第18話 「デス・オブ・バレー」



「くそっ! 邪魔だ!!」


 行き先を塞ぐ無数のいばら。

 まるで意思を持っているかのように生まれるそれを、僕はドラゴンネイルで切り払う。

 

「最上階に鐘室があります! リオ君、急ぎましょう!」

 

 背後からのハルの呼びかけに応えるよう、僕は螺旋に続く階段を駆け足で上り続けた。

 外に残したワッツさんが心配だ。途中足を止め、何度も振り返る。

 だがそのたびに、ハルは彼の元へ戻ることを拒否した。

 

「……ワッツなら、大丈夫です。あの人はとっても強いから、絶対死んだりしません。だから……私たちは私たちの役目を果たしましょう」

 

 杖を握りしめ震える両手が、彼女が誰よりもワッツさんの身を案じていることを物語っている。

 急がなければ。彼の体力が持つ内に、何としてでも鐘を鳴らさなくては。

 

「ハル、魔法の効力はあとどれくらい持つ?」

「私の魔力では、あと三十分ほどが限界かと……」

 

 充分だ。

 邪魔な枝を切り裂いて、頂上の鐘室まで五分もあればたどり着ける。

 幸いなことに、塔内にモンスターの影は見当たらない。

 外からの侵入はワッツさんが身をもって防いでくれているし、後方襲撃(バックアタック)の心配も必要ないはず。

 いける。不測の事態イレギュラーさえ起こらなければ、このクエストは達成できる!

 

「僕が必ず鐘を鳴らす。そしてワッツさんも、ハルもみんな救ってみせるよ」


 自分を鼓舞するように、がらにもなく強気な言葉を口にする。

 これ以上ハルを不安にさせるわけにはいかない。こんなときくらいは、僕だって弱気になっている場合じゃないんだ。ハルが無言でうなずくのを確認し、僕はさらに上層へと歩を進めた。

 

「っつ、さっきからこの植物は何なんだ!?」

 

 幾度となく生えてくる蔓にいらだちを覚え、僕は思わず愚痴をこぼす。

 塔の壁を貫き触手を伸ばすさまは、もはや普通の植物とは考えられない。毒花を咲かせ麻痺パラライズの花粉をまき散らし、明らかに僕らの道筋を妨害している。

 モンスターなのか? いや、こんな種類のものはアカデミーでもギルドでも聞いたことがないし。

 未確認の新種の魔物? だが、攻撃してくる素振りは見せやしない。

 

「落ち着いて下さいリオ君! 焦りは禁物です、ここは冷静に――きゃあっ!?」

「ハル!?」

 

 振り向くと、伸びたいばらがハルの道具袋ポーチの紐に絡みついていた。

 すぐさま剣で切り付けようとするも、触手は僕の攻撃をかわし壁の隙間へと逃げていく。

 

「あぁ……私のポーチが!?」

「気にしてる時間はない、進もう!」

「でも、あの中には!?」

 

 ハルの荷物ごと姿を消した触手は捨て置き、僕は名残惜しむ彼女の手を取り先を目指す。

 上へ進むほどに花粉は濃くなり、ハルの防御魔法をもってしても視界は霞んでいった。

 ――そして僕たちはついに塔の頂上、鐘室へとたどり着く。


「ここが頂上……浄化の鐘のある場所」

 

 室内は、外から見るよりも大分広く感じられた。

 人一人が通るのがやっとだった階段とは異なり、四角形の大部屋ともいえるスペース。

 辺りは濃い瘴気が立ち込め、蜘蛛の巣のようにいばらが張り巡らされている。

 僕は乱雑にそれを切り払うと、ゆっくりとうっすら目視することができる鐘の元へ足を向けた。

 

「リオ君、何が出てくるかわかりません。慎重に、慎重にですよっ?」

「大丈夫だよ。見渡した感じ、魔物の気配はしないから」

 

 おどおどと肩をすくめるハル。

 僕自身も、警戒は怠ってはいない。

 周囲に注意を払い、不審な気配があればすぐさま対処するつもりだ。

 それにもしここでモンスターに囲まれるようなことがあっても、浄化の鐘までこの距離だ。

 無理やりにでも突破して、鐘を鳴らしてみせる。

 

 霧にも似た花粉の中、すぐに浄化の鐘はその姿を鮮明に現した。

 

「大きな鐘だ……。これが聖女テラ様の遺物……」

「これまで触手が巻き付いてますね……。本当はもっと神々しいのですけど」


 壁際の中央部、ぽっかりと空いた空間に辺りを一望するよう設置された鐘楼は、長い年月のせいかひどく錆びれていた。

 鐘体下部には何やら特殊な文字が記されており、どうやらこれがテラ様の呪文というやつらしい。

 ハルの言うようにいばらが全体に巻き付いていて、これでは揺り動かすこともできそうにない。

 

「どうしましょうか……?」

「切り払う。ハル、少し下がってて」

「えぇ!? 鐘まで切っちゃだめですよ!!」

「こんな偉大な建造物だもん、そんな簡単に壊れたりしないでしょ? 多分……」


 不安気な顔を見せながらも、ハルはててっと数歩後へと下がった。

 僕はそれを確認すると、ドラゴンネイルを大きく振りかぶる。

 なるべく本体には当てないように、っと。意識を集中させ、絡みつく枝のみを目標とし。

 振り上げた剣を、一直線に振り下ろした。

 

「これで、クエスト完了クリアだぁぁぁっ――!?」


 ズシュッ。

 なぜだろう。耳に届いたのは違和感だった。下ろしたはずの両手はまだ宙にある。

 そして腹部には、火を放たれたような熱い感覚。

 僕はそれを確かめるように、視線をゆっくりと……下へと向けた。

 

「きゃぁぁぁっ!!」

 

 室内にこだまするハルの悲鳴は、僕に向けられたものだろうか。

 思考がうまく回らない。現状が理解できない。

 この僕のお腹に突き刺さっているのは何だ? 僕の両腕に絡みついているのは、一体何なんだ!?

