第13話 欠陥品の白魔導士。


「ねー……もうだいぶ奥まで来た気がするけど、まだつかないの?」


 僕は先頭を切るハルに対し、問いかけた。

 どれくらい歩いただろうか。

 奥に進むにつれ木々は一層深く生い茂り、空を覆う枝葉から微かに除く空は日が沈み始めていることを教えてくれている。

 

「す、すいませんっ! 疲れましたよね?」

「そういうわけじゃないけど……」

 

 進めど、進めど現れる樹木。

 色濃くなる緑以外変わり映えの無い景色に、僕は正直うんざりし始めていた。

 ハルにとっては通い慣れた道なのか、黙々と前へ進む彼女は疲労の色すら見せやしない。

 

「村まではまだ少し距離があります。ですが、その前に私たちが使っている野営地キャンプがあるので今晩はそこで夜を明かしましょう」

「私たち?」

「リーンベルの復興を目指す村人たちです。ほとんどの住人は、月日と共に村を捨てて離れていってしまいました。でも私のようにまだ希望を持つ人たちが、機をうかがい村の近くで生活しているんですよ」

 

 ふーん、と相槌を返す。

 モンスターの出る森の中で野営なんて、ずいぶん肝がすわってるな……。

 いくら弱い魔物しかいないとはいっても、危険なことには変わりないだろうに。

 村人たちの執念に感嘆しつつ、さらに奥へと足を進める。

 三百六十度、見渡す限りの樹木は、ハルの案内がなければ自分がどこにいるかわからなくなってしまいそうだった。

 

「この森も、浄化の鐘が響いていたころはモンスターは生息してなかったんですよ。昔は精霊ユニコーンすら訪れたといわれていたんですから」

「ユニコーン!? あの伝説の!?」


 精霊ユニコーンといえば、穢れの無い聖なる地へとしか現れぬといわれる伝説上の生き物だ。

 長い一本の角を生やした馬のような姿から、『一角獣いっかくじゅう』という呼び名もある。

 癒しの力を持つとされ、角にはその魔力が秘められていることからそれを求める冒険者も少なくはない。

 と言っても、伝説と呼ばれるくらいだから出会えることすらめったにないんだけど。

 

「心身ともに清らかな乙女を好むといわれるユニコーンは、聖女テラ様に執心していたようで彼女が愛したこの地にも足を運んだといわれています」

「へー、そりゃ人が集まるわけだ! ユニコーンにお目にかかれるのなら、僕だって行ってみたいと思うもん」

「私も幼い頃、一度だけ見かけたことがあります。それはもう神秘的なお姿でした……」

 

 ハルは記憶を思い起こすように、うっとりとした表情を浮かべる。

 

「でもユニコーンに会えたってことは、ハルも清らかな乙女ってことなんだね?」

「そっ、それはあのときは小さかったから当たり前です! ……まぁ、まだ子供なんですけど」

 

 なぜだか顔を真っ赤にするハル。

 心が清らかなんだねと褒めたつもりだったんだけど、どうしちゃったんだろう?

 首を傾げつつも僕が後に続くと、前を歩く彼女の足がぴたりと止まる。

 

「リオ君っ……!」

「うん……気を付けて!!」


 確認できる茂みの揺れ。

 そこからさっそうと姿を現したのは、三体のヘルアントだった。

 ギチギチと鋭い顎を鳴らし、明らかにこちらを威嚇している。

 僕はすぐさま剣を取り、臨戦態勢に入った。

 

「数が多いですっ! 私が魔法でサポートします!」

「うんっ、お願い!」

 

 ハルをかばうように背に置き、僕はモンスターと対峙する。

 彼女には魔物を殲滅するような攻撃魔法は使えない。

 一見すれば三対一にも見える状況ではあるが、不安や焦りは湧いてこなかった。

 なぜなら、彼女はサポート役として非常に優秀であるからだ。

 回復や補助のみに特化した白魔導士の魔法は、戦闘を非常に優位に進めることができる。

 例え直接的な戦闘能力に乏しくても、ハルは仲間パーティーとして十二分に戦力となった。

 

「神秘を纏いし風の精霊よ。汝の力を持って彼の者を守りたまえ……旋風障壁ウィンドシェル!!」

 

 ハルの唱えた呪文によって、僕の周りに薄い風のバリアができあがる。

 渦を巻くように蠢く気流は、モンスターからの攻撃をたやすく弾き返すことが可能だ。

 事前の戦闘でそれを実証済みだった僕は、意気揚々とヘルアントへと切りかかった。

 

「まずは一体目!!」

「ギイィッ!?」

 

 袈裟に薙いだ刀身は、ヘルアントの骨格を真っ二つにする。

 その隙をつきもう一体が僕へと飛びかかるも、風の障壁に吹き飛ばされ無様に地面へと転がった。

 

「くらえーっ!」

 

 すぐに仰向けとなった腹部に剣を突き立て、息の音を止める。

 ぴくぴくと痙攣していた手足が動かなくなったのを確認すると、残された一体へとにらみをきかせる。

 

「ギ……ギギギッ!」 

 

 自暴自棄にでもなったのか。突進してくるヘルアント。

 それに対し、剣を振りカウンターをお見舞いする。

 ヒュン、と切断された頭部が宙を舞い、軽い音と共に地面へと落ちた。

 

