斬首 【3】
【3】
6チャンネルを観ている間、4チャンネルは私を待っていてはくれません。同時に6チャンネルと4チャンネルを観たければ、6チャンネルを観ている私と4チャンネルを観ている私が両方存在しなくてはなりません。同時に並行して、私は6チャンネルを観ながら笑い、私は4チャンネルを観ながら泣きます。
雛壇に並ぶ顔顔顔。面白い顔が面白いことを言って面白い面白いきゃははと私は笑います。
その裏側で私は遠い誰かに課せられた運命の重さに涙します。この人は本物だ、と思い涙します。
そのさらに裏側で私はアニメーションに魅せられます。こちらは10チャンネル。主題歌なんか口ずさめるくらいになっちゃってます。
魔法少女の中では黄色の子が好きだな、なんて思いながらきゃははきゃはは。この人は本物だ、なんて思いつつ、おや、青い子もキャラが立ってきたな、でもあれれ、雛壇の右から二番目が喋っていないことが気になって編集で切られたのかと訝しみ、感動の割に肝心の本人のインタビューが少なくて、はたと正気に戻ると、私はこの人に泣かされているのではなく番組の作りに泣かされているのではないか、番組の作り上、エグいシーンはアニメでも規制入るのね、と納得しつつ、すべった場面は切られてるのかしらと邪推してみたり。そう、あまねく世界は編集されている。
世界は編集されている。
それに気が付いた時、私の裏側とその裏側とさらに裏側とそのまた裏側と、延々と背中合わせで螺旋のようにねじれてあらゆるチャンネルを同時に観ていた私という存在は、一点に収まります。個に戻り、点に戻り、目の前のテレビ画面に気が付きます。
砂嵐。
灰色の砂嵐。画面の中は乱れた灰色の砂嵐でした。音声もざああーとしか聴こえません。いえ、私の耳にはその音しか聴こえません。
ざああーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目の前の砂嵐は、電波の乱れでしょうか?それとも現実でしょうか?もしかしたら世界のどこかで今この瞬間に起こっている本物の灰色の砂嵐の映像と音を、限りないリアリティを持ってどこかの誰かが届けようとしているのかもしれません。
誰に?私に。
弟にお菓子を食べられた哀れな私に。そんなことあるわけない、とは言い切れない。誰かがもしかしたら今夜、編集されていない世界を見せようとしているのかもしれません。私に。
私を含めたすべての人に?
私は静かに目を凝らします。嵐の中の砂一粒一粒まで見逃すまいと、顔をテレビに近付けます。ざああーーーという音はさらに近付いてきます。大きくなるのではなく、近付いてきます。距離が、縮まります。私と、編集されていない世界の距離が縮まります。
ざああーーーー。
私はテレビの両端を掴み、その箱の中に入ろうかという姿勢で、砂嵐との距離を縮めます。編集されていない世界との距離を縮めます。物理的に。額はすでにテレビ画面に触れています。
目の前には、極小で流れるだけだった砂の粒が、でこぼことした形を持って、現れては消えていきます。それはまるで、図鑑で見た雪の結晶のようで。
私はその粒の中に、さらに小さな粒が寄り集まっているのを見つけます。私は自分で自分が何をしているのかよく分かっていません。でも、やめられないのです。砂粒の結晶はまるで宇宙のように感じられ、その瞬間、私は神だったのかもしれません。
神になった私は、テレビ画面の砂粒の中に、斬首される男を見つけます。
男は顔を袋のようなもので覆われ、後ろ手に縛られ、座らされていました。よく見えませんが、おそらく足も縛られているのでしょう。両側に銃を持った男たちが立っています。左に一人、右に二人。男の前方にも入れ替わり立ち替わり人の背中が出入りしています。
私は神ですが、限られた視点と視界しか与えられていないらしく、画面の外を見ることはできません。画面はよくある縦3:横4のサイズのようです。
右の二人の内一人が、何かこちらに向かって喋っていますが、私には聞きなれない言語のため、正確な意味は分かりません。しかし、これからこの男を斬首すると宣言していることは理解できました。
私でなくても、世界中の誰が聞いても理解できるでしょう。
