斬首 【3(3)】

【3(3)】


 これはきっと再放送です。何週か前の本放送が好評だったので、深夜にもう一度流しているパターンなのでしょう。でもドキュメンタリーというのは、番組になった時点ですでに再放送なのです。だからこれはきっと、再々再々再放送。難病の彼を追った一年。その一年とはいつのことなのやら。その時私は何をしていたんですかね?

 天災とも人災ともつかない災いや、ある研究者の小さくも偉大な発見。本人は特殊なつもりなど何一つ無いでしょうに、番組の作りのおかげで、彼らは天才にも天災にもなってしまいます。もたらされるものは災いでしょうか、恵みでしょうか。それともそれは同じ人間の右半身と左半身のように、同時に存在せざるを得ないのでしょうか。


 いつの間にか私は天才に降りかかる天災と、それが転載され作られた番組に魅せられます。ああ、この人は本物だ。と都合の良い言葉を念じ、涙すら流しています。さっきまできゃははきゃははと笑っていた私はどこに行ったのでしょう。しかし、途中で私はふと我に返ります。


 泣いてる私、嘘っぽいなー。


 また嘘。ほら、嘘。私は嘘をついているのです。何に嘘をついているのか、誰に嘘をついているのか、そしてどうしてそれを言い訳しているのかは分かりませんが、自分が嘘をついているということだけは分かります。きゃははきゃははも嘘。ああ、この人は本物だ。も嘘。笑いは私の口から零れ、涙は私の目から零れ、その間にある鼻が上下から零れだす嘘の匂いに気付くのです。私はティッシュを引き抜き、鼻をかみます。感動して泣いたからではありません。匂いに堪えられないからです。


 だって、嘘って臭いませんか?


 夜はいよいよ深くなってきました。今寝なければ、明日の仕事中後悔の嵐に投げ出されること請け合いです。そんなクルージングは御免こうむりたいもの。いい加減、せめてお風呂に入らねば。いや、シャワーだけでいっか。でも今お風呂使ったら、誰か起きちゃうかもしれないしー、なんなら明日の朝でもいいかしら。

 いやいやこれは駄目なパターンです。今寝たら朝ギリギリまで寝るに決まっています。そんなの、シャワー浴びる時間あるわけないじゃないですか。さすがに風呂に入らず仕事に行く度胸はありません。ていうか、そんなもの度胸ではない。ただの罰ゲームです。


 あーーーーーーーーーーめんどくせーーーーーーーーーーーーー。


 心の叫びです。これは嘘ではない。


 しかし、嘘ではない気持ちが必ずしも優先されるわけではありません。私はシャワーを浴びようとお風呂へ移動します。重たい体をひきずって、面倒臭い面倒臭いとぶつぶつ言いながらシャワーを浴びます。

 世界にはシャワーを浴びたくても浴びられない人もいるのに贅沢ですよね。なんてことを今の私に言う人がいたら、思いっきり殴っちゃうかも。うるせえ、めんどくさいんだよ!でもシャワー浴びなきゃだし浴びたいんだよ!シャワー浴びれない奴の気持ちなんか知るか!馬鹿!




 ざああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、




 という水音。


 シャワーの描写はカットされます。残念でした。これは健全な作品ですから。まあ、見せられるほどの体じゃございませんけどね。お風呂上がりの私は、寝間着にタオルを頭にひっかけた格好で、性懲りもなくテレビを付けてしまいます。おいおい、寝るんじゃないのか、このテレビっ子め。

 テレビっ子の私が三たびチャンネルをパチパチ変えると、画面に魔女っ子が現れます。あ、魔法少女って言わないとアニメ好きな弟に怒られるなー。まあいいか、寝てるし。

 シャワーシーンなど無い健全なアニメ番組なので、深夜に放送されています。ゴールデンタイムにシャワーシーンを流してのび太さんのエッチ!と叫ぶ不健全な番組とは訳が違いますね。さすがは深夜番組です。

