第12話 初めてのクエスト。
渾身の一刀。
跳躍と共に放った剣閃は、目標のモンスターを文字通り一刀両断した。
「ふぅ、やっぱりすごい切れ味だなーこの剣」
大きなキノコに手足を生やしたような魔物、『イーヴィル・マッシュ』は中心から体躯を二つに分け活動を停止する。
無残な姿となったモンスターを見下ろし、感嘆を吐きながら剣を腰につけた鞘へとしまった。
あたり一面は、空を覆い隠すほどの樹木が茂っている。
僕は今、ギルドガルドを離れ『リーンの森』と呼ばれる場所へとやって来ていた。
「さすがです、リオ君! やっぱり、刻印持ちはすごいです!!」
かけられた声へと振り返る。
フードを揺らしながら駆け寄る少女に、僕は照れながらも苦笑を返した。
「はぁーこの調子なら大丈夫そう……。
ニコニコと笑顔を送る少女を、僕は微妙な気持ちで見つめる。
(僕にとっては、アンラッキーだった気がするけど……)
全身真っ白のローブを纏い、手には木製の杖をたずさえ。
かぶったフードから飛び出した二つのおさげ髪と、くりくりとした丸い瞳が特徴的な『ハル・ハライヤ』と名乗ったこの女の子。
僕は今、この子の依頼を受け森の先にあるとある村を目指している最中だった。
受けちゃった以上はやるしかないけど、なんでこうなったかなぁ……。
ハルと共に歩みを進める僕は、ため息交じりに昨日のことを思い返していた。
以下、回想――。
*
「申し訳ないけど、私は既に受けているクエストがある。だから、あなたの力にはなれない」
「そんなぁ……」
がっくりと肩を落とした少女。
今にも泣きだしてしまいそうなその表情は、はたから見ている僕でさえ気の毒に思えてくる。
彼女の依頼内容は、自身の故郷である『リーンベル』という村の復興。
何やら村にモンスターが住み着いているらしく、それを退治できる冒険者を探しているらしかった。
「気を落とさなくても大丈夫。ギルドガルドにはたくさんの冒険者がいる。あなたの依頼を受けてくれる人だっているはずだよ」
「ダメなんです! 普通の冒険者じゃ……無理なんです!」
声を荒げる少女に、揃って首をかしげる僕とレーアさん。
一体どういうことだろう。
確かにレーアさんクラスの強さを持つ冒険者は少ないかもしれないが、これだけ人がいるんだし見つからないということも無いと思うが。
「あの鐘は、刻印持ちにしか鳴らせない……」
「……なるほど。思い出した、『浄化の鐘』ね?」
レーアさんの言葉に、こくりと頷く少女。
浄化の鐘、リーンベル……。
うーん、何だかアカデミーで習った気がするけど。
「私の故郷は、
「うん、知ってる。確か初代勇者様一行の一人、聖女テラ様が邪気を振り払う浄化の鐘を作ったんだよね?」
「はい……。はるか昔、旅の途中で村を訪れたテラ様はその景観に非常に感動されたようで、この場所がなんびとにも侵されぬようにと、浄化の鐘を設置されました」
それなのに……、そう呟き少女はうつむく。
二人の話を聞いて、僕も少しずつだがリーンベルのことを思い出していた。
聖女テラが愛した、精霊すら訪れると言われる神秘の地。
彼女の施しを受けリーン”ベル”と名付けられたその場所は、人々の観光地として大いに賑わっていたという。
だがしかし、アカデミーの授業ではすでに滅亡した村だと聞かされていたが……。
「私が六つのとき、もう十年前です。定期的に鳴っていた鐘が、突然止まってしまったんです。そして、まるでその機をうかがっていたかのように現れたモンスターによって、村は壊滅しました」
顔を歪めた彼女を見て、僕はやり場のない気持ちを感じていた。
自分の育った場所を、誰もが愛した自然を、大切な人たちを……。
その全てを蹂躙される、それはどれほどに辛いことなのか。
「鐘は、鳴らせなかったの?」
「はい、村には刻印持ちはいませんでしたから……」
「ちょっと待ってください。 鐘なんてただ鳴らすだけでしょう? そんなの誰にだって――」
二人の会話に割って入る。
しかしよほど的外れの事でも言ったのか、何だか冷めた視線を向けられ途中で口を噤んでしまった。
「テラ様の特殊な魔法によって、浄化の鐘は普通の人には触れることもできないんです」
「えぇ!? 何でそんな仕様に?」
「心無い人による悪戯を避けるため、だろうね。でも今回はそれがあだとなった」
