第11話 デート。


「行ってらっしゃいませ。旅の御武運をお祈り致します」

 

 翌日。

 僕はフロントで部屋のカギを返すと、ホテルの外へと出た。

 さんさんと降り注ぐ太陽。

 その光を全身で受け止め、大きく伸びをする。

 あぁ、なんて気持ちがいいのだろう。

 見上げる空は故郷のものに比べれば狭く感じてしまうが、それでも僕の心はいつになく上機嫌だった。

 昨日、レーアさんと共にした食事。

 それももちろん理由ではあるが、僕にはこの後とっても嬉しいことが待っている。

 僕はこの後……、この後……!!

 

「おはよう。待たせちゃったかな?」

 

 ぐるん。光の速さで百八十度振り返る。

 (うっ! 眩しい、眩しすぎる!!)

 目が眩んだのは、彼女の装備が陽の光を反射したせいなのか。それともその美貌のせいか。

 全身を銀を主体とした防具に身を包む、レーアさんがそこには立っていた。

 

「お、おはようございます! 僕も今出てきたとこですから!!」

 

 昨晩とは違う無骨な恰好ではあるが、それでも彼女は美しい。

 こんな人と一日デートできるなんて、僕は本当に幸せ者だぁ……。

 

 前日の食事の席のとき。

 この街に来たばかりの僕に気を遣ってくれたのか、彼女はギルドガルドの案内を買って出てくれた。

 その申し出を、もちろん二つ返事で了承した僕。

 男女二人きりの観光。これをデートと言わず何と言う!?

 しかも、お相手は麗しきレーアさんだ。

 もうこの場で小躍りでもしたいくらいに、僕の心は高揚していた。

 

「じゃあ、行こっか?」

「はいっ!」

 

 促され、すぐさま彼女の隣につく。

 並び歩くその姿は、はたから見れば恋人同士にでも見えるだろうか。

 自然と顔がにやけてしまう僕に対し、彼女は不思議そうな表情を向けてくる。

 ごめんなさい、アイナさん……。

 僕は今、村を出てよかったなんて感じちゃっています!

 ほどなくして、都会の喧騒が僕たちを包み込んだ。

 


                  *

 


「いやー、ほんとに広いですねこの街」 

「たくさんの冒険者が利用する場所だからね。それなりに大きくないと、人があふれちゃうもの」

 

 僕は、ギルドからもらった冒険者の手引きに目を通す。

 記されている地図を見たところ、このギルドガルドは東西南北の街道を組み合わせた十字の造りになっているようだ。

 そして区画ごとに番号が振られ、それぞれ周辺の施設など説明が表記されている。

 今いるこの商店街(ショッピングストリート)は西の第一区画か……。

 ちなみにギルドがあるのは東第一区画だ。

 どこか神聖さを感じさせたあの通りに比べると、この場所は非常に乱雑に思えてしまう。

 所狭しと並んだ商店。声を張り上げ客引きをする人。

 道行く人はみな冒険者のようで、それぞれ思い思いに立ち並ぶお店を眺めている。

 

「街の入り口にも何軒かお店があったでしょう? あそこで買うのはあまりおすすめしない」

「え? どうしてですか?」

「値段が少し高いの。きっと、旅にでる冒険者がここまで買い物に来るのをめんどくさがって購入するのを期待してるんだと思う」

 

 なるほどと、僕は手の平を打つ。

 確かにいざ冒険へ! ってときに忘れ物があったりすれば、ここまで戻るのは至極面倒だ。

 すぐ横で売っているのならば、多少高価でもそこで買ってしまうのが人の性かもしれない。

 んー、僕も知らなければ同様だったであろう。気をつけないと……。

 

「君は何か必要なものがある? 武器は大丈夫そうだね、新調したほうがいいのは防具かな?」


 武器……? はっ! そうだった!

 僕は腰に携えた剣へと目を配る。

 昨日から浮かれっぱなしで、卒業試験でのお礼を言えていなかった!

 

「あっ、その節は本当にありがとうございました! 頂いた竜の中爪にも、こうして本当にお世話になっているというか……」

「やっぱりその剣、あのときのなんだね。うん、パッと見よくできてるよ。きっといい腕の鍛冶師に打ってもらったんだろうね」

 

 深々と頭を下げる僕に対し、彼女は「気にしないで」と声をかける。

 こうして考えてみると、僕はレーアさんに助けてもらってばっかりだなぁ……。

 いつかどこかで、必ず恩返ししないと。

 恐縮しながら顔を上げる僕の耳に、ふとどこからか話し声が舞い込んだ。

 

「おい、銀色の戦乙女シルヴァリアだぜ」

「勇者の血縁、新進気鋭の刻印持ち様じゃねえか」

 