 黄色の女の子が健全に敵をばったばったと倒していきます。この敵役一人一人にも産み育ててくれた両親や、恥ずかしい思い出を語り合った親友や、将来を誓い合った恋人がいるかもしれませんが、武器は健全に鎌状ですので即死でしょう。命は助かっても生涯障害が残る可能性大です。将来を誓い合った恋人も、最初の半年くらいは車椅子生活を余儀なくされた敵役さんと一緒にいてくれるかもしれませんが、やがて負担に耐え切れなくなり、別れ、新しい恋人のもとへと去ってしまうのでしょうね。

 あ、今のシルエットだけど確実に首飛んでるよなぁ。

 弟によるとこういうシルエットや不自然な光の演出は規制によるものらしく、DVDやブルーレイだとはっきり首ちょんぱが見られるのだとか。要するに、世の中こうやってなんでもかんでも編集されちゃっているのです。まあ、アニメとは言え、首が切られて飛ぶところをテレビで流すわけにはいきませんよね。


 世の中こうやってなんでもかんでも編集されちゃっているのです。


 首が切られて飛ぶところをテレビで流すわけにはいきませんよね。




 首が、切られてっ、飛ぶ、トコロヲteレビデなgasうワケニwaaaaaaenよnえ??‘><K4「「「「「コメント消すわ」  「銃殺じゃないの?斬るの?」  「じゃ、お前が助けに行けよ」 」」」」」いきませんよね。




 あれ?今、誰か何か言いました?


 私?






 ぷつん。

 唐突に、テレビが消えます。


 あれ?と思うと同時に、胸にざああーーーーーーっ、と上がってくる冷えた水のような不安。テレビを付ける時にいつも一瞬感じるあの不安が、いつもはさざ波程度のあの不安が、津波のように押し寄せてきます。あれ、なんかすごい嫌な……何。でもでも気のせいだよね。テレビの調子がちょっとおかしいだけだって


「でもこの無音は何」

 うっかり電源ボタン押しちゃったとか?


「でもこの不安は何」

 試しに私はリモコンの電源ボタンを押して


「付かないよ」

 本体の主電源も確かめて


「付かないんだって」

 コンセント抜けちゃったか!


「もうおしまい」

 あれーささってる?


「これは気まぐれで」

 あり?


「絶対に避けることのできない確定」

 事故?私の胸の冷たさはどんどんひどくなっていき、


「あきらめてください」

 なんだか嫌な感じがします


「嘆いたり、傷んだり、喜びを思い出したり」

 ねえ、なんで、私は幼い頃のことを急に思い出しているんですか?幼い頃の、女の子みたいな顔をした弟と手をつないでいた頃のことが浮かぶんですか?


「体の一部分がはじけ飛んだり」

 何故か急に、両親は、弟はちゃんと眠っているかがとても、とてつもなく不安になって、


「あなたはそれをもう」

 なんかやだ、なにこれ何なの、ねえ、幹夫起きてよ、ねえ、やだ、


「何億何兆」

 私はソファで眠る弟を、幹夫を起こそうとリビングのソファで布団にくるまっている弟のところへ行こうとしますが、わずか数歩の距離が、


「気が遠くなる回数」

 数歩の距離が、気が遠くなるほど離れているような気がして、ああ、あれ?私ちゃんと歩けてる?


「繰り返しそのたびに」

 なぜだか震えてしまう足をゆっくり、早く進みたいのにゆっくりと、前に出して、やっと弟のもとにたどりつき、弟が頭まで被っている布団を引き剥がします。






 そして、私は、生まれてこの方叫んだことのないような、嘆きの声を上げます。






 弟は、首から上が無くて、真っ赤で真っ黒でした。






 なにこれ。






 夢ならどんなによかったか。






 ざああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 それでは、もう一度。


 さんっ、はい。

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