8.「兄さん……」

 きらきらと、星屑のような細かい光が中天を支配していたが、それ以外は何も見通せぬ闇。足元にはさらさらと水が流れて、膝下辺りまで浸かっていたが、それを冷たいとも温かいとも感じない不気味なもの。気が付けば、そんな所に立たされていた。

「どこだ、ここ……」

 足が向いていた方へ少し歩いてみるが、ざぶざぶと水が重苦しい音を立てるだけで何も変わらない。サシャとシャロウが決闘の様相を見せた後、リピカに名前を呼ばれたと思ったら、自分はアル・アジフに飲み込まれて――

「アル・アジフの体内、とか?」

 急に湧き出した疑念に失笑した。本気で笑えない。

 水がまとわりつくせいで、一歩踏み出すのに普段の何倍もの労力が必要になる。そのうちに疲れて立ち止まるエリクス。歩いた事など、それがなんだと言わんばかりに黒い風景は何ら変化無い。

「待っていた……お前が来るのを」

 しゃがれた老獪な声。

「待っていたよ……兄さん……」

 若い男の、紛う事なき声。

 でも。

(そんな馬鹿な)

 二つの声はほぼ同時に重なって聞こえた。その方向は分からない。エリクスの耳には、全方位から聞こえた。ありとあらゆる方向からぐわんぐわんと反響して届く不快な声。

「――エリクスッ!」

 耳を塞いでいてもはっきりと聞こえるその少女の声に、意識は急速に引き戻された。


 目を覚まして、最初に飛び込んできたのは、リピカの顔。

 とても心配されたみたいで、今までに見た事も無いような表情だった。まだはっきりとしない意識を覚醒させるように、頭を何度も横に振りながら上半身を起こすエリクス。

「よかったぁ……」

 ほとんど泣き掛けの顔でぺたんと座り込む彼女に、今まで見てきた非情さや気丈さは微塵も感じられなかった。

「お前」

「か、勘違いしないように。エリクスまで本当に失われたら――あたしのやって来た事は全部無駄になるからね! そういう事よ」

 少し離れた場所でサシャがにやにやといやらしい笑顔で微笑み掛けている。相変わらず不気味な奴だ。そのまま何も喋らないのかと思いきや、彼女は唐突に口を開いた。

「体、元に戻しておきましたよ」

「は?」

 言われた事が分からなくて、いや、意味は分かったのだが――試しにリピカの肩を掴んでみる。しっかりとした感触がエリクスに伝わった。想像以上に細い彼女の肩。

「なんでお前はこの最悪のタイミングでそういう事をするかな」

「アル・アジフに飲み込まれて直接的に意識を傷付けられた貴方を助けるには、体に戻して意識を定着させる他に方法を思い付きませんでしたので」

「――そうだ、俺、奴に飲み込まれて……アル・アジフは!」

 リピカとサシャが同時にある方向を示した。確かに飲み込まれたのですが、すぐにぺっと吐き出されてきましたよ。ゴミくずのように。と余計な一言を付け加えるサシャを尻目に、二人の視線を追う。

 その先には、鞘に収めたままの剣を突き付け、牽制しているシャロウの姿があった。奴はその切っ先より少し離れた場所でただ漂っている。

「アル・アジフ! なんでお前は俺の街を破壊し続けるんだ!」

「……我の望みは、アカシック・クロニクルに組み込まれる事。貴様の隣にいるその小娘をその気にさせる為ならば、どんな手段でも用いよう」

「ふざけんなっ! だいたい、アカシック・クロニクルなんておとぎ話だろうが!」

 そう――あんなものは、おとぎ話だ。

 本当にそんなものがあったら……ヘリオトは、苦しまなくて済んだかもしれないのに。無いから、ヘリオトは救われなかったのに。

「ほう」

 赤い光がすっと細くなる。それだけで、体の内側から支配される気がして、エリクスは立ち竦んだ。

「何故、そう言い切れるのだ。無知なる人間よ。小娘に聞いてみるがいい。無いなどとは、けして言わぬぞ」

 聞かずとも知れた。

 視線を向けただけで、彼女は顔を逸らしたから。それに以前、そっと匂わすような事も言っていた。

(……本当、なのか)

 一瞬、裏切られたような気持ちにもなった――が、違う。冷静に考えるべきだ。アル・アジフが幾度と無くリュリアーサを破壊する事。アカシック・クロニクルが本当に存在する事。それとこれとは何も関係ない。

