その4

前回の概略:葛西先生は外島先生に榎本美恵子されたのでごわす。葛西先生は漸く目的地に到達したのでごわす。でもそこにはもう1人先客がいたのでごわす(笑



〈なんでいるんだよ。ここのコーナーは十年くらい前までは人気あったけど今はそうでもないだろ。誰だよアンタ?誰なんだよアンタぁ!?〉

 怒りにも似た感情を抱きつつ、ワイシャツの胸ポケットに忍ばせておいた眼鏡を即座に取り出してかけ、少し先に存在する独占地帯の侵略者の姿を凝視した。そこには、背広を脱いでワイシャツと紺のスラックス姿になり、少しパーマがかったような

ボサボサ頭の、浅黒い顔をした唇の分厚い中肉中背の男が、備え付けの背もたれ無し

の長椅子の真ん中にどんと腰掛けている姿があった。葛西先生はすぐに誰だか判別し

た。

 高本(たかもと)先生だ。

 高本先生は葛西先生と同様一年B組を担任する数学の教師だ。年齢は葛西先生と同

じであり、日本の最高学府と名高い国立T大学に現役合格し四年で卒業したという学歴を持っており、将来日本のみならず世界の数学界を牽引する存在になるだろうと嘱望されたのを見事に裏切って、県立の進学校ではあるものの世間では平凡な一高校の一教師に落ち着いたという強者だ。そして独身…。

〈何で高本先生がこんな所にいるんだ?〉

今や怒りの感情は収まったものの、そのような疑問が新たに生じ、葛西先生は心の中

で呟いた。高本先生とは同い年であり同時期に教師になった。とはいっても、特別仲

が良いということもなく、またそんなに接点もないため、あまり話をしたこともない。

しかし無視するように声を掛けないでいるのも失礼かなと考えた葛西先生は、とりあ

えず軽い挨拶だけでもしておこうと、高本先生に向けて声を発した。

「どうも高本先生、お疲れ様です」

 如何にも月並な、当たり障りのない挨拶である。よく言えば無駄のない、悪く言え

ばありふれすぎてつまらない言葉の羅列。無難だな、と少し後悔したが、相手はどう

返してくるのかが葛西先生には気になった。しかし、挨拶をしてから二秒、三秒…と

時間が経っても、高本先生からの返事は無かった。

〈あれ?俺今挨拶した筈だよなあ。彼には聞こえなかったのかしら…?〉

そう思った葛西先生は、再びだが今度は声を張り気味に高本先生に、少し引きつった

笑顔を作りつつ

「ど・お・も高本先生、お疲れ様です!」と初回と言葉自体は変化のない挨拶の言葉

を掛け直した。しかしまたもや五秒経っても十秒経っても高本先生から返事が来ない。

〈あれ?あれれ?俺ってひょっとしてシ・カ・トされてる…!?〉

不安に思った葛西先生は、今ひとたび、と三度目の正直を試みた。

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