よろづ、はこび〼

犬野のあ

第1話 奇妙な客


 「いや、ほれね、年をとると忘れっぽくなって。なに買いに来たんだか忘れちゃうのよ。そいで、家に帰ってぇ、流しの前に立つと、思い出すんだわぁ……あー、お皿を洗うスポンジぃ!」


とハルカばあちゃんが素っ頓狂な声を上げたので、やっと思い出したか、とたまきは苦笑いをかみ殺した。


「スポンジなら左の棚の2番目にあるよ」


「どれどれ。ありゃま、ピンクだよ。アタシは黄色いヤツがいいんだけどねえ」


「ぜいたく言わないでよ。黄色は先月私が使っちゃったよ。来月なら仕入れておくけど」


「イヤイヤ、来月まで生きてっかわかんないし、これでいいわ。だいいち、また思い出すのにひと苦労するからさ」


ハルカばあちゃんは、前歯のない口をガハハと開いて笑った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ここは町に1軒しかない商店。


乾坤一擲けんこんいってき


とてつもなく気合いの入った名前だが、ただのなんでも屋だ。

環のひいじいさんが始めたそうだが、その頃はまだ町民も多く、

目の前の大通りがいわゆる町の目抜き通りだったとか。


いまじゃ年老いた野良猫と、耳は遠いが元気な年寄りばかりがうろうろしている。

隣町に行けばもう少ししゃれたスーパーがあるのだが、自転車で30分くらいかかる。

仕方ないから、この店がコンビニみたいな役割を果たしている。


取り扱い製品はそれこそ、おはようからおやすみまで、オギャーからご臨終まである。

どこに何があるのかわからないブラックホール・ゾーンもあるが、まあ田舎ゆえ広さだけはたんとある店なので、見ないふりだ。


環はこの店を継ぎたくもなかったけれど、大恋愛の末、大失恋にノックアウトされて店舗の2階に半引きこもり状態だったせいで、気づいたら店主になっていた。

そのときに、父親から厳命されたことはⅠつ。


よろづ、はこびます


という店先の超レトロな貼り紙だけは取ってはいけないということ。

いわれなくても、はがすものか。宅配便やらゆうパックの持ち込みは意外に多く、営業収入の一助となっているのだ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ある初夏の日だった。


いつものように店前を通りかかる猫に、賞味期限切れの節分豆を投げつけていると、やせて不健康そうな中年の女が目の前に立った。


危うく豆をぶつけそうになった環はごまかすように、小さく

「いらっしゃい」

と言った。


女はさらに小さな声で、「届けてほしいのですが」

と弁当箱ほどの包みを差し出す。


「はあ、どちらまで」


と、いいながら伝票を取りに中へ入り、


「ゆうパックですか〜、宅急便ですか」


と振り向いた。


女は消えていた。


慌てて通りに出てみたが、見渡す限り誰もいない。女が地面に潜るか空を飛ぶかしない限り、こうも忽然と消え失せるわけはない。

環はおかっぱ頭をめぐらせて、いちおう地面と空も点検したが、何の痕跡も見つけられなかった。


不審に思いながら戻ると、商品棚の隅に先ほどの包みと住所の書いた紙、その下に4つに折りたたんだ1万円札があった。

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