第14話 「リーンベル復興隊」


手の平を握っては開き、傷を負った腕の調子を確かめる。

 痛みはまだあるけど、折れた骨は治ったみたいだな……。

 

「効きましたか、回復薬ポーション?」

「うん、問題なく動かせるし大丈夫!」

 

 ハルが所持していたポーションのおかげで、僕は冒険を再開することができていた。

 回復魔法が使えないので、いざというときのために備えていたらしい。

 僕はてっきり白魔導士がいれば大丈夫と準備を怠っていたので、用意周到な彼女に非常に感謝した。

 だけど、高価な道具を使わず治癒ができるのが白魔導士の売りなのに、これじゃあ本末転倒な気もするなぁ……。

 

「やっぱり、がっかりしますよね? 回復魔法の使えない白魔導士なんて……」

 

 考えを見透かされたのか、ハルは表情を曇らせる。

 僕はあわてて首を振り、何とか彼女を元気づけようとした。

 

「そ、そんなことないよ! ハルには十分助けてもらってるし、魔法が使えない僕からすれば使えるだけですごいことだと思うよ!」

「私は勇者の刻印ブレイブマークを持つリオ君の方がすごいと思います……」

 

 うっ、なぐさめ失敗。

 何と返していいかわからず、僕は口を噤んでしまう。

 欠陥品の白魔導士か……。だがこれで合点がいった。

 本来冒険者から引っ張りだこである職業のはずの彼女が、たった一人で刻印持ちを待ち続けていた理由。

 他の冒険者とパーティーを組み、資金を稼いでギルドに依頼した方が効率的なのは明らかだ。

 それができなかったのは、彼女が欠陥品だから。

 回復魔法が使えないとなれば、白魔導士を仲間に入れるメリットは途端に薄くなる。

 きっと快く迎え入れてくれる人は少ないだろう。

 ハルも多分、それをわかっているんだ……。

 

「ねぇハルってギルドガルドでどのくらいの期間、刻印持ちを探してたの?」

「もう、一年ですか……。思えば、長いようで短いような日々でした。でもその間で出会えたのはリオ君を含めて五人だけですね」

「たったの五人!? 一年間でそれだけ!?」

「はい。本当はもっといらしゃったんでしょうけど、私がお目にかかれたのそれだけです。刻印持ちの方はやっぱり忙しいでしょうから」

 

 確かにレーアさんも、すでに受注しているクエストでいっぱいだとか言ってたっけ。

 僕みたいな駆け出しは本当にまれなんだろうな。

 

銀色の戦乙女シルヴァリア、レーア・レスクルさんは有名人だったのですぐに噂が耳に入りました。彼女はいろいろと武勇伝がありますからね。冒険者となってまだ日が浅いのに、すでにドラゴンを討伐したとか」

 

 腰にさした、剣の柄を握る。

 その話が事実であるのは、ほかならぬ僕自身が一番知っていた。

 

「断られはしましたが、私は満足です。だってリオ君と出会えたんですから」

 

 フードの端をつかみ、上目づかいに笑みを送るハル。

 くりくりとした瞳に見つめられ、僕は少し照れくさくなってしまう。

 (がんばらないと、な……)

 僕が失敗したら、ハルはまた刻印持ちを待ち続ける日々に逆戻りだ。

 この子をがっかりさせたくない。この笑顔を、曇らせたくない。

 辺りのモンスターに警戒をしつつも、僕はそんな風に考えていた。

 

「さぁ、この先に野営地キャンプがありますよ! 行きましょう!」

「え? この先?」

 

 ハルの指さす先。密集するよう茂る樹木の下部には、よく見れば人一人がかがんで通るのがやっとの穴が開いていた。

 匍匐前進ほふくぜんしんをしながらそこに進む彼女に習い、僕も後に続く。

 まるで、秘密基地だな……。

 ふりふりと揺れるハルのお尻をなるべく見ないようにしながら、肘と膝を使い先へと進む。


「ふうっ!」

「お疲れ様ですっ!」

 

 茂みを抜けた僕は、伸ばされたハルの手を取り立ち上がった。

 顔についた落ち葉を払い、周囲を見渡す。

 

「わぁ、森の中にこんな場所があるなんて!」

 

 抜け出た先は木々を切り取ったように開けた空間で、中心には泉が湧き出ている。

 ほとりにはいくつかテントが張られ、薪をした後もあった。

 泉を覗き込むと、水はとても澄んでいて魚影もちらほら見かけることができる。

 釣り好きの村のおじいちゃんが知れば喜びそうだ。

 僕がそんなことを思っていると、ハルがテントに向かって大きな声で呼びかけた。

 

「ただいまー! 連れてきたよっ、刻印持ち!!」

 

 それに反応するように、ぞろぞろと姿を現した老若男女。

 先頭に立つのは、筋骨隆々の中年の男性だ。

 髪の無い頭部をさすり、品定めでもするように僕を見ている。

 腰には大きな戦斧を携え、どう見ても――いや、間違いなく僕より強そうだ。

 (こんな人がいるなら、僕なんていらないんじゃ……?)

