その5

前回の概略:葛西先生はイライラしたニャ。くちびるオバケもとい高本先生がいたからだニャ。葛西先生は挨拶したんだけど、高本先生から返事が来ないのニャー(笑



「た・か・も・と・せ・ん・せ・い!ぅお・つ・か」まで大声を放った時に、

「そんな大声出さなくても聞こえてるし」という、至って全く感情の起伏のない高本先生の言葉が返ってきた。ただ、それ以降の言葉が発せられることは果たしてなかった。高本先生にはこういう所がある。自分が必要ではないと断定した場合は、上司だろうが同僚だろうが、何人に対しても会話の返球は一切しない、という超合理的な性格の持ち主であるのだ。決して他人に迎合することはない。簡単に言うと、高本先生はかなりの変わり者だ。どれだけのディオプトリがそこに注ぎ込まれてるんだと想像させるような分厚いレンズを2枚も備えた銀縁の《ド近眼メガネ》の奥から、茅で指先を切った創口のように細い目で睨みつける高本先生を見て、葛西先生はそれらの事実を思い出した。ほんの刹那だけ〈聞こえてるんなら返事しろや〉との心の声を発したが、これ以上声を掛けても無駄だということに気付き、ただ一言だけ「すみません」と言って踵を返した。何か損した感じ。

 気を取り直して3Dコーナーを楽しまん、と葛西先生は様々な展示物を試したり見たりしていた。しかし何だか心の底から楽しむことができない。どうしても展示物に集中することができないのだ。

 理由は分かっている。今や長椅子の主に成り上がっている高本先生のことが気になるのだ。勿論好きだからではない。寧ろあまり関わりたくない筈なのだが、どうしても長椅子の主が気になって仕方がないのだ。そんな自分に対し、軽く腹立たしくも思った葛西先生だが、生物の教師の性なのか何なのかは定かではないが、ふとあることを思いついた。

〈高本先生の生態について観察してみようかな〉

 その瞬間、葛西先生の中で何かがはじけた。何だか楽しくいなってきたのだ。高本先生は一体どのような生物なのか、という、相手にとってはある意味失礼な疑問を解明すべく、目の前にいる対象について観察することに、全ての葛西先生の関心が向けられた。ただ、ずっと凝視していて対象に気付かれてもいけないから、展示物を試すフリをしながらだ、と葛西先生は考えた。もはや3Dコーナーは生態観察のためのカムフラージュへと化していた。そして高本先生は今やアヒルの卵やアフリカツメガエルと同等の立場になった。おめでとう高本先生。

 葛西先生は、先程眼鏡を忍ばせていたのと同じ胸ポケットから、小さな普通のメモ帳とボールペン(油性)を取り出し、高本先生の観察で知り得たことを記述(メモ)しておくことにした。まずはタイトルを付けようと、おもむろにペンを走らせる。

《高本先生観察日記 ☀ byタクピー》

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