その9
前回の概略:高本先生が三上先生に詰め寄ったケロ。葛西先生は高本先生の返事に違和感を覚えたケロ。更に二人の会話は続くのだケロ(笑
「僕だって中山先生とは仕事上の付き合いしかないよ。歳も違うし、同じ年に 教員になったってわけでもないしね」
三上先生はありのままの事実を述べた。
「そうかい?それならばいいけどさ…」
高本先生はそう言った後、急に辺りを見回し出した。葛西先生は会話の立ち聞きがバレると不味い、と瞬時に機材の陰に身を隠した。周囲を見回す行為は動物にとっての警戒行動の初期段階のものに当たる。獲物を狙うチーターがシマウマに気付かれていては話にならない。警戒そのものが相手の言動に変化を齎らすということは、葛西先生にとっては初歩的以前の知識といえる。葛西先生は暫く息を潜めた。只今22分経過。
周囲に誰もいない(だろう)と判断した高本先生は元々向いていた方向に向き直した。一息ついてから、先程より少しボリュームを落としたような小さな声で話し始めた。それは観察開始24分経過後のことだった。
「それよりさぁ健ちゃあーん、僕たん寂しかったんだよお」
葛西先生は〈えっ?〉と一瞬耳を疑った。声が小さくなったとは言え、可也な至近距離で聞いたそれは、明らかに普段の高本先生からは考えもつかないような猫撫で声だったのだ。しかも「健ちゃん」って。
「そうだったんだね。本当にゴメンなぁたっくん」
と三上先生は羽根布団のダウンのように優しく返した。
〈たっくん?たっくん!?〉葛西先生はいよいよ頭がこんがらがってきた。何だこの会話のやりとりは。新しい遊びなのか?などの疑問が洪水の如くどっと押し寄せ、葛西先生を一瞬のうちに飲み込んでしまった。
そうこうしている間にも2人の会話は続いていく。
「ねえたっくん、これから何か見たいものとかあるかい?」甘い声で三上先生が尋ねた。
「見たいものとかぁ?えーっとぉ…僕たんは健ちゃんと同じのでいいよ」高本先生はそう答えた後、
「だって僕たん、健ちゃんと一緒にいるのがいいんだぁ!」
と言いながら、三上先生の左肩にしなだれかかった。三上先生は「よしよし」と、右手で優しく高本先生の頭を撫でた。
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