 確かにリピカは弟を殺した仇敵。だが、アカシック・クロニクルに関しては無いなんて、一言も言ってなかった。

「だからどうしたんだ! リピカが知ってようが知っていまいが、それに何の関係がある!」

 これが、奴のやり方だ。

 自分を保っているようでも、気付けば誰かを傷付けている。その境界線は非常に曖昧で、感心するほどに狡猾。

 一年前のあの時、リピカにベランドナを飲ませようとした自分もまた。

「そうかな。我がここにいるのも、その小娘がアカシック・クロニクルを独占する為に世界の裏側に隠したから……あれは個人で所有すべき物ではないのだ」

「――だから、自分のものにする、ですか。我が侭の極みですわね」

 と、サシャが言うと、

「アンタに負けず劣らずね」

 リピカが即座に返す。

 本当は仲が良いんじゃないのか。この二人。

「さて、どうする。貴様ら肉体を持つ者がどれほどの力を持とうとも、我を滅ぼす事は出来ぬ。観念してアカシック・クロニクルへ導くがいい」

「それは――」

 突然、シャロウは剣を構えて、駆け出した。アル・アジフは動かない。寸前で、シャロウが鞘から抜き去った剣は赤い閃光をまとっていて、

(赤?)

 エリクスが訝った時には、一転してアル・アジフの強張りが響く。

「貴様っ! その剣は!」

 シャロウが、にやりとほくそ笑んだ。

「――やってみないと分からないだろ!」

 切り裂いたアル・アジフの黒い霧の一部を引き連れて、赤い残光が宙で弧を描く。構え直したシャロウの剣は赤くて、半透明で、表情に乏しいアル・アジフの驚愕した面を透過させていた。

(あの剣。まさか――)

「カルサス遺跡で発見した古代聖遺物、聖剣レッドレイ。僕は何も名誉を受ける為に、去年これを見つけてきた訳じゃないんだ。全てはアンタを滅ぼす為だよ。アル・アジフ」

 抑揚少ないシャロウの声が、厳かに空間中に響く。

 その後、一旦リュリアーサ博物館に預けた物が世界各地を転々とし、見つけ出すのに苦労したんだけどね。と何とも間抜けな話を付け加えた。

「……愚かな。それで本当に我を滅ぼせると思うのか」

「じゃあ、なんでお前はそんなにも焦っているんだ」

 どすっと、レッドレイを地面に突き刺して、悠々と軽い口を叩くシャロウ。何をのんびりしているのだろう。エリクスはそう思った。シャロウは相手が動くのを待とうとしている。そんな気がしたのだ。

「ちょっと、シャロウ! 出来るんなら、さっさとやっちゃってよ!」

 リピカも同じ事を思ったらしい。彼女の怒声がシャロウの耳に届くよりも早く、アル・アジフが動いた。黒い霧は物凄い勢いでシャロウに接近し、そのまま彼の口から、体内に滑り込む。その瞬間、シャロウは体をくの字に折り曲げて、苦しみ始めた。

「シャロウ!」

 リピカが駆け寄ろうとしたが、先にその目を見たエリクスがリピカを押し留める。やがて、顔を上げた彼の瞳は、手にしているレッドレイのように赤く充血していて、そして、にたりと冷たい笑みを張り付かせた。

「あんの馬鹿っ!」

 その罵声すら、シャロウ本人には届かない。

「あらあら、状況が加速的に悪化致しましたわね」

 と、サシャ。

 シャロウがレッドレイを振りかぶる。それは誰を狙ったものでもなく、ただ虚しく空を切った。

 狭い空間の端から端、無造作にレッドレイが三往復する。一番離れている場所で気絶したままのアリアドネには近付けさせられない。と思った所で、シャロウの動きがぴたりと止まった。そして、

