第3話 冒険者様、御一行。
「うわぁ……すごい人だかり!」
普段利用客なんてほとんどいない宿屋が、店の入り口まで人でごった返している。
僕は人混みに体をすべり込ませ、首を伸ばして中の様子をうかがった。
「冒険者様、どうか魔王を倒し息子の
「任せておけ。俺は必ずや世にはびこる悪しき魔王を討伐し、世界に平穏をもたらして見せる。そして勇者となることを、この刻印に誓う!」
どっと、観衆が沸く。
老婆に話しかけられているのは、重厚な鎧に身を包む青年だった。
広さ二十畳程の宿屋のエントランス、中央に置かれた円卓には、あと二人彼の
一人は屈強な女戦士。褐色の肌を
もう一人は多分魔法使いだ。深緑のローブを羽織り、手には宝玉の光る木製のロッドを携えている。眼鏡の奥鋭く光る眼光は、彼の知性の高さを強調しているようだった。
これが冒険者たち……。危険をかえりみずモンスターと戦い、魔王を倒すため旅する人々の希望。
貧弱な自分とはかけ離れた風貌に、僕は思わず見入ってしまっていた。
するとふと、急に背中を誰かに押され、僕は人混みから冒険者様たちの前へと押し出される。
「冒険者様ー! こいつがうちの村の刻印持ちです! 俺らの村の希望、勇者の卵ですわ!」
そう声に出したのは、村の血気盛んな若者だ。
僕がおずおずと頭を下げると、冒険者様は一様に視線を細めた。
「ほう、君が……? 俺と同じ
「はい、三カ月前に……」
僕がそう呟くと、剣士の青年はすこし驚いたような顔を見せた。
はぁ……。それにしても間近でみるとすごいオーラだ。一体いくつの修羅場を潜り抜けてきたんだろう。アカデミーでもこんな気迫を持った人はレーアさんぐらいだった。僕なんかとは、まるで違う……。
「まだ旅には出ていないのか? それともこの村をモンスターから守っているとか?」
「いえ、僕は……その……」
「冒険者様、こいつ魔物と戦うのが怖くて村から出たがらないんですー! 何とか言ってやってくださいよ!? せっかくの刻印がもったいないって!」
僕の事情を聴くと、冒険者様は優しくほほ笑んだ。
赤面する僕へと手を伸ばし、頭を数度撫でるとまるで諭すように口を開く。
「少年、俺も昔はモンスターが怖かった……」
「え!? 冒険者様みたいな人が?」
信じられなかった。こんな強そうな人が、僕みたいに魔物を恐れるなんて。
青髪の剣士は厚い鎧の前で腕を組むと、目を閉じる。
「俺がアカデミーを出たのはもう六年前だ。駆け出しのときは俺も
開いた瞳は、どこか遠くを見つめるようだった。
過去の自身の愚行を省みるように、冒険者様の顔に恥じらいの色が浮かぶ。
「それからしばらくは、まともに剣が握れなかった。初めて知った死の瀬戸際、無残な姿となった
「じゃあ、どうして……」
どうして、まだ冒険を?
僕がそう問いかける前に、冒険者様は視線を下げ手首に印された
まるで熱でも帯びたかのように、その痣が輝いて見える。
「魔王に苦しめられる人々を目にする度、この刻印がうずくんだ。逃げるな、お前がやらずして誰がやる? そう訴えるようにな……。それに俺自身、魔物に襲われている人を見て見ぬふりなんてできなかった。だから俺はもう一度、剣を取ったんだ」
両隣に座る女戦士と魔法使いが、「フッ」と口から笑みをこぼす。
きっとこの偉大な剣士を、仲間として誇りに思っているのだろう。
勇者になんかなりたくない、そう考えていた僕でさえ胸に熱いものがこみあげてくる。
「少年、名前は何という?」
「っへ!?」
聞き惚れていた僕は、急に自分の名前を聞かれてすっとんきょうな声を上げてしまう。
周りがくすくすと笑う中、この剣士だけは真摯な表情を変えはしなかった。
「……リオ・リネイブです」
「そうかリオ! 俺は『ロイ・ロード』だ。いいか、勇者とは心に”勇”を宿すもの。神に選ばれし君の中にも、きっと”勇”がある。今は逃げたって、戦わなくたっていい。だけど、いつか必ずその刻印が君を戦いへと駆り立てる。その時は恐れずに剣を振るうんだ。神に選ばれし、勇者の資格を持つ者として……」
再び巻き起こる大歓声。
やんや、やんやの喝采を受け冒険者たちはクールな笑みを返した。
僕はロイさんの言葉を頭の中で繰り返す。
心に勇を宿すもの、か……。
僕の中にもあるのだろうか? 悪を見逃せない正義の心。死を恐れず凶悪なモンスターに立ち向かう、そんな勇気が。
僕は自分の
と、突然。
「モンスターだぁ! 村にモンスターが出たぞ!!」
飛び込んできた凶報に、歓声は悲鳴へと早変わりした。
我先にと逃げ出していく村人を前に、ロイさんたちは動じることもせず武器を取る。
「来たか……」
そう呟き、颯爽と駆けて行く冒険者たち。
僕はその姿を、ただただ見守るだけだった。
胸の刻印がずきりと痛んだ気がした。
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