べた。

「そうであろうな。いや、本当はそうするべきなのだろう。そのままにしておいてはまたいつ誰かに担がれるやもしれん。たとえ秀頼殿にその気がなくとも。だから」

「消えてもらった、と言う事ですか。から」

「ああ、そうじゃ。この事は内密にな」

「ははっ!」

 正純はその場を後にした。


「儂はもうこの歳、先は長くないであろう。正純一人に『秘密』を背負わせる事になるが……許せよ」


 家康はこの戦の一年後、駿府にて七十五年の生涯を閉じた。

 本多正純は二代将軍秀忠の側近として老中にもなり権勢を振るったが、晩年は土井利勝などの台頭もあり失脚し、ついには謀反の疑いをかけられて幽閉され、寛永十四年(1637年)三月、出羽国横手で七十三年の生涯を閉じた。


 正純はどんな不遇な目にあっても「秘密」について誰にも話さなかった。

 なのでその「秘密」が何であったか、それはもはや誰も知らない。

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