第17話 現れた大群。


 (明らかに、様子がおかしい……)

 ワッツは辺りに最新の注意を払いつつも、リーンベルの異変を確かに感じ取っていた。

 侵食がひどくなる前に、村の奪還を目指しこの場には何度も突入したことがある。

 そのたびに仲間は倒れ、毒にやられ、苦渋を味わされてきたのだ。

 それなのに、これは一体どういうことだ?

 

「なんか、モンスターの気配がしませんね……?」

 

 隣を歩くリオが、そう問いかけた。

 少年の言う通りだ。進めど進めど、モンスターたちは影すら見せようとしない。

 不気味だった。

 獲物が罠にかかるのを待つかのように、荒廃した村リーンベルは静寂を保ち続けている。

 

「もしかしたら、モンスターたちはお昼寝中なのかも!?」

「なるほど! 確かに時刻は昼頃だろうし、可能性はあるよハル!」

 

 そうであれば、どれだけ嬉しいことか。

 拍子抜けしたのか楽観的な考えを述べる二人に、ワッツは鼻を鳴らした。

 

「お前ら、気を抜くんじゃねえ。理由がわからねえが、魔物がいないならこっちにとっちゃ好都合だ。さっさと塔までいくぞ」

 

 変わり果てた故郷を、足早に進む。

 澄んだせせらぎに満ちた小川は、今では毒々しい色となり。緑あふれる大地は枯れ果て、毒花の咲く楽園と化した。

 太陽も月も星も、見上げれば一望できるはずの空は花粉に覆われ、今が正午であることなど言われなければわかりもしない。

 

 (相変わらず、ひでぇありさまだぜ……)

 その気持ちは、ハルも同じなのだろう。

 彼女もワッツ同様に、魔界と化したリーンベルを悲痛な面持ちで眺めていた。

 

「私の住んでた家は、もう見当たらないな……」

 

 少女のつぶやきが、ワッツの耳に小さく届く。

 村の木製の家屋は、ほとんどが跡形もなくなっていた。モンスターに襲われ倒壊したものや、年月と共に腐敗したもの。残っているのは大型の住居や、浄化の鐘がある尖塔のみだ。

 

「また作ればいいさ、鐘を鳴らしてな」

 

 リオ・リネイブ。

 望みは全て彼にかかっている。

 正直、ワッツはリオの戦闘能力をさほど期待していなかった。道中の戦闘を全て自分が引き受けたのも、それが理由だ。あくまで彼は、浄化の鐘を鳴らすためだけの存在。

 冒険者としてまだまだ未熟なリオに怪我でもされてしまえば、計画は一気に破綻してしまう。

 これが最後の悪あがき――。

 残された皆とそう決めていたワッツは、慎重に事を運ぼうとしていた。

 

「さぁ、そろそろつくぞ」

 

 村のほぼ中心。

 そびえるように立つ、石造りの大鐘楼。

 薄汚れてはいるが、一目で神聖であるとわかるそれは天を貫くように立ちすくんでいる。

 

「この一番上に、浄化の鐘がある。心の準備はいいな?」

「もちろんです! っていうか、ここまでこれればもうクエスト成功みたいなものじゃないですか?」

「そうだよ、ワッツ! 神様は私たちを見放してなかったんだよ。あぁ、やっとみんなの念願が叶うときが……」

 

 (まずいな……)

 口には出さず、ワッツは心の中で舌打ちをした。

 二人は完全に油断しきっている。魔物のいない現状。目標まで目と鼻の先の距離。

 すでに目的を達成したかのように喜び合う少年少女とは対照的に、過去腕利きの冒険者であったワッツは気を緩めたりしなかった。

 己の勘が言っている。必ずどこかに魔物が潜んでいる。

 この霧がはれない以上、気を抜くにはまだ早いと。 

 

「さぁ行きましょう! さっさと鐘を鳴らして泉に残った人たちを喜ばせてあげないと!」

 