 

『ギャハハハ!』

 

 聞きなれない笑い声がした。

 震える瞼を声の元へと泳がせると、目の前に大輪の花が咲く。

 

『残念だったな!? お前のクエストは失敗に終わったようだ!』

「ぐっ、モンスター……なのか?」 

 

 浄化の鐘に絡むいばらから現れた、異形の生物。

 道中幾度となく目にした毒花を巨大化させた風貌で、中央に大きな一つ目が備わっている。

 

『その通りよ、刻印持ち! ただの植物だと思ったか? 残念でした、俺様はデス・オブ・バレー! お前が来るのを心待ちにしてたぜ? ギャハハッ!!』

「あなたが、あの植物の本体!?」

「察しがいいな、お嬢ちゃん。この花粉も、呼び寄せたモンスターも全部俺様の仕業よ! ギャハハ!!」


 愉快そうに瞳を歪めると、花型の魔物は僕に向けていた触手を自身の元へと戻した。

 腹部から鮮血がほとばしり、僕はそのままがくりと膝をつく。

 焼けるような痛みが体中を駆け巡り、口元の血を拭い傷口をなぞればどろっとした赤い液体が手のひらを染めた。

 苦痛に顔をしかめながらも、僕は両目を見開く。


 デス・オブ・バレー……アカデミーでも聞いたことがないモンスターだ。

 ずっと正体を隠していたのか? 

 討伐ランクは一体どれくらいだ? 特殊技能スキルは? 弱点は?

 それに、こいつはさっきから言葉を話して……?


「言語を話すモンスター……!?」

『気付いたか、刻印持ち?』


 本来モンスターには、知性などは無い。

 生まれ持った本能のみで生活をしていると言われている。

 明確な意思を持ち、人と同じように言葉を話すことができるのは高ランクの一部の魔物か、もしくは――。

 

「魔王の手先……!?」

『そういうことだ! 俺様は樹王じゅおう様が作り出した新種の魔物。お前らが第一発見者だ、よかったなぁ!?』

 

 樹王『終末の薔薇ラヴィアン・ローズ』。

 植物系の魔物を支配する、魔王の一角。

 魔王は自身の配下となるものに、強力な力と知性を与えることができると聞く。

 しかもこいつは何の情報もない、未知のモンスター。どんな能力を隠し持っているかさえわからない。

 痛みと恐怖で、意識がもうろうとしてくる。

 

『お前たちを分断したのは俺様の作戦よ! 下にいる男はなかなかやっかいそうだったからな』

「ワッツは無事なの!?」

『健闘しちゃいるようだが、力尽きるのも時間の問題だな! なんせ俺様が呼び寄せたモンスターは百や二百じゃ効かねえぜ? いくらあの男が強かろうと、一人でさばききれる数じゃねえ』

 

 ワッツさん……。くそっ! こんなところでくすぶっているわけにはいかないんだ!

 あと少し……ほんの少しで鐘まで手が届くのに!!

 僕の思いとは裏腹に、体から力が徐々に抜けていく。

 もうだめなのか。僕には結局無理だったのか。

 僕なんかでは、誰も救うことなんてできないのか?

 

『どうした刻印持ち? この世の終わりみたいな顔しやがって。びびって声も出ねえのか!? ギャハハハッ!!』

「リオ君……」


 何とか、逃げないと。二人を連れて、村から脱出できれば命だけは助かる。ワッツさんに事情を説明して、外の大群をやり過ごして。

 みんなに謝ろう。僕にはやっぱり、できませんでしたって……。

 

『おっと、逃げようってんなら無駄だぜ。この部屋の入り口は俺様の触手で塞がせてもらった。刻印持ちを殺せば、俺様の評価はうなぎのぼりよ。そう簡単に見逃しはしないぜぇ?』


 (退路まで断たれた……!?)

 心が完全に折れる音がした。

 溢れ出る血は、心臓の鼓動に比例するかのごとく噴出し。痛覚は意識を刈り取るように脳を刺激する。

 血の気が引いていくのが自分でもわかる。視界が、ぼやけていく。

 

『ギャハハ! ほっといても死にそうだが、俺様が止めを刺してやんよ! あばよ、刻印持ち。てめえの冒険はここで終了だぁ!!』

 

 無数の触手を槍のように鋭くさせるデス・オブ・バレー。

 これから自分を貫くであろうそれを見て、僕は死を覚悟した。

 最後に響いたのは無残な串刺しの残響と、モンスターの笑い声。

 全身に衝撃を受けた僕の視界は、暗闇へと落ちていった。


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