 大男の鋭い視線に耐えられず、僕は恐縮しながら「ど、どうも」と頭を下げる。

 

「……お前が、刻印持ちか?」

「は、はい。一応……」

 

 傷の入った眉尾を吊り上げる大男。

 こ、恐すぎる……。頭に浮かぶのは体中が岩石でできたモンスター、『ゴーレム』の姿。

 

勇者の刻印ブレイブマークを見せろ」

「は、はいぃぃぃっ!!」

 

 有無を言わせぬ物言いに、僕は急いで防具を外し上裸になった。

 「きゃっ」と目を覆うハルだったが、人目を気にする余裕は無い。

 僕の胸に刻まれた獅子型の痣を確認すると、大男はどすのきいた笑いをもらし。

 そして――。

 

「「きゃっほぉぉっう!!」」


 大歓声。

 目の前で繰り広げられる狂喜乱舞。

 中には目に涙を浮かべている人すらいる。

 呆然と僕が口を開いていると、大男はがっしりと僕の両肩を掴んだ。

 

「待っていたぞ! 救世主!!」


 人々の興奮がおさまるまで、僕は服を着るのも忘れただただ立ちすくんでいた。

 


                    *

 


「名乗り遅れたな、俺はワッツだ。リーンベル復興を目指す集団のリーダーをやっている」

 

 白い歯を見せて、ワッツさんは自己紹介をした。

 僕は招き入れられたテントの中を見回しながら、軽く返事を返す。

 ハルはといえば、他の人たちと夕食の準備に勤しんでいるらしく、一人にされた僕は心細く感じていた。

 

「さっきは疑うような真似をして悪かった。昔、刻印持ちを名乗る偽物が現れたことがあってな。それでこう、猜疑心が強くなっちまったというか……」

「全然気にしてませんから、大丈夫ですよ! それにしても、そんなことして何の意味が?」

「大方ユニコーンの情報でも探りにきたんだろうよ。まぁ、俺が見抜いてぼこぼこにして追い出してやったがな!」

 

 よかった。刻印持ちで本当によかった。

 豪快に笑うワッツさんだったが、隆起に富んだ太い腕を見せつけられて僕には全く笑えなかった。

 

「リオ、っていったな坊主。お前みてえな若者に頼むのは心苦しいが、この通りだ。頼む、村を救ってくれ」


 深々と頭を下げられ、僕は思わず両手を振る。

 

「あ、頭を上げてください! 一応冒険者は困っている人を助けることが役目ってなっていますし、僕なんかで力になれるかはわかりませんけど、やれる限りはがんばるつもりですから」

「お前……いいやつだな。いまどきそんな冒険者がいるなんて、世の中まだ捨てたもんじゃねえ」

 

 褒められた、のかな。

 少し照れながらも、僕はずっと気になっていたことをワッツさんに訊ねてみることにした。

 

「ワッツさんて冒険者なんですか? 何ていうか、すごく強そうですけど?」

「あぁ、若い頃はな。いろいろと旅してよ、そんでリーンベルの噂を聞きつけたわけよ」

 

 彼は昔を懐かしむように頭上を仰ぐ。

 そのまま住み着いちゃうなんて、よっぽど気にいったんだろうな。

 

「やっぱり綺麗な場所だったんですね、リーンベルって。冒険者を止めてまで居ついちゃうくらいに」

「そりゃいい場所だったぜ。でもよ、あの風景に負けねえぐらいのいい女がいたんだよ」

 

 赤面しつつ、頭をワッツさんはかく。

 

「ハルの母親だ。未亡人だった彼女にほれ込んじまって、気づいたら俺もこんな年になっちまった」

「お母さん……ハルの?」

「そうだ。聡明でしとやかで快活でよ、聖女のテラの生まれ変わりかと思ったぜ。あれくれ者だった俺がすっかり丸くなったのも、あの人のおかげさ」

「へぇー会ってみたいなぁ……」

 

 さっきいた人たちの中には、それらしき人物は見受けられなかった。

 うーん、ハルのお母さん。いわば将来のハルの姿。

 今でも十分可愛らしいけど、そこに大人の魅力が加わるとどうなるんだろう?

 僕が想像を膨らませていると、ワッツさんは怪訝そうに眉をひそめた。

 

「お前、何も聞いていないのか?」

「へ? どういう意味ですか?」

「あいつが、リーンベルを救いたい理由だ」

「それはハルにとって大切な故郷だからで――」

「それだけじゃ、ねえ……」

 

 一体……どういうこと?

