第16話 突入。


「ふんぬっ!!」


 振り払われた戦斧。

 大腕により繰り出された攻撃によって、四体のヘルアントは瞬く間に木端微塵となる。

 僕は剣を握りしめたまま、怒涛の勢いでモンスターを駆逐するワッツさんをただ呆然と眺めていた。

 

「うわぁ……これ、僕なんか必要ないんじゃ?」

「そんなこと言ったら、私はもっといらない子になってしまいます!」


 僕とハルは二人揃って苦笑いを浮かべた。

 泉を出て、森の最深地を目指す僕たち一行。

 辺りの木々が不気味な色へと変貌したころから、出現するモンスターの数は格段に増えてきていた。

 魔物の巣窟へと着々と近づいている。

 そんな空気を肌身で感じつつ、ひたすらに前を目指す。

 

「あのーワッツさん? もし危なくなったら言ってくださいね? 僕も微力ながら手助けするんで……」

「はっ、心配することはねえ! お前とハルにはこの後重要な役目が控えてるんだ。道中は俺に任せて、体力温存しときな!」

 

 戦斧を首にかけ、豪快に笑う。

 気持ちはありがたいのだが、これじゃあどっちがクエスト依頼者かわからないよな……。


「そういや坊主、お前なかなかいい剣持ってるじゃねえか。ドラゴンネイルだろ、それ」

「ドラゴンネイル?」


 剣を見据え、首を傾げる。

 

「竜の中爪で作った加工品はそう呼ばれるんだよ。市場じゃ滅多に出回らねえ貴重品だ。かけだしでそんなの持ってるなんて、さすがは勇者の卵だな」

「へー、そういう呼び方があるんですね?」

「まぁどうやって手に入れたかは知らねえが、武器が上等であるのに越したことはねえ。そいつを奮うのは浄化の鐘を鳴らすときだ。それまで大事にとっときな」


 はぁ、と呟き僕は剣を鞘へとしまう。

 どうやらワッツさんには、僕がドラゴンを倒して手に入れたわけではないと見抜かれているようだ。

 そりゃそうだよな……。

さっきからの戦いぶりからして、ワッツさん僕より相当ランクは上だろうし。

 強い冒険者は、一目見れば相手の力量が判断できるなんて聞くしな。

 今回の件も、『刻印持ちにしか鳴らせない』なんて制約が無ければ彼一人で十分事足りたはずなのだ。

 そう考えると、少しいたたまれなくなってしまう。


「何で僕なんかに刻印があるんだろう……。もっとワッツさんみたいに相応な人がいるはずなのに」

「……坊主、そいつは違う。神に選ばれるってのは、必ず理由があるんだ。俺には資格がなかった、ただそれだけさ」

「そうですよ! リオ君は刻印持ちとしてふさわしい人間ですから!」

 

 二人からの全否定。

 褒められているはずなのにちっとも嬉しくないのは、きっと僕が自覚が足りないからだ。

 僕はまだ、自分に勇者としての素質があるなんていうことが信じられていない。

 本当はもっと勇者の卵らしくどうどうとしてた方がいいのだろうけど、そういうのは性にあわないんだよなあ……。

 何とも言えない気持ちのまま先へ進むと、辺りは一層奇怪さを増す。

 

「それにしても、ずいぶんと様子が変わってきましたね。そこらじゅうに見たこともない花が咲いてるし」

「そいつにさわんじゃねえぞ。毒があるからな」

 

 えっ、と僕は伸ばしかけた手をひっこめた。

 周辺の樹木に交じり、いたるところに見受けられる紫の花弁。

 人の手の平よりも少し大きいそれは、大地から、木の幹からまるで寄生するように花を咲かせている。

 

毒花どっかが咲くなんて、これもモンスターが増えたせいなんでしょうか?」

「いや、むしろこいつが要因で魔物が集まってきていると俺は睨んでる。奥へ行けばわかる。この先はもっとひでえぞ」

 

 ワッツさんの言う通り、進めば進むほど森は侵食されていた。

 枯れ果てた木々、群がるように広がる濃紫の花びら。土埃にも似た粉じんが視界を覆い始め、思わず目を細める。一体この先に何が待っているというのか……。

 僕の心臓は、静かに脈打っていた。

 

「ここいらが限界だな。ハル、呪文を頼む」

「うん、これ以上は危険そうだもんね」

 

 杖を掲げ、詠唱を開始するハル。

 精霊へ己の魔力を対価とし、その力を具現化させる。

 

「清めたまえ、水流の霧ウォーターミスト!」

 

 水の精霊ウンディーネの加護を得た呪文は、僕たちの体を取り巻く水の霧となった。

 むせ返るようだった喉が楽になり、瞳も難なく開くことができる。

 全身を覆うほのかな湿り気は、どうやらこの粉じんを弾いてくれているようだ。

 

「ハル、この魔法は?」

「対状態異常の防御結界です。どうやらこの粉じんは毒花の花粉のようで、吸い続けると麻痺パラライズの症状を引き起こします」

「ハルを連れてきたのはこれが理由だ。生身じゃ近づくことすら敵わねえのさ」


 毒、というのはそのことか。

 もしあのまま触っていたら、その時点でクエスト失敗だ。

 僕は、不用心な自分の行動を心底猛省した。

 

「私の魔力じゃ一度にかけられるのは三人までです。効力もそこまで長くは続きません。なるべく迅速に行動しましょう」

「なるほど、だから他の人たちは野営地キャンプに置いてきたんだ?」

「そういうことだ。まぁ、いたところで戦力としては期待できんがな」

 

 瘴気舞う森。

 「いくぞ」と促され、僕たちはさらに奥へと足を運びいれた。

 途中出くわしたモンスターをワッツさんがばったばったと薙ぎ倒し、ついに――目的地へと到着する。

 

「これが……リーンベル」

 

 樹海を抜けた、開けた空間。

 石造りの塀は木の蔓によって覆われ、毒花が侵入者を拒むかのように咲き乱れる。

 ちらほらと見える倒壊した民家も同じような相貌となり、お世辞にもこの場所がかつて観光地としてにぎわったとは思えなかった。

 まだ日が出ているはずなのに、立ち込める花粉によって辺りは薄暗い。

 まるで魔界だ……。僕は愕然とし、息を呑む。

 

「ひどい……」

 

 ハルは呟き顔を歪め、ワッツさんは遠くを見つめるよう目を細めた。


「あそこに塔が見えるだろう? 浄化の鐘はその最上階にある」

 

 ワッツさんが指さす先。霧に隠れ、微かに姿を確認できる尖塔。

 あそこに上り、鐘を鳴らす。

 それが僕のクエストだ。

 

「中はモンスターであふれかえってるに違いねえ。あの鐘楼まで突っ切るぞ」

「「はい!」」

 

 僕たちは一斉にリーンベルへと突入を開始する。

 その先に、想像だにしない邪悪な影が潜んでいるとも知らず――。

                          

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