 またか……。

 明らかにレーアさんに向けられた好奇の目。

 さっきから彼女を見るたび、冒険者たちはひそひそと密談を繰り返していた。

 

「あの金髪のガキはなんだ? 新しい仲間パーティーか?」

「あんな弱そうなのレーアが引き入れるわけねぇだろ? 大方あいつの”遊び道具”ってやつさ」

「うらやましーねー。俺もあんな美女なら遊ばれてみたいぜ」

「ばかっ! 聞こえるぞ!!」

 

 もう、聞こえてますけど……。

 僕がじろりと視線を送ると、二人の冒険者はばつが悪そうにその場から去って行った。

 はぁ、全くせっかくの気分が台無しだ。

 息苦しさを感じる僕とは対照的に、当のレーアさんは全く気にも留めていない様子だった。

 気付けば防具屋の店頭に飾られた全身鎧フルアーマーを、難しい顔をして眺めている。

 

「うーん、これじゃあ君には重すぎるかな?」


 呟きながら品定めをする彼女。

 僕はその隣に立つと、道行く人の注目を浴びる彼女に少したずねてみることにした。

 

「レーアさんはその……気にならないんですか?」

「他の冒険者のこと?」

 

 表情も、目線も変えず、言葉だけを返す。

 

「はい……。何ていうか、レーアさんってアカデミーの時もでしたけど、外でも有名人なんですね」

「勇者になれば、もっと耳目を集めることになる。こんなの、いちいち気にしてられないよ」


 それに――。

 そう呟くと、彼女は銀色の両眼を僕へと向けた。

 吸い込まれそうなほど澄んだ瞳は、何かを期待しているようなそんな思惑を秘めていて。

 僕は真っ向からそれを受け止めることが出来ず、思わず視線をそらせてしまう。

 

「君も、いつかこうなる。そして知るんだ。勇者の刻印ブレイブマークを持つことの、その重さを……」

 

 僕はその言葉に、何も返すことはできなかった。

 そうだ、僕たちは『百万分の一』の神に選ばれし人間なんだ。

 アカデミーにいたときの様に、周り全てが刻印持ちなわけではない。

 レーアさんへ向けられた眼は、明らかに好意的ではないものも含まれていた。

 勇者の資格を持つものに対する、期待や羨望。

 選ばれなかったものからの妬みや僻み。

 その全てを、僕たちは背負っていかなくてはならないのだ。

 僕より先に冒険者となった彼女は、街中案内と称し身をもってそれを教えようとしてくれたのかもしれない。

 

「んーやっぱり、この鎧はだめかな? 君じゃあ、まだ筋力が足りなそうだし……」

 

 ちなみに張られている値札は十八万ゴール

 どちらにしろ僕に買える代物ではない。

 値踏みを終えた彼女は「よしっ」と声に出すと、僕の手を引っ張りつかつかと歩みだす。

 

「えっ!? あ、あの!?」

「疲れちゃったでしょ? お昼にしよう」

 

 困惑する僕を、レーアさんは華奢な見た目からは想像もできない力で引きずっていく。

 手と手が触れ合う感触に赤面しつつも、周りからの視線が刺さるほどに痛い。

 

「レーアさん!? みんなが見てますから!!」

「気にしない、気にしない。黙ってついてきて?」

 

 嬉しさと、恥ずかしさと、気まずさと……。

 いろんな感情で頭がいっぱいの僕を、容赦なく彼女は牽引していった。

 


                  *

 

 連れてこられたのは、ギルドガルドの中央部に位置する巨大な円形広場だった。

 広場の中心には初代勇者を模した銅像が建てられ、その周りを噴水が取り囲んでいる。

 付近に設置されたベンチに腰を掛けた僕は、広場内を彩る花壇や木々たちをぼんやりと眺めていた。

 

「どこ行っちゃたんだろう、レーアさん? ここで待っててなんて言われたけど……」

 

 草花を見つめながら、僕は明日からの動向を考える。

 まずはギルドで依頼クエストを受注して、お金を稼ぐ。

 それで装備を固めて、徐々に難度を上げていって……。

 気付いたらレベルが上がって、ランクアップして。

 (はぁ……、そんな簡単にいくわけないよな……)

 レーアさんがそばにいてくれれば心強いけど、彼女は翌日にはクエストへ出発すると言っていた。

 つまり、僕はまた一人ぼっちだ。

 

「やっぱりミリアさんの言うように、仲間を見つけたほうがいいのかなー?」


 青空を仰ぎ、疑問をぶつける。

 仲間というのは、冒険者にとって一番大切なものだ。

 集団による戦闘はモンスターの討伐を非常に効率良くし、生存確率も格段に跳ね上がる。

 連携のとれたパーティーであれば、自身よりも高ランクのモンスターすら倒すことができるとも聞く。

 信頼に置ける強力な助っ人、そんな人物が僕には必要なのだ。

 そうだ、レーアさんなら!? 彼女なら全て申し分ない!