 リオが塔へと続く扉に手をかけた、その瞬間。

 ワッツは尖塔の発した禍々しい気配を、いち早く察知する。

 

「離れろっ、坊主!」

 

 リオを突き飛ばし、異変を放つ塔へと目を見張った。

 突如として現れた緑の触手は、斜塔を包むように巻き付き。いばらに満ちたそこかしこから、一斉に濃紫の花を開かせる。


「ちいっ! やっぱり、なりを潜めてやがったか!?」

「待って、ワッツさん……。何か、何か聞こえてきます!!」

 

『ギイィィィッ!!』


 静寂を切り裂き、大地を揺らす無数の影。

 霧の中確かに確認できるそのシルエットは、まぎれもなくモンスターの大群だった。

 これほどの数が、一体どこに潜んでいたというのか。

 おびただしい数で迫りくる魔物の軍団に、視線を鋭くさせるワッツ。

 

「数が……多すぎる! いくら何でも、あんなに相手にできないよ!!」

「ワッツ! 一端引いて体制を立て直そう?」

 

 あたふたとする二人の横で、ワッツは己の視力を研ぎ澄ませていた。

 長年の経験で培った、冒険者としての能力ステイタス

 それは筋力や体力だけではなく、視覚や聴覚さえも上昇させることができるといわれている。

 ワッツは目を細め、視界遮る霧の先をじっと見つめた。

 そして――。

 

 (退路は……立たれたか)

 村の入り口が無数の触手によって塞がれているのを確認すると、大きく息を吐く。

 自分たちにもう逃げ道は無い。

 残されているのは鐘を鳴らすか、魔物に喰われるか……。ただその二択であった。

 

「……マジで、これが最後になっちまいそうだな」

「ワッツ?」

 

 自暴自棄にでもなったのかと不審な表情を見せるハルに、ワッツは精一杯の強がりで笑う。

 

「先に行け」

「……何を、言ってるの!?」

「俺がここに残って入り口を守る。お前らは鐘を鳴らしてこい」

「そんなことできませんよ! いくらワッツさんでもあの数じゃあ!?」


 頑なに首を縦に振らない二人。

 駄々をこねるように身動きしようとしない彼らに、ワッツは叱咤のごとく怒号を見舞う。

 

「全員ここで死にてえのか!? 三人いたってあの中を抜けるのは不可能に近え! てめえが浄化の鐘を鳴らす以外、もう手段は残ってねえんだよ!!」

「でも……それじゃあワッツさんが!?」

「はっ、刻印持ちといえど新米ルーキーに心配されるほど落ちぶれちゃいねえさ。リオ……頼んだぜ」

 

 最期の言葉は、懇願であった。

 絶望的な状況。望み薄となった希望。それをどうにかして、切り開いて欲しい。

 自身の力では叶わぬ現状の打破。己よりもはるかに能力の劣るはずの少年に、ワッツは全てをゆだねることにする。


「……お前にしか、できねぇんだ」


 その言葉に、意を決したようにリオは駆け出していく。

 扉にまとわりつくいばらを切り払い中へと侵入する少年を、ワッツは無言のまま見送った。

 

「ワッツ……」

「お前も早く行け。坊主だけじゃあ心もとないからな。白魔導士らしく、サポートしてやんな」

「絶対、死なないで。お母さんだけじゃなく、ワッツまでいなくなったら私……」


 目を伏せ、声を小さくするハル。

 肩を震わせるその姿に、ワッツは亡き想い人の面影を見ていた。


 薄汚れた冒険者時代。力に任せ他者を傷つけ、悪事にも手を染めた。

 リーンベルに来たのだって、ユニコーンの情報を聞きつけたからだ。

 そんな外道であった自分が、あの人に会って変わってしまった。のこぎりの様に尖っていた自分が、日に日に丸くなっていった。愚行は戒められ、たまにしかない善行には賞賛を送られる。

 心が現れるような日々を過ごし、気づけば自分は彼女に求婚をしていた。

 

