第10話 再会は突然に。
「はぁ……」
深いため息と共に、僕はベッドへと身を投げた。
視界に映るのは、見慣れぬ天井。
装飾の施された高価そうな電灯が目に眩しい。
ギルドから紹介された宿は、僕の知るそれとは全く違うものだった。
豪奢な造りの外観に、いくつも用意された客室。
従業員はみな正装に身を包んでおり、言葉遣いもとても礼儀正しい。
僕の村にある宿屋なんてとてもチープに思えてしまう程に、この場所は何もかもがスケールが大きかった。
「確か、ホテルとか言ってたっけな……」
受付の人の話だと、高位の冒険者や貴族向けの宿泊施設らしい。
ギルドの厚意で無料で利用することが出来てるが、本来、僕のような田舎者にはそぐわない場所なのは間違いなかった。
他の宿泊客はみんなお金持ちそうだし、きっと僕なんか浮いているに違いない。
こうして客室で一人きりでいても、気持ちが全く落ち着かなかった。
「これが都会……、僕の知らない世界」
この街は何もかもが刺激的だ。
だけど、とても孤独感を感じてしまう。
成り行きで冒険者となってしまったのはいいけど、これから一体何をすればいいんだろう。
帰りたい。村のみんなが……、アイナさんが恋しかった。
ふと、懐に入っていた冒険者の手引きを僕は取り出した。
表紙を開き、記された文字へと目を走らせる。
『冒険者の心得』
1、困っている人を助けましょう。
2、無理な戦闘は避けましょう。
3、冒険者どうし協力しあいましょう。
「そういえば、アカデミーでもこんなこと言われてったけな」
ぱらりとページをめくる。
『冒険者の目的』
・冒険者の最終目的は魔王を倒すことです。たくさんモンスターを倒して経験を積み、悪しき魔王を打ち滅ぼしましょう。さぁ、あなたもあこがれの勇者目指して頑張ろう!!
※魔王討伐クエストへの挑戦は、安全のためランクB以上からです。
文章と共に描かれたデフォルメされたギルドの職員のイラストを見ていると、何だかとても簡単なことに思えてしまう。
ランクB以上……。遠い、とても遠い値だ。
昼間ミリアさんに教えてもらった僕のステイタスは、こうだった。
『リオ・リネイブ』
冒険者ランク.H
Lv.4
スキル「
ランクはAからIまでの九段階ある。
僕はその下から二番目。
レベルは1から10まであり、それを越えると次のランクへと上がりまた1からスタートとなる。
なぜこんな細かい分け方をしてるかというと、同じランク内でも強さにばらつきがあるからだそうだ。
ちなみにアカデミー卒業時の僕のランクはIだった。
つまるところ最底辺。
それに比べればランクアップしていたことは嬉しいことなのだが、あのミリアさんの何とも言えない顔を思い出すと諸手を上げて喜ぶことは出来なかった。
「『これから頑張れば大丈夫ですよ!』なんて言われたけど、あれ絶対励まされてたよなー」
きっと刻印持ちのステイタスとしては、低すぎるのだろう。
そりゃそうだよ、勇者の資格を持つ冒険者が下から二番目の格付けなんて……。
大きく息を吐いて、僕は手引きのページをパラパラとめくる。
あった……、魔王についての項目。
『魔王とは?』
・魔王とはモンスターの王を指す呼称です。
・モンスターの種族ごとに魔王は存在すると言われ、『
・魔王のランクは全てAです。見かけても腕に自信の無い冒険者は決して手を出さず、速やかにギルドへと報告をしてください。
・これらを一体でも討伐できれば、ギルドより『勇者』の称号が送られます。
「ランクAって……無理だよ、こんなの」
長い世界の歴史の中でも、勇者となった冒険者は数えるほどしかいない。
そしていくら冒険者が魔王を倒そうと、時がたてばまた新たな魔王が生まれる。
繰り返される人とモンスターとの闘争。
僕たちは、争いの輪廻の中にいるのだ。
「アイナさんもひどいよ、勇者になるまで帰ってきちゃだめだなんて……」
思わず愚痴がこぼれる。
もしかしたら、僕は故郷に二度と帰ることができないのだろうか。
それだけは絶対にいやだ。
だから……もう少し頑張ってみよう。
アイナさんも口では厳しいことを言ってはいたが、ある程度強くなった僕をみれば帰郷を許してくれるかもしれない。
それに、ファースの村だっていつ凶悪なモンスターに襲われるかわからない。
そんなとき、みんなを――アイナさんを守ることのできる力が欲しい。
勇者になるのは無理だろうけど……僕は、強くならなくちゃ。
決意を固めると同時に、ぐうぅとお腹がなる。
そういえば、夕食がまだだったっけ?