「やりましたね!? リオ君!」


 ぱたぱたと駆け寄るハルを笑顔で迎え、戦闘の勝利を祝う。

 かけられる賛美讃賞を照れ笑いで受けつつ、僕たちは屍となったモンスターに背を向けた。

 

 が、しかし。

 僕はこのとき、完全に慢心していた。 

 がさりと、恐らく背後で鳴ったであろう魔物の息吹に気付きもせず。

 周囲の索敵すらも怠り、警戒を忘れのんのんと前を歩く。

 そんな僕たちの不意を突き、モンスターの凶刃が牙を剥いた。

 

「ギィィィッ!!」

「っつ!?」

 

 突如として飛びかかってきたのは、もう一体のヘルアント。

 僕はすんでのところでそれを受け止め、隣にいたハルを突き飛ばした。

 「きゃっ!」と悲鳴を上げ尻餅をつく彼女だが、あいにくかまっている余裕はない。

 

「くっ……!! もう一体いたのか!?」

「ギギギギギ!!」

 

 受けた左腕に牙をくいこませ、モンスターはうなり声を上げた。

 ハルの旋風障壁ウィンドシェルはすでに解かれている。

 みちみちと音を上げる左腕のプロテクター。

 このままじゃ……食いちぎられる!?

 

「リオ君っ! 振り払って!!」

「わかってる!!」

 

 力任せに腕を奮うも、ヘルアントは一向に離れようとしない。

 それどころか、ますます顎に力を込め今にも僕の腕をかみちぎろうとする。

 万力で締め上げられるかのような感覚に、僕の額に大量の汗が浮かんだ。

 

「くっ……このおっ!」

 

 僕は現状からの離脱を諦め、剣を取る。

 (このまま切り裂いてやるっ!)

 意を決し、食らいつくヘルアントの腹部へと刃を向け、剣突。

 容易に貫かれた、モンスターの甲皮。

 だがしかし、それでもヘルアントは離れない!

 

「ギィィィッ!!」

「ぐぁぁぁっ!!」


 ついに僕の左腕に激痛が走る。

 最後の悪あがきと言わんばかりの渾身のヘルアントの噛撃が、プロテクターを貫いたようだ。

 痛みに歯を食いしばりながらも、僕は胴体を貫通させていた刃を一直線に振り下ろした。

 裂かれた腹部からまかれる多量の体液。

 びくびくと六本の足をうごめかし、とうとうヘルアントはその体躯を地面へと投げる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 滲んだ汗を拭き、僕は大地へと腰を下ろした。

 危なかった。もしも喉笛に食らいつかれていたら、確実にアウトだった……。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 悲痛な面持ちで、ハルが僕を見下ろした。

 

「私が魔法を解かなければこんなことには……!」

「悪いのはハルじゃないよ。油断していた僕がいけないんだ」

 

 力なく言葉を返した瞬間に、左腕から稲妻のように痛みが走った。

 顔をしかめながらも、無残に潰れたプロテクターを外す。

 あらわになった腕は真っ赤に腫れ上がり、ずきずきと痛覚を刺激する。

 

「……折れているかもしれません。すぐに応急処置を!」

「そう、だね……。ハル、悪いんだけど回復魔法かけてもらってもいいかな?」

 

 白魔導士の真骨頂。

 聖なる力による癒しの魔法は、術者の能力によっては致命傷すらも治癒するといわれる。

 非常に便利なものだが、習得は難しく使える術者も数多くは無い。

 故に戦闘能力に乏しくても、白魔導士は冒険において重宝される存在なのだ。

 僕が期待に満ちた視線を向けると、なぜだか彼女は申し訳なさそうに顔を曇らせた。

 

「すいません……。私はその……」


 ハルは一向に詠唱を始める気配を見せない。

 もじもじと杖を握りしめ、うつむいたままである。

 

「そっか、魔力が無くなっちゃったのか! そうだよね、さっきから何度も補助魔法使ってもらってたし」


 魔法には、魔力と言われる神秘の力を使うらしい。

 誰もが持ちえる人の精神的エネルギー。

 それを神の化身である精霊に対価として払い、詠唱と共に魔法として具現化させる。

 だがそれを使いこなせるのは才能のある者や、訓練を重ねた者のみ。

 僕もアカデミーで習いはしたが、全く理解することができなかった。

 なんかもう一本腕が生えてると思ってそれを動かしてみろとか、そんな授業だった気がするな……。

 

「そういう……わけでは無くて……」

 

 どんどん小さくなっていくハルの声。

 対して、ハテナマークを浮かべる僕。

 初めて目にする治癒の魔法を、今か今かと待ち望む僕の耳に飛び込んだのは……衝撃の告白だった。

 

「私は回復魔法が使えないんです」

「へ?」

 

 耳を疑う。

 まるで懺悔するような表情を浮かべる彼女を口を開いたまま見つめ、僕は思わず聞き返してしまった。

 

「使えない……? 白魔導士なのに??」

「はい……。私は白魔導士として欠陥品なんです」

 

 僕は腕の痛みすら忘れ、しばらく呆然としてしまうのであった。

 

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