/大きな後ろ姿にⅡ

「・・・ちょう?・・・部長!?」

「・・・あぁ・・・すまん」

「大丈夫ですか?顔色が悪いですけど?」

「ああ・・・ありがとう。ちょっとトイレに行ってくる」

「はい。あまり無理はされないようにしてくださいね?もう一人のお体じゃあないんだし」

「生意気言うようになったな」

「ははっ。すみません」

笑みを浮かべ部下の肩を叩き気持ちをリセットするためトイレへと向かう。部下に心配させてしまう表情を作っていたのは不覚だった。上司は部下の心配はするが自分の心配はさせてはいけない。それが彼の心情だった。しかし、どうしても心の奥の辺りでなにか引っかかりがあり自分らしくないのは自覚しているのだけど、どうも集中できていない。蛇口をひねり水を出し気持ちを切り替えるつもりで顔を洗ってみる。が、どうも気持ちを切り替えることが出来ない。

「ははっ・・・確かに酷い顔だなこりゃ」

鏡に映る自分の顔はまるで他人の顔かと思わせるほど強張っていた。数人から顔色が悪い。など言われたぐらいで休みを取ることはないのだけれど、それが数十人になると他の社員の業務に支障を与えかねないため半休を取ることにした。しかし、昼から家に帰るのもなんとなく気が進まなかったため近くにある喫茶店へと入店する。ドアを開けると心地良い珈琲豆の匂いがしてくる。相変わらず日本の喫茶店は良い。なんてな事を思いながら人が好くない奥の角の席へと座る。

「いらっしゃいませ。ご注文は?」

「えっとブレンド1つホットで。それとここってパソコン使用しても大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫ですよ。ブレンドのホットですね。かしこまりました」

華奢な女性店員は頭を下げ奥へと行ってしまう。やらなければいけない仕事はたんまりとあるため休むに休めない。顔色が悪いだけであって体は至って健康体なのだ。なので半休を取ったが仕事をするのが普通だろう。若い人達にはこのような考えは古臭い。なんて言われてしまうのだろうけどそれが俺なんだから仕方がない。働いて金を稼ぐ。ただ、それだけが俺の生きがいだったりする。兎に角、俺は働いて金を稼がなければいけない・・・いけないんだ。金、金、金。それが全てだ。人に認めてもらうには良い地位に立って金を稼ぐこと。

「あ、あの・・・」

「ん?」

そこにはいつの間にか昨日の夜立ち寄った喫茶店の黒ぶち眼鏡をかけた男性が申し訳なさそうな表情をしながら声をかけてきていた。

「あ、ああ。昨日の・・・」

「よかった。覚えて下さったんですね・・・えっと・・・相席よろしいでしょうか?」

「・・・ああ。どうぞ」

一瞬自分でも可笑しな衝動にかられていた気がしたため一人よりも話し相手がいた方が良いだろうと思い彼の提案を受け入れる。彼も緊張し強張っていた表情はやんわりと笑顔へと変わり向き合うように座ってくる。相変わらずほっそりとして男らしくない。

「君はちゃんと食事を取っているのか?」

「へ?」

急に叱り口調で言葉を向けてしまったせいか目の前の彼は呆気に取られているようで戸惑っていた。すぐさま謝罪をしようとした瞬間、彼よりも先に若者が苦笑を浮かべ口を開いてくる。

「一人暮らしなもんで。自炊とかする時もあるんですけど、どうしてもジャンクフードに頼っちゃって・・・はは」

「若い時からそう言う食事をしていると後々に後悔してしまうぞ?親御さんもそんな体型じゃあ心配されるだろ?しっかりと食べないとな」

「ははっ・・・そうですね。もう少しちゃんと・・・します」

少しだけ声のトーンが下がった気がしたのだけど気のせいだろうか。顔を見てみると相変わらずの笑顔だった。第一印象とは違い少し話しただけなのだけど幾分可愛らしい青年に見えてくる。