 僕が視線で問いかけると、ワッツさんは消え入りそうな声で呟いた。

 

「……ハルは母親の墓を作ってやらなきゃならねぇ。もう骨すら、残ってねえだろうが」

 

 そして、ワッツさんは語り始めた。

 十年前、突然止まった浄化の鐘。現れたモンスターの大群。

 倒しても倒しても出てくる魔物たちに、ついに犠牲者が出始める。

 泣き叫ぶもの、怒り狂うもの、逃げ惑うもの。

 さまざまな感情が入り混じる戦場で、彼女はただ一人冷静であった。

 ハルと同じ白魔導士であった母親は、傷ついたものを治癒し、闘うものを魔法で補助する。

 自身も凶刃に打たれながらも、限りある魔力をひたすら他者のために使い続けた。

 そして、生き残ったほぼすべての村人が避難を完了したとき。

 彼女の魔力はついに尽き果て、力尽きたそうだ。 

 

「……英雄、ですね。そこらの刻印持ちなんかより、よっぽど勇者にふさわしい」

「あぁ、だからこそ俺たちはやらなきゃならねえ。あの人が命を賭して守ろうとした村だ。このまま魔物の住処にされてるなんざ、許しちゃおけねえんだ!」

 

 きっとその気持ちは、ハルが一番強いに違いない。

 母の亡骸を、魂を。

 すぐ目の前にあるのにそれを供養することすらできぬ日々は、とても歯がゆいものだっただろう。

 

「ハルがなぜ回復魔法が使えないか、知っているか?」

「いえ……、自分は欠陥品だからとしか」

「使えないんじゃない、使えなくなったんだ。あの子は優秀な母親の血を引いている。幼いころから頭角を現して、切り傷を直すくらいの魔法は使えたさ」

 

 じゃあ、どうして――?

 僕が口を開く前に、ワッツさんは重ねるように続ける。

 

「あの日、俺とハルは最後まで村に残っていた。俺は彼女を守るため、ハルは親から離れたくなかったんだろうな。彼女の魔力が尽きた時だ、ハルは俺の制しを振り切って母親に駆け寄った。そして、自分のありったけの魔力で治癒魔法をかけたんだ」


 ワッツさんはそこで一呼吸置くと、悔しそうに唇を噛みしめた。

 

「だが、傷が深すぎたっ! ハルの小さな体じゃあ、あれだけの傷を癒すことは不可能だったんだ!!」

「でも、それはっ――」

「あぁ、そうだ! ハルが悪いわけじゃねえ! 悪いのは彼女を守れなかったふがいない俺なのに、あの子にとっちゃその出来事がトラウマになってしまっている」

 

 違う。悪いのはハルでもワッツさんでも、止まってしまった浄化の鐘でもない。

 全部、モンスターだ。

 あいつらさえいなければ、この人たちは平穏な毎日を送れていたはずなんだ。

 ワッツさんはもしかしたらハルのお母さんと恋仲になったりして、ハルは優秀な白魔導士になって。

 リーンベルにはユニコーンが顔を出し、観光地としてより一層賑わいを見せる。

 その未来を、モンスターが一瞬で奪っていったんだ……!

 

「それ以来、あの子は回復魔法が使えなくなった。大切な人も守れない、そんな白魔導士なんて欠陥品だって言ってな」


 欠陥品――。

 それは無力な自分を呪った、戒めの言葉。

 温和で礼儀正しくて、いつもニコニコとした彼女の笑顔の裏には、己で張り付けたレッテルが今もまだ剥がれずにいる。

 僕が鐘を鳴らせば……。浄化の鐘は、ハルの心も癒してくれるのだろうか。

 

「坊主、これは今回の事とは別件なんだが……」

 

 おもむろに切り出したワッツさんは、僕へと双眸を向ける。

 

「このクエストの成否がどうであれ、ハルをあんたの旅に同行してやってくれないか?」

「えぇ!? どうしてまた?」

「あいつは幼いころから冒険者に憧れてるんだ。村に来るいろんな奴らを見て、自分も大きくなったら旅に出るといつも目を輝かせていた。だが、リーンベルがあいつの枷になっちまってる」

 

 ひげをたずさえたあごをさすりながら、彼は大きく息を吐いた。

 僕は、これまでのハルとの旅路を思い出す。

 

「ここに戻ってきたときのあいつの顔、今までに見たことないくらい楽しそうだった。きっとほんの少しでも冒険者の真似事ができて、うれしかったんだろうよ」


 僕はてっきり、やっとクエストを受けてくれる人が見つかって喜んでいるのかと思っていたが。

 

「あの子はまだ若い。いつまでもこんな場所に縛り付けちゃあ、かわいそうだ。やりたいことをやらせてやりたいのさ」


 我が子を思うような言葉には、彼の深い愛情を感じることができた。

 無骨な見た目からは想像もできない優しさに、僕はワッツさんに少なからずの敬意を覚えてしまう。

 

「ずっと考えていたことだ。報酬もねえこのクエストは、刻印持ち様にとっちゃなんの得にもなりゃしねえ。だがそれでも、俺たちを助けようと奮起してくれる人間が現れたら? そのときは、そいつにハルを任せようってな」

「わかりました。ハルがもし、それを望むなら。でも――」

 

 囚われてるのは、きっとハルだけじゃない。

 だから、僕は。


「それは、浄化の鐘を鳴らしてからです」

「お前……」

 

 ほどなくして、「ご飯できたよー!」と軽快なハルの声が外から届き、僕たちはテントを後にした。


 

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