言語が分からなくても、世界中の誰もが分かるように、そのまま伝えてくれるのです。もう編集も翻訳もここには必要ないのです。
瞬間、
「「「「「「「「「「「「「キターーーーーーーー」 「え?マジ?マジで公開処刑?」 「wwwwwwwwww」 「公 共 放 送 終 了 の お 知 ら せ」 「助けてあげてくださいお願いします」 「だめだ、みてらんね」 「銃殺じゃないの?斬るの?」 「Help him !!!!!!」「はよ殺せー」 「視聴者数ヤバいぞ」 「He is just an innocent public!」 「お前ら、黙れ」 「行きたくて行ったんでしょ?」 「→斬るでkillってか」 「Please help him」 「Google翻訳じゃ無理だって」 「いやー、めしがうまい」 「自業自得」「自分の大事な人がそうでも言えんの?」 「政府金だせよ」 「話の通じる相手じゃない」 「じゃ、お前が助けに行けよ」 「はじゃれっどさせもあー」 「右の人イケメンじゃね?」 「なんでそんなふうにいえるんですかおなじにんげんなのに」 「コメント消すわ」 「その金、俺らの血税」 「ヒゲの人、マジかっこいい」 「キ○ガイ」 「もったいぶるなー」 「一番腐ってるのはおまえら」 「ば;lzjr」tk:rpgf@ぱ」 「helphelphelphelphelphelphelp」 「今世紀最大の視聴率!」 「見てる俺らもみんな同罪」 「世界は編集されている」 「で、まだやんないの?」 「ほんと気持ち悪い」 「じらすねえ」 「ワンプールトリーキシリャデカマラ」 「もう無理だろ・・・」 「助けてあげて!」 「だってこの人何もしてないんでしょ?」 「デカマラ笑」 「デカマラって言ったよな」 「自 己 責 任 で す」 「この人の家族とかどんな気持ちで見てるんだろう・・・」 「何もしてねーわけねーだろ 行った時点で罪だし馬鹿」「金積んでも助けられない無能政府」 「あ、なんか刃物もってきた?」 「助けてあげて!!!!!」 「あー・・・積んだな」 「やば、武器マジカッケエ」 「自分だけが神だっていつから思ってた?」「無理無理無理無理」 「なんでお前ら、そんな楽しそうなの?」」」」」」」」」」」」」
文字が、流れます。
ざああーーーーーーーーーーーー
ねえ、この音は砂嵐の音ですか?
それとも、文字の流れる音ですか?
それとも、私の血が体内を巡る音ですか?
それとも、誰かの血が噴き出す音ですか?
私は、思わずテレビから手を離し、身を引きます。
画面は灰色の砂嵐に戻り、ざああーーーーーという音が遠のいていきます。フェイドアウトするその音と重なるように、窓の外を車が疾走する音や、寝相の悪い弟の衣擦れの音、少し離れた場所で鳴く猫の声が、生活の音が、日常の音が、今ここにある夜の音がフェイドインしてきます。
ざああーーーーーーーという音は鳴り続けています。しかしそれは、他の音に埋もれ、輪郭を失っていきます。
さっきの映像は夢だったのでしょうか?
布を被せられ手足を縛られた男と、首を斬ると宣言する男たち。一斉に流れた文字は、私の眼の中に流れたのか、テレビ画面の中に流れたのか、砂粒の中に流れたのか、それとも幻だったのでしょうか。私はテレビを見ているつもりで、いつの間にかひどく趣味の悪い動画サイトにアクセスしていたのでしょうか?
ねえ、私の何がアクセスしたの?
外では遠くから救急車のサイレンがして、近付いて、また遠のいていきました。
サイレンが遠のくころには、ざああーーーっという音はとても小さくなっていて、私の耳を支配するのは生活の音、夜の音だけです。
でもどっちがノイズだったのでしょう。あの砂嵐の音と、今聞こえている夜の生活音、どちらが今の私にとってノイズなのか、私はさっぱり分からなくなってしまいました。
私はさっぱり分からなくなってしまったんです。なにもかも。
ねえ、わたしはさっぱりわからなくなってしまったんですってば。
誰かが斬首され、私の世界は終わりました。
世界の、はて?
音が、消えました。
色も。
ていうか、色ってなんだっけ?
体が一気に冷えた気がして、私は手のひらに視線を落とします。滴るほどの手汗。さっきまで見えていた手のひらの無数の線はもう見えません。そこに無限の可能性があったはずだよね?