「どうせ今日も昼ご飯とかまだ食べてないんだろう?」

「えっ!?何で分かったんですか!?」

「はぁ・・・ほれ。俺が奢ってやるから好きなもの頼んでいいぞ」

「えっ!?いや、悪いですよ!見ず知らずの僕なんかにご飯を奢ってくれるなんて」

「良いんだよ。俺はお前が気に入った。俺も昼ご飯まだだしな。ついでだよ。ついでだ。それに昨日、一度会ったからな。だから見ず知らずでもないだろ」

「でも、申し訳ないですよ・・・」

自分でもどうして見ず知らずの若者にご飯を奢ろうなんて思ったのか分からない。けれどなんとなく彼は昔の自分に少し似ていたからかもしれない。

「おじさんが奢ってやるって言ってんだから若者は素直にありがとうって甘えれば良いんだよ」

店員さんを呼び自分と彼の注文を済ませる。申し訳ない。申し訳ない。と、言い続けていたため勝手に自分と同じナポリタンを注文する。

「あ、ありがとうございます」

深々と頭を下げてくる。

「気にするなよ」

彼のお陰で少しだけ気持ちがすっきりしたような気がする。ふと気になった事を彼に聞いてみることにした。

「君ってあそこで働いているの?」

頭を下げていた彼が顔を上げ微笑を浮かべこちらを見てくる。

「はい!僕はあの場所でお手伝いをさせてもらってます」

「そうか・・・ちょっとご飯食べ終わった後、その店に案内し・・・」

耳を澄ましているとどこからもなく懐かしい曲が聴こえてくる。昔よく誰かが口ずさんでいた歌。前を向いてみると若者も小さく頭を動かしながら曲に合わせリズムをきざんでいるようだった。

「この歌知ってるのか?」

するとにこりと微笑みこちらを見てくる。

「はい。この歌最近カバーとかされててよく街中でも流れていますよ。でも、やっぱりカバーよりも槇原さんが歌っている曲が一番良いですよね」

「若いのに良く知ってるんだな」

「僕が一番欲しかったものは名曲ですよね」

「そこまで聞いてはいないけどな」

少し冷たく言い放った気がしたのに彼は気にすることなく微笑を浮かべ曲を聴き楽しんでいるようだった。しばらくすると注文したナポリタンが運ばれてくる。思った以上のボリュームに彼は喜び俺は少したじろいでしまう。今さら量を減らしてくれなんて言えるはずもなくフォークを取りだし巻き口に運ぶ。目の前の彼は今時珍しく手を合わせ、いただきます、と告げ食べ始める。こちらが大人なのに少し恥ずかしさを覚え視線を少しばかり下へと向いてしまう。ふと、つい、思った事をまたもや質問してしまう。

「どうして外食にまで頂きます。と、言うんだ?」

「へ?どうしてって・・・命を貰う訳だから当たり前だと思って意識してませんでした」

「ま、まあそうなんだけれどな」

「そうですよ!当たり前ように食事をしているけどそれって当たり前じゃあないんですよね。こうして僕たちの口にするものって生きていた動物、植物なんですよ。だから感謝の気持ちを込めて言うのは当然なんですよ」

「日本の何人がそんな事を思ってるのか分からないけどな」

皮肉のような言葉を向けナポリタンを口へと運ぶと彼は嫌な顔をすることなく笑いながら同じくナポリタンを食べ始める。自分の発言が子供じみて余計に恥ずかしくなってしまう。育ちが悪いと心まで捻くれてしまうのだろうか・・・いや、ただ単純に俺が捻くれているだけか。山盛りにされていたナポリタンを彼は俺以上の早さでたいらげ満足そうな表情で外を見ていた。あの華奢な体のどこに入ってしまったのだろうか?どうでもよい事を気にしてしまうが何度も、何度も問うのはどうかと思い山盛りのナポリタンをたいらげる。幾分、年寄りには量が多すぎたのかしばらくの間動く気にもならず珈琲を頼み小休憩をする事にした。

