その7
前回の概略:高本先生の生態観察を始めた葛西先生は、最早3Dコーナーはどうでもよくなったニョロ。だけど高本先生は山の如く全く動いてくれないニョロ。すると、開始5分経過後になって、高本先生は白いタオルを手にしたニョロ(笑
それから3、4分経ったが、高本先生は目立った動きを見せないでいた。次第に長期戦の様相を呈してきたことに、葛西先生は少しばかり焦りを覚えていた。自由時間があと90分近くあるとはいえ、タオル一つのデータのみでは高本先生の生態が解析できないではないか。もっと動いてくれんかなあ、と心の中で願ってみた。だがその願い虚しく、高本先生は更に5分過ぎても、動くことは全くなかった。只今15分経過。
ある程度腹をくくろうかと考えていた矢先に、人気のにの字も感じさせなかったこの3D映像コーナーに、3人目の物好きが入ってきたことに葛西先生は気付いた。誰だ、7回表〇-〇の均衡を破ったソロホーマーは誰なんだ、とその人物の顔を凝視した。それはよく見覚えのある顔だった。
〈三上君じゃないか〉葛西先生は少し安堵したような表情を浮かべた。知らん人やったらどうしようかという不安感が打ち消されたからだ。
三上先生は1年I組の担任をしている地理歴史(特に地理)の教師で、やはり葛西先生や高本先生と同い年の同期だ。175cm位の上背で中肉の、割と整った顔立ちの持ち主なのだが、いつも頬が紅色に染まっている上にヒゲが濃いのか剃り跡が青かったことで、生徒間では「信号機」だとか、物腰の柔らかさからか「○毛尾田○毛男」とかいう、ニックネームというよりは渾名に近い通り名で呼ばれている。他の二人と相違なく、彼もまた独身だ。
三上先生は自分を見ていた葛西先生に気付き、少し歩を速めて寄ってきて、
「あぁ葛西君、お疲れ様。君もここにいたのかい?」
と声を掛けてきた。三上先生は人当たりがよく、先述した通り物腰の柔らかい「紳士」なのだ。葛西先生は、三上先生のことは別に嫌いではなかった。
「うん。三上君もここに興味があって来たのか?」メモ帳とペンをささっと後ろ
手に隠しながら、軽い気持ちで葛西先生はこう返事をした。それに対し、
「あ、いやまぁ…そんなとこかな」
三上先生は少し言葉を濁すかの如く答えた。葛西先生は一瞬〈ん?〉と少し首を傾げたのだが、そう深く考えることはないか、と笑顔をちょっとだけ作ってみせた。その様子を見た三上先生は、葛西先生のその笑顔にさり気なく笑顔で返し、じゃあまたという風な感じで右手を軽く挙げ、葛西先生の元を離れた。そして辺りを少し見回した後、ふと何かに気付いたと思ったら、長椅子の置いてある方向に鼻先を変えて歩き出した。只今16分経過。
〈おや、そっちへ行くのか?〉葛西先生が三上先生の動向に注目していると、三上先生は長椅子の主こと高本先生の肩を軽くポンと叩いて、
「待たせたね、隆広君」
と声を掛けた。「隆広」とは高本先生の名前だ。
「ああ待ってたよ健司君。さあ座りたまえ」
と言って、高本先生は真ん中から少し左に座り替え、三上先生を自分のすぐ右隣に座らせた。言うまでもないが、「健司」は三上先生の名前だ。
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