急いで私は同じ瞬間の違う自分を探します。想像します。さっぱり分からなくなってしまった私ではない、どこかにいるはずの、かろうじてまだ世界に指がかかっている自分を探します。
砂嵐にアクセスしなかった自分を探します。
4チャンネルを観ていた自分に聞いてみます。
「ねえ、そっちはまだ世界がありますか?」
6チャンネルを観てきゃははと笑っている自分にも尋ねてみます。
「ねえ、ずっと観てたら危ないよ。気付いたらダメだよ」
10チャンネルを観ている自分の肩を掴まえて揺らします。
「やめよう、やめようよ、怖いから、テレビを消そうよ」
でもダメでした。2チャンネルも4チャンネルも6チャンネルも10チャンネルも120チャンネルも9999チャンネルも、どのチャンネルを観ている私もある時気が付くのです。
そう、世界は編集されている。
そして、あの砂嵐に気が付いてしまうのです。
編集されていない世界を知り、飲み込まれていくのです。
だから私はもっと違う自分を探します。世界をたどってさまよって、過去と未来とこことそことnow here とno whereを探し回ります。ファミリーツリーを駆け回ります。全速力で。
Eカップの胸を持つ女だった自分に聞いてみます。
「ねえ、あなたが誰かに出会ってぬくもりを感じている瞬間に、誰かの首が飛ぶんだよ」
下戸で酒席が苦手な男だった私にも聞いてみます。
「自分の中に篭っていないで、お願い。ねえ、傍観していないで」
竜宮城にも行ってみます。
亀にも聞いてみます。
乙姫にも鯛やヒラメにも私を現実的な痛みから助けてくれた浦島太郎にも。
「ねえ、浦島さん、私やあなたや亀や乙姫がここで歌い踊っている瞬間にも、誰かの首が斬られているの。私をいじめっ子たちから助けてくれたように、彼を助けてはくれないの?」
浦島太郎は私の話に耳を貸さず、目隠しをしながら、踊る鯛を、歌うヒラメを食べています。目隠しをしながら、乙姫とセックスをしています。ブラインドイート&ブラインドセックス。鯛やヒラメの踊り食い、乙姫様は御馳走で、絵にも描けないおぞましさ。
「ねえ、浦島さん、あなたはそうやっていても、鯛の味が分かるの?踊りが分かるの?ヒラメの味が分かるの?歌が聞こえるの?抱いているのが乙姫だって分かるの?あなたはもしかしたら乙姫の肉を食べながら、鯛とセックスしているのかもしれないんだよ、ねえ、助けてあげて、そんなことしてないで、首を斬られそうなあの人を早く助けてあげて」
「「「「「「「「Help him !!!!!!」 「無理無理無理無理」 「なんでそんなふうにいえるんですかおなじにんげんなのに」「何もしてねーわけねーだろ 行った時点で罪だし馬鹿」」」」」」」」」」」」」」」あははあはは。鯛やヒラメのののののの「「「「「じゃ、お前が助けに行けよ」 舞 「コメント消すわ」 踊 「キ○ガイ」」」」」」」」り」」
あの文字が流れだします。みんながコメントしている。世界にコメントしている。埋め尽くされる。私たちは何もしないで何もできないでただただコメントを打ち込む。
ざああーーーーーーーーーーーー。
えんたーきーえんたーきー。EnterrrrrrrrrrrrrrrrKeyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy
ああ、もうこの世界も駄目なんだわ。ねえ、浦島さん、助けてください。お話だけじゃなくて、現実でも、ちゃんと助けてください。いじめっ子から亀を、私を、あなたを、首を斬られそうな誰かを。
目隠しをしながら座位で腰を振り続ける浦島さんは、手足を縛られた男とまったく同じ姿勢でした。いつの間にか、浦島さんの目隠しは首を斬られる男と同じ袋に変わっていて、もうその表情は分かりません。ねえ、気持ちいいの?その行為は、交尾は、気持ちがいいの?