「そうだ。何度も質問して申し訳ないんだが」

口を開くと外へと視線を向けていた彼はこちらへと視線を向けてくる。

「君らってなにか不思議な事をしているのか?」

「不思議なこと・・・ですか?」

「あ、いや・・・なんでもない。忘れてくれ」

年甲斐もなく変なことを若者に問うてしまった。と、後悔していると彼の表情が少しだけ真面目な顔つきになった気がした。すると彼は何度か頷き静かに口を開く。

「不思議なことではないんですけど、僕たちは届けることが出来ない誰かの感情おもいを届ける手助けをしています。嘘かと思われても仕方がないのですけど僕たちは貴方の事を一番思っている方から想いを届けるように。と、依頼されています」

「俺の事を一番思っている・・・ひ・・・と?」

普段ならきっと彼が口にしている言葉を耳にするだけで俺は軽くあしらい笑い飛ばすだろう。しかし、今はなんとなく彼が冗談でこの様な言葉を向けてくる青年には到底思えなかった。

「でも、詳しくは僕では説明できません。なので一緒に【見える喫茶店】へと行きましょう。そこできっと貴方を待っている方が居られると思います。僕もよく分からないんです。ごめんなさい」

苦笑しつつ彼は席を立ちあがったためつられて俺も立ち上がり彼の後ろをついて行く。料金を払おうとするとマスターは、


彼につけておくから早くお行きなさい。


マスターの雰囲気に背中を押され喫茶店を出てしまう。相変わらずの天候で気温と睨めっこしながら歩いているサラリーマンが多く視界へ映ってくる。熱さに意識を持って行かれそうになっていると彼の声が耳に入ってくる。

「こっちです」

「あ、ああ」

言われるがままに俺は彼の後ろについて行くことしか出来なかった。きっと最近の俺が変だったせいで嫁が心配してなんでも屋かなんかに頼んでこんな事をしているんだろう。喫茶店では急かされた雰囲気があり驚いてはいたが徐々に冷静さを取り戻し捻くれた俺の思考が徐々に顔を出しつつある。

「それで、喫茶店で嫁が待ってるのか?」

「・・・もう少しで着きますので」

「君も大変だな・・・ははっ」

しばらく歩いていると夜見たあの喫茶店が目に映ってくる。すると先ほどまで前を歩いていた青年の姿が見当たらなく辺りを見渡してもどこにもいなかった。

「どこに行ったんだ?まあ、目的地まで案内してくれたからいいのか?」

立ち止まる訳にもいかないため歩き喫茶店へと入る。カランカランと心地良いベルの音が耳に入ってくる。窓からはそよ風が入りこみ観賞用の植物が気持ちよさそうにゆらゆらと揺れていた。客は相変わらず俺以外は誰も見当たらなくなんとなく奥の席へと向かい座る。

「不用心なのか?誰もいないじゃないか・・・」

辺りを見渡してみても誰も人がいる気配がない。不用心にもほどがある。勝手に入店している自分が思うのもおかしな話であるが。苦笑を浮かべているとまた、誰かがドアを開け入店してくる。白いポロシャツにグレーの長ズボン。年齢は俺とさほど変わらないぐらいの中堅の男性であった。辺りを見渡し俺と目が合うとニコリと微笑んでくる。

「どこかで会ったことがあった・・・か?」

なんとなく会釈をすると彼はこちらへニコニコほほ笑みながら近づいてくるなり、

「同席よろしいですか?」

「は、はぁ・・・」

今日は何とも変なめぐり合わせがあるもんだ。なんて思いつつ手を空いている席へと差し出す。すると目の前の彼もニコリと微笑み、ありがとう。と、告げ腰を落とす。彼はジッと俺を見ながらニコニコほほ笑んでくるだけだった。普段なら不快な思いが前へと出てきてしまうのだけどなんとなくどこか懐かしい雰囲気に見られている事を容認してもいいか。と、思ってしまうほど暖かいものであった。しかし、流石に中年のそれも同い年ぐらいの同性に見られているのは気まずいものがあったため話しかけてみる。