たしか、ホテル備え付けのレストランで食事ができるって言ってたような……。
しかも食事代も無料と聞いている。
「うーん、僕みたいな貧乏人が行っても大丈夫だろうか?」
これだけの高級施設だ。食事をする人たちも分相応の方が多いはず。
粗相でもしたら、白い目で見られるのは確実。
いや、むしろこんな身なりで行けばそれだけで煙たがられるのではないか……。
一応シャワーも浴びて綺麗にはなったけど、どう見たって貧相だよなぁ僕って。
ぐうぅ。
悩みはしたが空腹には耐えられず、僕は自室を後にした。
*
「お待たせ致しました。こちらがミノタウロスの赤ワイン煮でございます」
正装に身を包み蝶ネクタイを付けた給仕の人が、僕の座る席へと料理を置いた。
真っ白な円形の皿に乗る、見るもやわらかそうな肉の塊。
その周りを彩るクレヌソンと呼ばれる山菜と、真っ赤なベリートマト。
だめだ、見ているだけでよだれが出てしまう。
僕は慣れないフォークとナイフを使い、ミノタウロスの肉を口へと運び込んだ。
はむっ。
なんて……なんて柔らかさだっ!?
まるで口の中で溶けてしまいそうな程の感触に、思わず顔がにやけてしまう。
絡みつくソースは少し酸味が効いており、とても濃厚。
付け合わせのクレヌソンはぴりっと辛く口直しにはもってこいだし、ベリートマトは見た目を鮮やかにさせている。
「あぁ……幸せだぁ……」
とろとろの肉をほおばりながら、僕は自然と笑みをこぼした。
高いホテルの最上階に位置するこのレストランは、やはりというか非常にリッチな造りであった。
天井には大きなシャンデリアが吊るされ、いくつも並んだテーブルには純白のテーブルクロスが掛けられている。
壁一面は窓となっており、ギルドガルドの街並みを見下ろすことができた。
ちなみに時刻はもう夜に差し掛かっており、眼下に広がる景色からはいくつもの明かりを確認することが出来る。
その光景がとても幻想的で、どこか優雅な気分に僕は陥っていた。
「この料理を食べれるだけで、冒険者になった甲斐があるよなぁ」
なるべく人目につかない一番はじの席に座る僕は、ちらっと周りに視線を配る。
レストラン内は満席だった。
食事をしているのは豪華なドレスをまとった貴族らしき人や、高級装備に身を固めた冒険者らしき人。
思った通りの状況に、少し肩身を狭く感じてしまう。
早く食事を済ませて部屋に帰ろう……。
そう思い残った肉に大口を開けてかぶりつくと、突然と声をかけられた。
「ここ、座っても大丈夫?」
ぎょっと、僕は目を見張る。
そこに立っていたのは、銀髪の少女『レーア・レスクル』だった。
僕をドラゴンから救ってくれた、美少女剣士。
勇者の血を引く、僕と同じ刻印持ち。
何で……こんなところに!?
「ごほっ、ごほっ!!」
驚きのあまり喉を詰まらせた僕を、彼女は心配そうに見つめる。
周囲の客も、何事かと不快そうにこちらへと視線を送っていた。
水を一気に飲みほすと、何とか声を絞り出す。
「ど、どうぞ……」
「ありがとう。席が空いていないから、どうしようかと思っていたの」
本物だ……。
僕の対面に座った彼女。
腰まで伸びたしなやかな髪、整いすぎたと言っても過言ではない端整な顔立ち。
何より特徴的な、髪色と同じ銀の瞳。
レーアさんだ……、間違いなくレーアさんだっ!