「――ふふ。やっと捕らえたよ。アル・アジフ」

 その言葉は、確かにシャロウ本人のものだった。いつの間にか、瞳の色も元に戻っている。額に脂汗を浮かばせて、苦しそうに、それでもなお、はっきりとした口調で響いた。

「き、きさまっ……最初から、それが目的だった、のかっ」

 次に、同じシャロウの口から漏れたのは、アル・アジフの言葉だったと思える。

「そうさ。いくらレッドレイを持ち出しても、アンタはいつでも逃げ出す事が出来るからね。こうやって、僕の体に閉じ込めてしまえば、逃げる事も出来ないだろう」

「何故、何故だ! 貴様はまるで人形のように操りやすいのに、肝心の心が見えん! まさか、貴様……人間ではないな!」

「さあてね。それはどうでしょう」

 妙に落ち着き払ったシャロウ自身の言葉と、ありありと焦りを醸し出すアル・アジフの言葉。その二つがほぼ同時にシャロウの口から漏れる。一人芝居をしているような、奇妙な光景が繰り返された。シャロウは喚くアル・アジフを適当にあしらいながら、リピカに歩み寄って、手にしていたレッドレイを手渡した。

「リピカ様。今のうちに」

 と、その一言を添えて。

 一瞬、彼女も何を言われたのか分からなかったようだ。だが、理解は早かった。同じように、エリクスもそれを悟った。

「……ちょっと……嘘でしょ」

 受け取った剣が、かたかたと鳴いている。リピカの手が震えている為だ。

「あ、あたしには出来ないよ、そんな事!」

「ですが、リピカ様。誰かがやらねば、こいつはいつまでもこの世にのさばり続け、貴女を狙い、リュリアーサを破壊し続ける事でしょう……うぐっ」

「だからって――!」

 シャロウの顔が苦痛に歪む。体内でアル.アジフが暴れているのだろう。見た限り、もう幾場も持ちそうにない。シャロウは意識を完全に乗っ取られまいと必死なのだ。

「リピカ様。さあ、早く……つっ」

「無理よ! あたしにアンタを殺せるわけ無いじゃない!」

 泣いているようにも聞こえた。リピカの声はそこまで切羽詰っている。

「じゃあわたくしがやりましょう」

 リピカからレッドレイを奪い取ったサシャが何でもない事のようにすらりと吐き出す。

「サシャ、アンタ!」

「リピカ。これはシャロウが作ってくれたチャンスです。無にするおつもりですか」

「分かってる、分かってるわよそんな事! でも――!」

「は、早く……せっ、出せっ……僕の力でも、そんなには持たない……出せっ! 我をここから出せっ! 貴様ぁ……黙れ、アル・アジフ!」

 声は途切れなく入れ替わる。アル・アジフが外に出ようとしている証拠だった。リピカとサシャには無理だと見限ったシャロウは、エリクスの方へ向き直った。

 目が、同じ事を言っている――

「……頼む……っ! 早く……う、ぐ、あああああああっ!」

「シャロウ!」

 最後には再び手にしたレッドレイを逆手に持ち替え、自ら自害しようとした瞬間、シャロウの全身が波打った。ぐるんと瞳が奇妙に回転し、肢体が不自然に折れ曲がる。

 刹那。

 まるで爆発でも起こったかのように、シャロウの体から眩いばかりの閃光が辺りに撒き散らされた。視界は光に遮られ、どだんどだんと、床に何かが叩きつけられる音が二つ、木霊する。

 やがて、光が収まって、エリクスが一番最初に見たのは、粉々に砕け散っていた聖剣レッドレイだった。赤いクリスタルの破片が、そこいら中に散らばっている。そして、そのすぐ横には気を失っているシャロウ、サシャ、そして、リピカ。彼らの頭上には――

「……アル・アジフ」

 黒い霧は、幾分小さくなったようにも見えたが、それでも中空に浮いていた。シャロウの体から脱出したらしい。

「ふざけおって」

 赤い瞳が、ただ一人、残ったエリクスを映し出す。

「ああ……」

 知らず知らずのうちに、エリクスは地面を足で擦るように後退していた。

「さて、これで我を脅かすものは無くなった。貴様はどうする、小僧」

「どうするったって……」

 どうしようも出来ない。なんとかこの状況を打開できる術を探してみるが、何も浮かんで来ない。

 黒い霧が伸びてきた。こちらからは触れる事すら出来ない理不尽な具現性を持ったそれに持ち上げられて、一瞬後には投げられていた。背中をしこたま打ち付けて床に転がる。

「げほっげほっ」

「さすがの我もこのままで活動するには制約が多すぎる。貴様の体を借り受けるという条件付きで、生かしておいてやっても良いが?」

 衝撃でひっくり返った胃の中のものを吐き出して、ゆるりと立ち上がったまでは良かったが。

「死を望むか、小僧」

 立て続けに殴られて、どうしようもなく壁に背中を押し付けた。

 もう、終わりかも――唇をかみ締めて、周りを見回す。気絶させられたままこの場に連れて来られたアリアドネ。先程の爆発のような閃光で気を失っているリピカとサシャ。その傍には、一番期待したシャロウも転がっている。誰も頼れない。

(頼る……?)

