ひきよせ女 【4】
【4】
十月二十六日
・私は、今とても恵まれています。素敵な友達や頼れる先輩、職場の同僚がいてくれて、両親も弟も元気にしていて、食べるものや住む家にも困っていません。毎日に感謝しています。とても清々しい気持ちで、よく眠れています。オーストラリアに旅行に行こうと思い、来年の夏には行っていると思います。間違いなく、私は来年の夏、オーストラリアにいます。そこでは新しい出会いがあり、私はもっと人生を楽しめるようになるでしょう。
そこまで書いてから、ノートを読み返す。少し考えてから、「食べるものや住む家にも困っていません」を「毎日美味しく健康に良いものを食べ、住んでいる部屋も素敵です」に、「私はもっと人生を楽しめるようになるでしょう」を「私はもっと人生を楽しめるようになりました!!」に書き直した。良い言葉を使い、それを自分の潜在意識の中に深く染み込ませるためには、常にポジティブワードを使うことと、曖昧な言い方はせずに断定することが大切なのだ。
図書館から帰った私がしたことは、ノートを買うことだった。
それもコンビニで五冊セットで売っているやつじゃなくて、雑貨屋さんにある可愛くてちょっと高級で、なんならカバーとか付いているやつだ。とっておきのお気に入りを、と思い、最終的にネイビーの装丁にドイツ語であろう文字があしらわれたノートを選んだ。ドイツ語の意味は分からないが、ノート表紙の文句なのだから、きっと前向きな言葉に違いない。一緒に、流線型のフォルムの一本八百円もする海外製のボールペンも買った。
私はノートとペンを買った日から、毎晩そこに日記を付けることにしていた。
それも、単にその日あったことを書くのではなく、できる限り良いイメージや言葉を未来に向けて書いていくのだ。
・今日は仕事で思いがけず誉めていただきました。嬉しい!感謝です。
・今日は早起きができました。気持ちが良いです。
・今日は帰り道に可愛いネコを見ました。癒されました。幸せはこんな風に発見できる。
・私が生きて、毎日仕事をしたり友人と会ったり、幸せにすごせているのは、今まで出会ってきた人たちやこれから出会う人のおかげです。みんなのことが大好きです。私も、誰かを幸せにしたい!できる!
こんな風に、毎日毎日私は憑りつかれたように、前向きな言葉をお気に入りのノートに新しいペンで書き込んだ。それも、できるだけ綺麗な文字で、ゆっくり、丁寧に書くように心がけた。リラックスした気持ちでおこなえるよう、仕事から帰ったら早めにお風呂に入り、お風呂上がりに時間をかけてストレッチをしてから書くようにしていた。
意識して使う言葉は、「幸せ」「感謝」「大好き」。
主語は、「私」。
そして、できるだけ断定調を意識して書いた。「~だと思う」「~になりたい」「~だといいな」「~でしょう」といった曖昧な言い回しは避け、「~です」「~できる」「~できた!」と力強く、確信をもって書いた。
これは、図書館で読んだ『思い通りの未来を引き寄せる 幸せノートの書き方』のやり方だった。
毎日、願い事をノートに書く。それも「~がほしい、~になりたい」じゃなくて、「私はすでに~を持っている、~になっている」と書くのだ。例えば、「お金がほしい」じゃなくて、「私はお金持ちです」と書く。「あの人の恋人になりたい」じゃなくて「私はあの人の恋人で、愛されている」と書く。すると、それが深層意識に働きかけ、だんだんと現実化するのだという。そして、その時にはできるだけ穏やかな気持ちで、あらゆるものに感謝をして、書くのがいいのだという。さっきの例なら、「私はお金持ちです。お金やそれをもたらしてくれる仕事に感謝しています」、「私はあの人の恋人で、愛されている。私も世界で一番彼を愛しています。二人は最高に幸せです。出会いの運命にありがとう」と書く。そうやってプラスのエネルギーを自分から世界に【与える】ことで、自分の願いにもエネルギーが回り回って【与えられ】現実化するのだ。
きっと、彼と付き合っている時の私だったら、こんなこと言ってる奴がいたら「へー、そういうのもあるんだね……」と苦笑いでうなずき、ゆっくりと距離をとっていただろう。相手に聞こえないくらい離れてから、「すごいね、スピリチュアル(笑)。でも、なんかちょっとヤバくない?(笑)」って。
それなのに、今の私にはこの言葉は固くて巨大な岩のような、揺るぎない真実に思えた。
与えなければ、与えられない。
私は、彼に【与える】ことを怠けていたから、あの女に【奪われ】てしまったのではないか?彼にもっとちゃんと愛を【与えて】いれば、私はこんな目に遭わなかったんじゃないのか?彼は離れていかなかったんじゃないのか?
もちろん頭の片側では、スピリチュアルに逃げようとしているだけだ、そんなの問題の本質から目を逸らそうとしているだけだ、と思っている自分もいた。ノートに書いたくらいで願いが叶うわけなんかない。そんなものに騙されてどうするの。
でも。
騙されたつもりで。
騙されたつもりで、やってみて、ダメだったら、飽きたら、やめればいい。
だって、それで損することなんかないんだし。誰にも迷惑なんかかけないし、せいぜいノートとペンを無駄にしただけ。彼に電話しようかどうしようか悶々と夜を過ごすくらいなら、ノートに願い事を書くことなんて、どれだけ罪がないことだろう。
だから、騙されたつもりで、私は始めてみたのだ。
最初の晩、最初の一ページに、私はこう書いた。
・私は幸せです。
・私は彼のことが大好きで、彼も今も私を大好きです。すぐに戻ってきて幸せに暮らします。暮らしています。
・私は前向きです。
・私は健康です。元気です。ご飯はおいしいし、よく眠れています。
・私は美人だし、スタイルもいいし、上品で気配りができます。そんな私の魅力に、彼は今も夢中です。
・私は感謝しています。父と母、弟に感謝しています。友人たちに感謝しています。職場の人たちに感謝しています。今日すれ違っただけの人々にも感謝しています。
・世界は幸せでできていて、私もその中にいます。
そこまで書いて、私はそれを声に出して読み返した。
「…………世界は幸せでできていて、私もそのなかにいます」
その一文を読み返した時、自分で書いた癖に、なんだか誰かに救われたような、突然神さまがやってきて全部許してくれたような気持ちになった。
だから、もう一度読んだ。
「世界は幸せでできていて、私も、そのなかに、いる。私は、幸せの中にいる」
それから何度も、真夏に水を欲しがるように、私はがぶがぶとその言葉を口の中に溢れさせた。
私はしあわせのなかにいます。わたしは、しあわせのなかにいます。しあわせのなかにいます。しあわせのなかに。しあわせのなかにいます。せかいはしあわせでできていて、わたしはそのなかにいます。
いつの間にか涙を流し、鼻をすすりながら、何度もそう繰り返した。
そして、私がちゃんと幸せであれば、離れていった彼も戻ってきてくれるはずだと思った。
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