「久しぶりだね? 元気にしてた?」
「は、はい! その、レーアさんも元気そうで何よりで……」
はうぅ……緊張する。
美形揃いのエルフにも負けない美貌を持つ彼女を前にして、僕の心臓は破裂しそうな程脈打っていた。
「いらっしゃいませ、レスクル様。今宵はいかがなさいますか?」
「彼と同じものを」
「かしこまりました」と頭を下げ、去っていく給仕の人。
名前まで憶えられてるなんて、レーアさんはここをよく利用するのだろうか。
「ここにいるってことは、冒険者になったんだね?」
「あっ、はい! 今日ギルドに登録をして、それで無料で泊まれると紹介されて」
「そっか、初回は無料にしてくれるんだっけ? 刻印持ちだとこのホテルを使わせてくれるみたいだね」
「えっ、他の人は違うんですか!?」
「普通の人はただの宿屋だよ。まぁここ結構料金高いし、誰にでもはサービスできないんじゃないかな?」
そう言うと、レーアさんは僕にこのホテルの宿泊料金を耳打ちした。
がーんと、鈍器で殴られたような衝撃が体中を突き抜ける。
(た、高すぎる……!?)
レーアさんに会えるならと、また利用しようと思っていた僕の思惑は、見事に壊れ去っていった。
「どうしたの? 暗い顔して」
「いえ、ちょっと現実を思い知ったというか……」
ほどなくして、レーアさんの前にも料理が運ばれてきた。
彼女は上品にナイフでそれを切り分け、小さな口へと運ぶ。
その姿がとてもさまになっていて、僕は思わず見とれてしまっていた。
「ギルドに登録したってことは、ステイタスも視てもらったんだよね?」
「はい……。でも、多分あんまり褒められたものではないと思います」
「そうなんだ……。私もなかなかランクが上がらなくて苦労してるよ。もう少しなんだけど」
「もう少し、ですか? ちなみに、レーアさんのランクって?」
「Cだよ」
あぁ……言わなくてよかった。
Hランクだなんて知られたら、絶対嫌われる。
かけ離れた実力差に、苦笑いすら浮かべてしまう。
僕と彼女はアカデミーの同期のはずなのに、ここまで差があるなんて。
この人のもう少しというのは、魔王に挑めるまであと少しという意味なのか。
「スキルは? 刻印持ちなら特殊なスキルが発現してたでしょう?」
「それが、あるにはあったんですけど説明を聞いてもよくわからなくて。
ミリアさんから受けた、僕のスキルに対する説明。
このスキルは特殊な条件下のときのみ発動される。
その条件というのは、僕の心が関連するらしい。
でも、発動すれば強力であるのは間違いなし。
口で説明するのは難しいから、とりあえず信頼できる仲間を見つけろなんて言ってたけど……。
「うーん、条件付きスキルかぁ……。発動条件が良くわからないんじゃ、使いこなすのは難しそうだね」
「そうなんです……。一度だけスキルが発動した時があるんですけど、無我夢中だったんであまり覚えてなくて」
「私の知ってるかぎりだと瀕死のときに強くなるっていうのがあるけど、あくまでそれは一般のスキルだし効果も小さい。それに比べて刻印の力はユニークスキルって呼ばれてて、その人唯一の技能。どれもとても強力なもののはずだから、私の知るものと君のとでは別物なんだろうね」
レーアさんの言っているのは『底力』ってスキルだっけ。
戦士や武闘家なんかが会得していることの多い技能で、ピンチの時に底に秘めた強い力を発揮するってやつだ。
確かにジェリーキングと対峙した時と状況は似ているけれど、なんか違う気がする。
底にある力とかじゃなく、まるで自分が別人になったかのような、そんな感覚だった。
まぁ、あまりスキルに頼りすぎるのは良くないっていうし、窮地に陥るような展開はできる限り避けたい。
そんなに気にしないでおこう。
「そうだ! レーアさんの――」
レーアさんのスキルは何ですか?
そう言おうとして、僕は口を噤んだ。
もし、もしこれで彼女がぶっ壊れレベルの技能を持っていたら……?
ただでさえかけ離れたランクにスキルまで差を付けられてしまえば、僕のハートは粉みじんになってしまうであろう。
不思議そうに首をかしげる彼女を前にし、僕は無理やり質問を変えた。
「レーアさんのお肉、美味しそうですね!」
「君と同じもののはずだけど……?」
(当たり前だろうっ!!)