『ハルが大きくなったら、考えてもいいわよ』

 

 そう言ってくれたのは、優しい彼女なりの遠回しな言い方だったのだろう。

 だが、それでも嬉しかった。

 

「ハル、お前は自分のことを欠陥品と言ったな? それは違う。お前には偉大な母さんと同じように才能がある」


 村の皆、誰もが思っていることだ。

 回復、補助に長ける白魔法は、数ある魔法の中で習得が難しい分野である。

 幼少のころからそれを会得することのできた少女が、どうして不能だと言えようか。

 

「自分に自信を持て。そしてすげえ魔法使いになって、あの坊主の助けになってやんな」

「やめてよ! まるでこれで最後みたいじゃ――」

「ハルっ、急いで!!」


 塔から聞こえたリオの呼びかけに、ハルは名残惜しそうに中へと入って行った。

 欠陥品――。ハルが自分を戒めるように吐いた言葉。

 そのレッテルが一番ふさわしいのは自分だ。

 ワッツは独り自嘲する。

 冒険者として、剣を持つものとして、愛する人すら守れやしなかった自分が一番の欠陥品だ。

 

「……だがな」

 

 霧を裂くように現れた大群を前に、自慢の戦斧を握りしめる。

 

「今回ばかりは、そうはいかねえ!!」

 

 ――守る。

 想い人の忘れ形見、未熟ながら確かな輝きを見せる勇者の卵。

 この身朽ち果てようと、二人だけは必ず守り抜く!

 現れた軍勢ににらみをきかせ、各々を確認する。

 

「へっ、やっぱりな。坊主を残さなくてよかったぜ」 

 

 地を這うヘルアントの大群の頭上、宙を浮遊するモンスターの姿。

 女王蟻クィーンアント――。

 ヘルアントに羽を生やし巨大化させた体躯のその魔物は、軍団を統括する役目を持つといわれている。

 討伐ランクE。

 すでにその姿を見つけていたワッツは、リオでは勝てぬと判断し彼らを先に行かせたのだ。

 

「久々に腕が鳴る……!」

 

 戦斧を振り回し、大地へと突き立て。

 全身の気を集中させ、魔力を凝縮させる。

 

「勇猛なる大地の精霊よ、その力を鎧とし我に貸し与えたまえ。『岩窟装甲ランドメイル』!!」

 

 ワッツの詠唱に応えるかのように、地面は割れ、いくつもの地片が宙へと舞った。

 そして一つ、また一つと彼の体に張り付き、気づけば体躯を覆う全身鎧フルアーマーとなる。


「……さぁ、かかってきな!」

 

 迫りくるモンスターの渦に、ワッツは飛び込んだ。

 いわおと化した右腕を地表へと叩き込むと、凄まじい衝撃と共に大地が爆砕する。

 地精霊ノームの力を借りたワッツの呪文。

 それはただ身を守るだけの防御魔法ではない。魔力を得た土は、彼に強靭なまでの力すらも付与している。


 彼の冒険者時代の二つ名は――『戦斧の巨人アックスゴーレム』。

 これが世のごろつきどもを震え上がらせた、ワッツ本来の戦闘形態バトルスタイルであった。


『ギギギギッ!?』

 

 破裂した地表によって、弾き飛ばされる魔物たち。

 今の一撃だけで、十は数を減らしただろうか。

 それでもまだ底の見えぬ大群に、ワッツは相貌を歪めた。

 

「あんたが俺たちを守ったように、次は俺がやってやるさ」


 ――なぁ、ハーナ?

 

 亡き想い人の名を呟き、ワッツは戦狂へと飲み込まれていった。

 


                       *



 「ワッツ・ワイルド」


  冒険者ランク.D

 Lv.7


 魔法スペル

 「岩窟装甲ランドメイル

 ・地精霊ノーム呪文

 ・攻撃力、耐久力上昇

 ・対象は詠唱者のみ

 

 

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