「はい。私たちもずっと独りでに鳴り続けていた鐘が止まるとは思ってもみませんでしたから、対策も何も取っていませんでした。そして月日と共に、リーンベルは人々の記憶から、地図からさえも姿を消しました」
唇を噛みしめ、悔しそうに少女は呟く。
僕は、ただただ信じられなかった。
それほどまでに人々を虜にした地が、たったの十年で消え去るなんて。
納得がいかない、そんな僕の気持ちを察したのかレーアさんは口を開く。
「モンスターに滅ぼされた町や村なんて山ほどある。中には王国だって例はあるんだよ。だから、みんなそれを嘆きはしても珍しいとは思わない。そういう世界なんだ」
「でもっ……!?」
でもそれは、他人事だからだ。
その場所に住む人たちにとっては、そんな簡単に割り切れることじゃない。
僕だって生まれ故郷のファースの村が無くなってしまったら、どれほど嘆き悲しむだろう。
何とかしてあげたい、そう感じた僕はレーアさんへとこの子の助力を乞う。
「どうにか助けてあげられないんですか? 今受けているクエストが終わってからでもいいですから!」
「協力してあげたいのはやまやまだけど、私にも仲間がいるから一人では決められない」
(この人、もうパーティーを組んでるんだ……)
驚愕の事実に落胆しつつも、考えてみればそれもそうかと思えてくる。
レーアさんくらい強くて刻印持ちとあらば、パーティーの勧誘もひっきりなしであろう。
そういえばアカデミーのときから、すでにオファーが来ているなんて噂もあった気がする。
彼女と一緒に冒険できたらなんて、淡い期待を見事に打ち砕かれた僕だったが、それならばと提案をする。
「じゃあ周りの人を説得しましょうよ!? 僕も一緒にお願いしますから!!」
「うーん、どうだろう。非公式のクエストとなると、仲間が首を縦に振るとは思えないかな」
非公式、つまりギルドを介さないクエストのことだ。
基本的に、ギルドは自所で管理しているクエスト以外を受けることを推奨してはいない。
適正ランク、出現モンスター、必要なアイテムなど、しっかりと情報を管理したうえでクエストを提示するギルドに対し、一個人からの依頼というのは安全面でも信頼面でも劣るからだ。
受けてみれば聞いていたのとは違う超強力モンスターが出てきたり、報酬を支払わずとんずらされたなんて話もあるらしい。
いらぬトラブルを避けるため、依頼側も受ける側も必ずギルドを通しましょうとミリアさんにも言われたっけ。
「それなら、ギルドに申請すればいいんですね? そうすればお仲間の方が難色を示すこともないでしょう!?」
「そう、だけど……。それができないから、こうして直接声をかけてきてるんじゃないかな」
えっ? と僕が目線を向けると、件の少女はその通りと言わんばかりに頭を垂れる。
「お金が、足りませんでした……。刻印持ちのみの募集となると、申請にかかる手数料も莫大で……」
「だろうね。クエストの申請料金は難度や募集要項によって変動するし、達成者に対する報酬も必要だ。 一体いくら用意できてるの?」
「えと、多少はあるんですけど……まとまったものは村が復興してからに」
「後払いってわけだね? んー厳しいこと言うけど、それじゃあ誰もあなたの依頼には応じてくれないと思う」
レーアさんの言葉に、しょんぼりと少女は息を吐く。
「やっぱり、そうですよね……」とのつぶやきから察するに、断られたのはこれが初めてではないのだろう。
来る日も、来る日も、ギルドガルドにやってくる冒険者の中から刻印持ちを探し、依頼しては断られを繰り返していたんだと思う。
ときには冷たい対応をされたことだってあったはずだ。
それでもこの子は諦めず、故郷を取り戻すためいつ来るかもわからない刻印持ちをたった一人で待ち続けているんだ。
金に糸目をつけず、ただ純粋に困っている人を助けてくれる。
そんな、勇者を探して――。
「お忙しい中、すいませんでした。また他の人を当たってみますね、えへへ……」
絞り出すように声に出し、彼女は儚げに笑う。
無理やり作ったであろうその表情は、僕の心をチクリと刺しやりきれない感情でいっぱいにする。
すると、レーアさんが僕の肩をポンッと叩いた。
そして、何を思ったのか少女を呼び止める。
「まだ諦めるのは早いよ。彼がいる」
彼、というのは明らかに僕を指していた。
つまり、だ。
僕にこのクエスト受けろってことぉぉぉっ!?