 自嘲してしまった。

 そういえば、ここに来た時は親戚一同のあまりの醜さに誰も信用しなかった自分が、よくもここまでやってこれたと思う。きっと、多くは彼女のおかげだろう――アリアドネを一瞥し、降って沸いた感謝の気持ちを口にする事もなく、もう一撃。アル・アジフの不可視の力に殴られて、エリクスは転がった。

「くっそ……」

 だんっ!

 地面を踏み抜かんばかりに、投げ出された足の踵を叩き付ける。からん――と、乾いたガラスの音がエリクスの耳に届いた。クリスタルの破片を蹴り付けたのかと思ったが、それではなかった。転がっていたのは、どこかで見た事がある瓶だった。

 それは、リピカのポーション。投げ出された衝撃で、彼女の懐から転げ落ちでもしたか。

 中の液体は、緑色。確か、それは――

(……あ)

 その閃きは、絶体絶命の淵に降りてきた一縷の望み。

(もしかして)

 エリクスにはそう思えた。

(どのみち、これしか手は残されてない)

 足元の瓶を拾い上げ、アル・アジフを一瞥する。こちらがまだ諦めていない事に、アル・アジフは不快感をあらわにした。

「無駄な足掻きか。そのようなポーションひとつで何をしようと?」

「魔女が作った特別性さ。あなどると痛い目を見るぞ」

「笑わせる」

 一笑に伏して、思った通り、真っ直ぐに黒い霧は突っ込んできた。黒い霧が自分の喉に到達する直前、素早く瓶のコルクを抜き去ったエリクスは、勢い良くその中身を黒い霧の上に振り撒く。

(頼むっ!)

 精一杯の願いを込めて。

「んぐっ……!」

 瓶の中の緑の液体が半分ほど無くなった頃、エリクスの生命を脅かす力が喉に食い込んできた。それでもなお全てを撒き切って――エリクスは宙に吊り上げられる。その力に抗おうとしても、両手は虚しく空を切るばかり。

 頭の中が白くなって――手から転げ落ちた瓶がからんと音を立てて、床に転がる。

(ダメ、か……っ!)

 そう思えた瞬間。

「ぐ、ぎゃああああああ――アァァァァ――っ!」

 するりと喉に食い込む力が失われて、聞くに耐え兼ねる醜悪な悲鳴が上がった。そのまま床に落とされたエリクスは痛む尻もそこそこに、空気を求めて激しく喘ぐ。アル・アジフは収縮し、膨張し、何度もそれらを繰り返しながら、家の中を駆け回っていた。

「は、ははっ。やった、か……!」

「あ、熱いっ! 焼ける! き、貴様、一体何をしたと言うのだっ!」

 エリクスは空になった瓶を拾い上げて、ほくそ笑む。

「ゾンビパウダー」

「――ゾ、ゾンビパウダーだと!」

「これは人間の意識を狂わせ、精神的死者を作るというというおっかない薬だそうだ。じゃあ、もしこいつを人の意識とか邪念とかで剥き出しになっているアンタに吹っ掛けたらどうなるんだろな――って、ふと思ったんだよ」

 そして、結果は――この通り。エリクスは賭けに勝った。

 まさにのた打ち回るアル・アジフを横目に、エリクスは力なくうな垂れた。大きく息を吸い込んで、最後に一言。

「ははっ、まさか魔女が作ったポーションが切り札になるなんてな……」

「小癪な……小癪な小僧め……! この程度で、我を滅ぼせると思うな……いつか必ず……貴様は……!」

 ぱあぁんっ。

 大きくなって限界を超えた風船が破裂するような音を残して、アル・アジフは黒い霧を一筋も残す事なく、消滅していった。



「あたしってさ。やっぱ、卑怯かな……」

 際立って、特筆すべきするものなど無い場所。

 在るのは暗闇だけだ。だが、少女にとっては、全ての始まりにして終わりなる場所。そこが世界の全てが見渡せる中心だと言って、誰が信じてくれるのだろうか。例え他の誰に信じてもらえなくとも、今は闇に包まれているその場所は、確かに世界の中心なのだから。

