斬首 【2(2)】

【2(2)】


 お気に入りの漫才コンビの顔を見つけたので、6チャンネルで指が止まります。雛壇の左後ろの方からボケを繰り出しますが、なかなか司会者に拾ってもらえません。がんばれー、とおざなりに応援しつつも、他の芸人の鋭いツッコミに私はきゃははきゃはは。

 きゃははと言いつつ、心から本気で面白いなんて思っていない、条件反射程度の笑いです。なんとなく集中できないまま、私はきゃははと笑い続けます。いまいち今日は芸人さんたちが冴えていないのでしょうか?それとも番組の構成がいまいちなのかしら?

 いいえ、心の底から笑えないのは私のせいです。

 お笑いだって音楽だって映画だって読書だって食事だって、作り手側の情熱やコンディションと同じくらい、受け手側のコンディションが重要なのです。

 そう、お笑いも音楽も映画も文学作品も美味しいごはんも、オーディエンスと一緒になってはじめて完成するものなのです。

 ほら、ミュージシャンがよくやりませんか?「この会場にいる全員が○○のメンバーだ!!」→『ワー!!!!!』って。

 嘘つかないでほしいですよね、そんなわけないじゃないですか。じゃあ私たちも雑誌やテレビや打ち上げやレコーディングに参加させてくださいよ。

 コール・アンド・レスポンスなんて、「セイ、ホーオ」→『ホーオ』、「セイ、ホッホー」→『ホッホー』、「ホッホッホー」→『ホッホッホー』で十分ですよ。嘘つき。


「あなたは嘘をついたことがありますか?ありませんか?」(call)


 &(そして)→


『私は嘘をついたことはありません』(response)



「Thank you!!!!!!!!!!!!!!」(最高だぜ!おまえら!)



 私はあります。というか、日常的についています。起床、食事、排泄、歯磨き、化粧、就寝、それらと同じくらい日常的に私は嘘をついています。すっぴんで過ごしてしまう日もありますが、心に化粧を施さない日はありません。排泄が滞ることはありますが、嘘を体から出さないことはありません。眠りたくても眠れない夜はたまにしかやってきませんが、嘘をつきたくない時につかずに済んだことなど生まれてこの方ありません。


 でも、それも全部嘘かもしれませんよ?


 嘘とも本当とも言えないきゃははきゃははを続けているうちに、お笑い番組は終わってしまいました。私はついうっかりして、そのままコマーシャルを観ながらきゃははきゃははと笑ってしまいます。しまった、もう笑わなくていいんだった。

 すでに日付も変わっています。でもまだまだ朝には遠い時間帯。明日も仕事なのに、私はちっとも眠たくなりません。両親も弟も、起きてくる気配はゼロ。もしかしたら、世界中の人が眠っているのかも。起きているのは私だけで、動いているのは目の前のテレビだけなのかも。私以外の人はみんな眠り、目の前にあるテレビ以外、すべての機械や装置が停止してしまったのかも。だってさっきから、テレビの音以外何も聴こえません。家の外を走る車の音も、どこかで鳴く猫の声も、寝相の悪い弟の衣擦れの音も。

 私はチャンネルをぱちぱちと変え、公共放送のドキュメンタリー番組で指を止めます。

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