「幸いなことに彼も刻印持ち。しかも、まだ他の依頼は受けていない」
「ちょっ! レーアさん!? 僕なんかまだ冒険者になったばかりですし、いくら何でも――!?」
黒髪のおさげを揺らし、少女が一気に駆け寄ってくる。
フードの底から見上げる表情は、うるうると瞳を震わせまるで愛らしい小動物のようだ。
「お願いしますっ」と懇願する彼女を振り払う冷酷さを、残念なことに僕は持ち合わせていなかった。
「リーンの森には低ランクのモンスターしかいないと聞くし、きっと何とかなると思う」
「そんな簡単に言わないでくださいよ……」
「鐘を鳴らせばいいんだ。そうすれば、どんな凶悪な魔物だって打ち払えるよ」
鐘を鳴らすだけ……。
つまりは想定外のモンスターとの戦闘は避け、浄化の鐘を打ち鳴らすことのみを目的とする。
確かに大型モンスターの討伐とかに比べれば容易に感じるけど、そんなにうまくいくもんかな……。
「大丈夫です! クエストには私も同行しますから!」
「見たところこの子は白魔導士みたいだし、サポートの面も不安はなさそうだよ」
言われてみれば、この純白のローブは回復や補助魔法を専門とする白魔導士が身に纏うものだ。
「最初のクエストだし、勇者の卵らしく損得勘定なしの人助けもいいんじゃない?」
「そう、言われましても……」
答えを決めかねている僕を決断させたのは、やっぱりというかレーアさんの言葉だった。
「君なら絶対できるよ。がんばって!」
微笑みと共に開かれた薄い唇。
目もくらむような輝きを放つ、彼女の期待に満ちた眼差し。
それを直視してしまった僕の脳細胞は、勝手に言葉を紡いでしまう。
「やります! やらせてください!!」
*
何だかこう思い返してみると、やっかいごとを押し付けられただけのようにも感じるな……。
嘆息しながらも、僕はハルの案内に続きリーンベルの村を目指す。
森のなか草木をかき分け作られた林道は、遠のいた人足と共に廃れきってしまっていた。
僕の一歩手前を歩くハルはというと、クエスト受注者が見つかったのがよっぽどうれしいのか、先ほどから顔を緩ませてばかりだ。
それに比べ、僕の頭は不安でいっぱいだ。
モンスターとの対峙に関しては、ジェリーキングという格上との戦闘に勝利したおかげなのか恐怖を感じることは少なくなっていた。
レーアさんの言うようにこの場所には出てくるモンスターは低ランクばかりだし、竜の中爪でできた剣があれば苦戦することもない。
だけど、この先もし想像を超えるような強力な魔物が出てきたら……!?
そう考えてしまうと、自然と足取りが重くなる。
でもなぁ……、レーアさんに「がんばって」って言われちゃったしなぁ。
彼女の表情を思い出す度、不思議と力が湧いてくる。
大丈夫、ただ鐘を鳴らすだけだ。
最悪の状況になったら逃げればいい。逃げて逃げて逃げ回って、隙をみつけて鐘を鳴らす。
辺りのモンスターは消滅して、村は平和を取り戻して。
僕はレーアさんに「さすがだね!」って褒められてハッピーエンド。
よしっ、これで行こう! と気合を入れる僕に、ハルの悲鳴が届いた。
「リオ君、モンスターです!」
現れたのは人間の大人と同じサイズの体躯の蟻型モンスター、『ヘルアント』。
強靭な顎につかまれば、人の四肢などいともたやすくなどかみちぎってしまうであろう。
だけど、当たらなければどうということはない。
動きは遅く、顎の攻撃以外に注意する点はなかった。故に討伐ランクはHランク。
僕でも十分に戦える相手だ。
「ハル、僕の後ろに隠れてて!」
鞘から剣を抜き、ヘルアントに相対する。
脳裏に浮かぶは麗しきレーアさんの姿。
僕はこのクエスト成功させて、もう一度彼女とデートするんだ!
両断っ――!!
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