 実力は言わずもがな、同じ刻印持ちだし人間的にも信用に値する。

 彼女が仲間になってくれれば……!?

 

 そこまで考えて、僕は大きく息を吐いた。

 無理に決まってるじゃないか……。

 僕なんかが彼女のパーティーに加わったところで、力の差は歴然。足を引っ張るのは間違いないことだ。

 これ以上、彼女に迷惑をかけるわけには行かない。

 自分の淡い願望を、首を振り僕はかき消した。

 

「お待たせ!」

「うわっ!!」

 

 急に声をかけられた僕は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 両手に拳大の串焼きを持つレーアさんは、その反応に不思議そうに首を傾げた。

 

「どうしたの?」

「い、いや何でもないです……。それより、何ですかそれ?」

「ギルドガルド名物、『ジェリー田楽』だよ!」

 

 はいっと、それを差し出す彼女。

 正方形にカットされた灰色の物体はよく見れば少し透けていて、ぷるぷると柔らかそうに身を震わせている。

 溢れんばかりに塗られた味噌からは、香ばしい香りが立ち込めていた。

 

「へぇ、ジェリーって食べられるんだ。っていうか焼くとこんな色になるんですね?」

 

 初めて目にする品に感嘆する僕。その隣に、レーアさんはすっと腰を下ろす。

 そしてぱくりと、ジェリー田楽を可愛くひとかじりした。

 

「おいしいよ?」

 

 僕もそれに習い、かぶりつく。

 コリコリとした食感はたまらなく、甘めの味噌の風味が非常にマッチしている。

 朝から何も食べていなかったからか、僕はすぐにジェリー田楽を平らげてしまった。

 

「はぁーおいしかった! まさかジェリーにこんな使い道があったとは」


 お腹をさすり、感想を述べる。

 レーアさんはというと、口の端に味噌をつけてまだ食べている最中だ。

 その姿が、何だかとても愛らしくて。

 見惚れて思わず頬を緩めてしまっていると、僕はある重大なことに気付いてしまった。

 

 左右、前後。ぐるりと三百六十度を見回す。

 この場にいるほとんどが、ある特定の組み合わせの男女ばかり……!?

 ばっと、冒険者の手引きを取り出し、この円形広場の項目に目を走らせる。

 

 『円形広場』

 

 ・ギルドガルド屈指のデートスポット。

 ・のどかな雰囲気は、意中の人との距離を縮めるのにぴったりです。

 ・中心に位置する勇者の噴水の前で告白すれば、結ばれた二人は永遠となると言われています。

 

 手引きを持つ手が、小刻みに震える。

 なんて、なんてことだ!?

 なんて、場所に僕を連れてきたんだ!?

 はっと彼女を見ると、田楽を食べ終え満足そうな表情を浮かべている。

 どんな意図があって……!?

 僕は恐る恐る、口を開く。

 

「あのー、レーアさん? どうして僕をここに……?」

 

 きょとんと視線を返す彼女。

 んーと顎に指をあて、彼女が言葉を発しようとした刹那――。

 僕の心臓は、最大限の鼓動を打ち付けた。

 

「ここなら、人目につきにくいかなって」

「へ?」

「周りは恋仲の人ばっかりでお互いに夢中だし、冒険者の往来はあれど足を止める人は少ないしね。それに私たちも男女だから、カップルに溶け込めるかなって?」

「そ、そうですよねー! はっはっはー、いやー僕も感じてたんですよー! ここは何だか落ち着けるなーって!!」

 

 がっくりと、肩が落ちる。

 なに期待してんだか、僕は……。

 

「君、何だかとっても居心地悪そうだったから。周りばっかり気にして、心ここにあらずって感じだった」

  

 正直今も、僕たちが周りからどう見られているのかが非常に気になるところだ。

 仲睦まじく休日を楽しむ冒険者のカップル、そんな風に思われてたりするんだろうか?


「私は他人を気にするくらいなら、もっと自分を見つめるほうが大事だと思う。だから――」

「あっ、あの!!」


 突然と登場した第三者の呼びかけにより、レーアさんの言葉はそこで途切られる。

 視線を向けるとそこには、不安そうな面持ちでこちらをうかがう一人の少女が立っていた。

 

「レーア・レスクルさん、ですよね?」

「そう、だけど。何か?」

 

 返答を聞くと彼女はぱっと顔を明るくし、僕には目もくれずレーアさんへと歩み寄る。


「クエストを……クエストを依頼したいんです!!」 

 

 

 

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