 そんな場所で、彼の主である少女リピカはそう呟いたのだ。シャロウは訝しげに首を傾げた。尋ねる。

「自分でそうお思いなのですか?」

「さあ、どうだろ。分かんない――ってのが、本音かな」

 憂いを帯びた横顔は、再会する前の記憶よりも大人びてていいものではないかと思ったが、全くと言っていいほど変わらずだった。時の輪を外れた存在である彼女の前では、老いすらも無効となる。

「じゃあ、僕は貴女の決定に従いましょう。いかなる答えでも甘受いたしますよ」

「――それも卑怯くさくない?」

 ジト目で、リピカ。むっと口を尖らせて、続ける。

「せっかく人が恥をしのんで相談してるってのにさー」

「おお、恥も分別もまだわきまえておられたのですか」

「むっか。そこはかとなく馬鹿にしてない、あたしの事」

「いいえ。馬鹿になど」

 シャロウは首を横に振って、素早く切り返す。

「僕は、あの日――貴女に捨てられた恨みだけで、今日まで生きてきましたから」

 一瞬、リピカの表情が凍り付いた。凍り付いて、動かなくなった。

 それは、彼がいつしか言おうと思っていた言葉には違いなかったが、あまりに長い間溜め込んでいた為に思いのほとんどは形骸化し、いざ口にしてみると、後悔ばかりが胸を苛んだ。取り繕うようにして、慌てて付け足す。

「……すみません」

「いいの。事実だし、ね」

 見るも痛々しい作り笑いが滲む。

「でも、最初に種を蒔いたのは、貴女ですから――と、これは嫌味ではないですよ」

「分かってる」

 それっきりリピカは黙りこくってしまったが、ずっと何かを考えているようにだった。シャロウは辛抱強く待った。ずっと逃げ回っていた少女がたとえどんな形の答えでも、自分で何かを導き出すのを。

 永遠とも思えるような長い時間、ずっと待ち続けて――

「……決めた。ずっとアンタに預けっぱなしだったもの、今返してもらう事にするよ」

 その言葉を聞いて――覚悟はしていたが――、シャロウは一瞬だけ思考が遠のいていくような気がした。その場所には、もう一人の自分がいた。造られたばかりの頃のだ。


 リピカさまっ! 命を授けてくださってありがとう!

 リピカさまっ! 僕は頂いたこの命に代えても、貴女をずっとお守りしますっ!


 ――急に視界は元に戻って、

「そう、ですか」

 シャロウは神妙に頷く。

 あの日の約束はもう叶えられないけれど、自分を生み出した事によって、少女が何かを学んだのなら、きっと自分の存在は無駄にはならない……

「痛いのはイヤですから。優しくしてくださいね」

 最後までしんみりした空気は自分――シャロウ・ヴィンらしくないと思った。だから、わざと声を高くして、おどけてみせる。リピカもふっと吹き出して、ようやく笑ってくれた。

「あたしを誰だと思ってんの? そんなヘマなんかしないよ。それに、そんな台詞は男のアンタが言うと気持ち悪い!」

「そですね」

 リピカが胸の前で印を結ぶ。何度聞いても聞き慣れなかった長い呪文が終わって、赤い光で描かれた魔法陣がシャロウの足元にぼんやりと浮かび上がった。舞い上がる光が徐々に拡散していって――

「さようなら……」

 最後の言葉がリピカに届いたのかどうか、シャロウには分からなかった。

 一瞬の間の後、シャロウの姿は忽然と消え去り、代わりに魔方陣の上は古びたぬいぐるみが転がった。布のあちこちが擦れて破れている、鎧を纏った剣士の格好をしている人形。その昔、リピカが母親に作ってもらった、大切な宝物だった。

「あたしね。アンタを見てるのが、すごく辛かったんだ。……ごめん」

 リピカはくたびれた剣士のぬいぐるみを胸に抱き、

「ごめんなさい」

 そして、ぽろぽろと泣いた。

 シャロウは失ってしまった視界の向こうから、慰める術も持たず憧れた孤独の少女を見つめていた。徐々に薄れていく意識と共に。

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