いいわけないじゃない。
誰かの声が聞こえます。
いいわけないじゃない。
その声は私の声。私です。それは私でした。目隠し手縛り猿ぐつわで不快な視線の不理解な拘束のもと初めての生殖行為をしている私でした。
違うかもしれません。それは目隠しをしている浦島さんかもしれませんし、袋を被せられた首を斬られる男かもしれません。でも、その声は止まりません。
私は言います。初めての生殖行為をしながら。
こんなの、いいわけないじゃない。痛いだけだよ、からだも痛いしワタシもイタイ。いたいいたいいたいたすけてたすけてたすけて。
その声はもう誰の声。その痛みは何の痛み。
私まで痛いような私が叫んでいるような。ような。じゃない、私は事実痛くてイタくて血を流し、声を上げ、嘆きの声を上げ、首、首はまだありますか?
ああ、でも、でも、伝えなくちゃいけません。
ねえ、痛い思いをして眠れなくなって、それから何度も後悔して嫌になって、人を好きになるのをやめてしまって、弟にお菓子を取られてしまって、仕事も辞めてしまっても、ただただコメントを打ち続けるだけの私でも、世界をちゃんと見て、嘘、嫌、本当の世界に気が付かないで。あんな怖い世界を見つめないで。世界に気が付かないで、そのまま目を逸らして生きていって。そうしたら、いつかなにもかも知らなくて済むから、知らないで幸せでいられるから。一緒に目を潰してくれる誰かを見つけられるから。いいじゃないそれでいいじゃないコメントするだけのつぶやくだけの傍観するだけの触らない聴こえない見ない私でいることを許してください。だって怖いの嫌だ。痛いの嫌だ。嫌だよう。
違う、嘘、ねえどっちが嘘、どっちも本当なの。分かってお願い。それじゃダメなの。それじゃあやっぱり、誰かの首は飛んでしまうから。知らないどこかの誰かの首は飛んでしまう。知らないどこかの誰か?本当に?本当にそれは私でないの?私の大事な人じゃないの?一度その世界に気付いてしまったら、もう知らないふりなんてできないんじゃないの?でも、そしたらどうしたらいいの?本当の世界の姿を知ってしまっても生きていけるの?目を逸らさずに、でも世界を終わらさずに生きていこうとするのは虫のいい話なの?ひとつの世界の終わりは、同時に存在する他のすべての可能性の終わりで、私の世界の終わりはやっぱりあなたの世界の終わりでみんなの世界の終わりなの?
「私は私を助けたいの!世界を助けたいの!終わりたくないの!浦島さんは来てくれないけど、それでも心を割らずに生きていくにはどうしたらいいの!?」
『これは気まぐれであり、絶対に避けることのできない確定事項です。』
「でも私はあがいてみたいの!首を斬らせたくないの!」
『あきらめてください。』
「だって、あれは私の首かもしれないから!」
『嘆いたり、傷んだり、喜びを思い出したり、体の一部分がはじけ飛んだりしても、あなたはそれをもう何億何兆気が遠くなる回数繰り返し、そのたびに初めての嘆きとして声を上げています。』
「『夢ならどんなに良かったか』!」
私と誰かの声が重なり、その時、私はまるで世界になったような全能感。私は預言者で神様で世界で人間で殺す人で殺される人でいっせーのーせでみんなが同じ言葉を体験をえんたーきーをせーので押したんです。
だから世界は巻き戻る。
あれれこれ何回目ですか何回も何回も見た気がするんですけど気のせいですか世界の終りも首が飛ぶのも砂嵐だって私のあがきも叫びも全部何回やっても無駄なんじゃなかったっけだってこれぜんぶえんたーきーで消えるせかい。だからだから、あ、あのひとにおしえてあげたいでもまにあわない。いそげいきすぎた。行き過ぎた?生き過ぎた?逝き過ぎた?くりかえしのこの夜はまた閉じて拡散する。ねえ、リツイートして?
私は心底情けなくなって、笑いながら泣いていました。あはは。きっと、普段テレビを観ている時と、同じ顔をしていたと思います。
『それではもう一度。』
ざああーーーーーーーーーーーっ、という音が遠くから近付いてきます。
ざあああああああああーーーーーーーーーーーーーっざああああああああああああーーーーーーーーーーーーーっざあああああああああああああああーーーーーーーーーーーー ざああああああああああああああああああああーーーーーーーーーっざああああああああああああああああああああああああああああーーーーーっ ざあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーざああああああーーーーーーーーーーーざあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
それが最大に達した瞬間、特異点、静寂。
『さんっ、はい。』
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