その10
前回の概略:高本先生は油断したのでありんす。新しい遊びが始まってしまったのでありんす。相も変わらず、三上先生はソフトな物腰だったのでありんす(笑
〈な…何ですとぉ!!?〉葛西先生は思わず叫びそうになった口を両手で塞いだ。そして先程から引っかかっていた違和感の正体を察知したのだ。こんがらがった頭の中の糸が解れ、綺麗に1本に纏まった。つまりこういうことだ。高本先生と三上先生は、男同士ではあるがただならぬ関係なのだ。今は社会見学の自由時間という絶好のチャンスを利用(濫用か?)してこっそり二人で会っているのだ。高本先生のあの引っかかる科白は、中山先生に対する嫉妬心から来たものだったのだ。
考えてみれば葛西先生には、何かと得心がいくようなことが、過去にも幾度かあった。偶然廊下で三上先生と会って駄弁っていた時に、遠くの方から高本先生に尋常じゃないほど睨まれていた。職員会議中に各議題を検討するためのチーム編成が、偶々三上先生と同じになった時、違うチームになっていた高本先生に集中口撃された(葛西先生のみ)。加えて、職場懇親会のボウリング大会で同じチームになっていた三上先生とハイタッチをした時に、その横にいた高本先生に舌打ちされていた。それらはまるで、恋人を他人に取られたくないような、うら若き乙女のような行動だ(少し度が過ぎる感はあるが…少し!?)。そして、生徒が立てていた《高本先生と三上先生は○モだ》という、耳に入ってきた当時では信じ難いような噂があったのだ。聞く度毎に葛西先生は、律儀に生徒に対して注意と否定もしていたのだ。
思わぬ形で意想外だったことが立証されてしまった、しかも自らの手で暴いてしまった葛西先生は、それらの事実を一字一句漏らさず全てメモ帳に書き記したのだが、何だかとても複雑な気分になっていた。そうこうしていると、「じゃあ行こうか」三上先生が高本先生に声を掛け、高本先生も「うん♡」と嬉しそうに頷いて、二人手を繋いで3Dコーナーを去って行った。只今観察終了。
28分間に亘る、ほんの軽い気持ちで始めた筈の生態観察は、葛西先生にとって(忘れたくても)忘れることのできない、壮絶なイベントになってしまった。
葛西先生は「ふう」と一つ溜め息をついてから、メモ帳1冊分に相当する程の量になっていた《観察日記》を全て一気に破り取り、手でぐしゃっと握り潰した。そしてそれを博物館本館1階の正面ロビーの喫煙コーナーで残さず燃やしてしまったのだった。もくもくと立ち上る白い煙は、まるで葛西先生が今抱いている重大な秘密を知らせる狼煙のように、最上階まで設けられた吹き抜けを真っ直ぐに伸びていったのだった。
〈おわり♡〉
死んだ魚 桜川光 @gino10
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