僕は心の中で、自身に突っ込みを入れる。
とらえ方によっちゃ相当変なこと言ってるぞ!
「レーアさんって、華奢だけど出るとこ出てて美味しそうですね」
こう言ってるようなもんだぞ!
食人鬼かぼくは! いや、変態か!?
思わず頭を抱える僕に対し、レーアさんが自分のお皿からミノタウロスの肉をフォークで差し出した。
「あーん」
「へ?」
「食べたいんでしょう? はい、あーん」
恐る恐る、それをぱくりと口にする。
何故だかわからないが、本当に僕のものより数段と美味に感じてしまう。
へにゃあっと顔から力が抜けていき、僕は至福のときを味わった。
「おいしい?」
「はい! とっても!!」
「おかしいな? ここのシェフの腕は確かだから、味に差が出ることは無いはずなんだけど……」
そういうことじゃないです、と思いながらも緩んだ顔は戻らない。
あぁ、冒険者になってよかった。本当によかった……!
「ねぇ、このお肉。仕入れているのは冒険者だって知ってる?」
急に話題が変わり、僕ははっと皿を凝視する。
ミノタウロスの肉。つまり、モンスターの肉だ。
「ミノタウロスは牛頭人体の魔物。討伐ランクはD。一般の人じゃ、倒すことはできない」
「じゃあ冒険者が狩りをして、このレストランに食材として流していると?」
「そう。このクレヌソンもモンスターの多い山岳地帯に生える植物だし、ベリートマトは特定のモンスターの好物でもあるから採取するには危険が伴う」
何だか不思議な話だった。
冒険者の仕事というのはモンスターから人々を守ることだと思っていたが、まさかそんな一面もあるなんて。
でも、その人たちのおかげで僕らはこんなおいしい食事ができてるんだから感謝しないと。
「そういう人たちがいるから民衆の生活が豊かになってるのはわかってるんだけど、私はやっぱり違うと思う」
腑に落ちない、レーアさんはそんな表情をしていた。
「
彼らとは、こういった狩猟や採取を生業とする冒険者のことだろう。
そういえばロイさんも言っていたな、みんな魔王の強さに辟易してるって。
「君は、どんな冒険者になりたい?」
「どんなって、言われましても……」
そんなこと、考えたこともなかった。
ただ成り行きでなっただけで、本来冒険者になる気もなかったし。
きっと、冒険者にもいろんな道が広がっているのだろう。
狩猟や採取に、護衛に発掘。
人々の生活には、冒険者という存在は無くてはならないものになっている。
今はもう、魔王を倒すだけが冒険者ではないのだ。
「私は勇者を目指している。同じ刻印を持つ者として、神に選ばれし者として君はそこのところをどう思っているの?」
「僕は……勇者になれるとは思ってません」
本心だった。
それを聞いて、残念そうにうつむくレーアさん。
何だか失望されたようで、とても心が痛い……。
「で、でも! なんとなく、強くなりたいとは思ってます……」
当面の僕の目標。
ファースの村を守れるような力をつける。そして、いつか胸を張ってこの人に自分のランクを打ち明けれるような、そんな冒険者になるんだ。
「どうして? 何のために強くなりたいの?」
「そ、それは……」
村に帰るため。そしてレーアさんともっと仲良くなれたらなぁ……なんて。
だがそんな邪まな考えを、真剣な表情で僕を見つめるこの人に言えるはずもない。
何かいい言葉はないか? 模索する僕の頭に、ある男の姿が浮かんだ。
「僕の心に、勇があるからです!」
ちょっぴりだけど……。
(すいません、ロイさん。使わせてもらいました……)
あぁ、まさか悪人の言葉を借りてしまうなんて、我ながら自己嫌悪する。
しかしそのとき、僕を見つめるレーアさんの表情が大輪の花のように破願した。
「やっぱり、君は勇者になるべき人間だよ!」
銀色の瞳が僕を貫く。
いや、貫かれたのは僕のハートかもしれない。
体中を真っ赤にさせながら、僕はしばらく彼女との幸せな時を楽しむのだった。
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