「あ、あの・・・本当に失礼なことをお聞きするのですがどこかで会ったことがありましたか?」

すると一瞬、ほんの一瞬だけ表情が曇ったような気がしたのだけどまたニコリと微笑み口を開いてくる。

「いや、きっと君の中ではもう覚えていないんだろうね。俺が居なくなってからどうしていたのか心配していたんだ」

「・・・」

「ちゃんとご飯食べてるか?昔みたいに野菜は嫌いだから食べない!お魚ばかりじゃあ飽きちゃうなんて我がまま言っていないか?ちゃんと人様に感謝して日々を過ごしているか?働いているからって贅沢ばかりしてるんじゃあないだろうな?ちゃんと子供の為にちゃんと貯金はしておくんだぞ・・・ってそれは俺が言えたことじゃあないか・・・ははっ」

「・・・」

「ん?どうした?そんな顔して・・・まったくお前はいつまでたっても素直じゃあないな・・・」

暖かい笑みを浮かべ目の前の中年男性は少し身を乗り出し俺の頭を荒くだけど優しく撫でてくる。よく分からない、よく分からないのだけど俺は泣いていた。いい大人が号泣をしてしまっていた。懐かしい感触。このように風に昔頭を撫でられていた気がする。暖かい記憶。けれどよく思い出せれない記憶。思い出そうとすると頭痛がしてくる。すると頭を撫でている彼が笑いながら口を開く。

「無理に思いださなくてもいい。それはお前の責任じゃあないし、俺はお前が後悔している言葉もなんとも感じてないぞ?きっとあの時、悪い事を言ってしまったって思ってるんだろう?けどな?俺は・・・いや、親って生き物は子供の全てを愛しているんだ。それが憎まれ口でもな・・・ははっ・・・っとそろそろ時間か・・・最後にお前は奥さんを見つけることができた。今までは俺が見守ってきたけどこれで安心してお母さんの所にいけるよ。絶対に幸せになるんだぞ。じゃあな」

彼は俺の頭から手を話し立ち上がると先ほど歩いてきたドアへと歩き出す。俺は必死に、必死に手を伸ばし彼の腕を掴もうとしたのだけど掴むことなく彼はドアへと向かい歩き出す。彼について行こうとしても足が上手く動かなくただ、ただ彼を見送ることしか出来ないと思った、が

「あ、ありがとうございました!」

すると歩いていた彼がピタリと立ち止まりこちらを振り向いてくる。相変わらず優しい笑顔で俺を見ていた。

「あ、あの・・・また、どこかで会えたら一杯やりながら話しでもしましょう」

なぜその言葉を選んだのか分からない。自然と出てきた言葉だった。その言葉を聞いた彼は大きく頷き

「ああ。もうちょっと大人になったらお酒でも飲みながら沢山話しをしよう」

暖かい笑みを浮かべ扉を開くと同時に白い光に包まれゆっくりと出て行く。

・・・

・・・

・・・

「・・・ん・・・こ、ここは?」

目を開けてみると見慣れない民家の居間で寝ていた。横を見てみると二人の若夫婦らしき人物がテレビを見つつお茶を飲んでいた。すると男の方がこちらに気がついたのか小さく会釈をしてくる。体を起こし交互に二人の顔を見ていると女性が口を開いてくる。

「大丈夫ですか?」

「あ、はい・・・えっと・・・ここは?」

「私の家ですよ」

「は、はぁ・・・」

上手く状況が飲み込めなく時計を見てみると夜八時を迎えようとしていた。急ぎ彼女たちにお礼を言い会社へと戻る。暖かいそよ風が頬を撫で自然と夜空を仰ぐ。

「・・・今日は星が見えるな」

暖かい笑みを浮かべ彼は会社へと戻るため歩きだす。



「きっと逢えたんだね。良かった」

柔らかく優し声色。花は先ほどの中年の男性の背中を見つつ暖かい笑みを姿が見えなくなるまで見つめていた。つられるように晴樹もまた花と同じ視線の先へ向けていた。

「花さんって凄いですよね」

「私が凄い?」

「なんとなくですけど、死んだ人の感情を受け取ることができてそれを伝えれる力を持ってるって凄いですよ。伝えたかった気持ちを伝えれるなんて凄いです」

噛みしめるように晴樹は何度も繰り返し口にする。

「ふふっ」

花は晴樹の言葉が妙にくすぐったかったのかハニカミながらお礼をするように小さくお辞儀をする。ふわりと二人の頬に暖かい夜風が撫でてくる。

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