第10話

 /玖


 突然の衝撃で目が、覚めた。焦って飛び起きると、山脈の一部が消し飛んでいた。何事かと思ったが、その消し飛んだ所から一人の少年が飛び出して来た事で何が起こったのかをすぐに理解できた。

 彼は、恐らく勇者であろう。もしそうなら、この芸当にも納得できる。あんな奴と敵対していたのかと思うと、ゾッとしてしまう。


 自分の姿を見る。

 動きにくい鎧は全て粉砕されていた。動きやすくなったから良かったが、確かあの鎧は世界最高硬度だった筈だ。それが砕けるとは、龍脈魔天は想像を遥かに超える化け物だったということか。……だが、この鎧のお陰で自分自身への被害がほぼ防げた様だが。

 ただ、左腕を持っていかれた。


 そこで、思い出した様にタルテトの方角を見た。


 街からは黒い煙が上がっている。だが、それは龍脈魔天が引き起こしたものにしては規模が小さすぎる様に思えた。あいつなら、街を全て破壊する事も出来る筈だ。なのに、何故しないのか。

 同胞は、地を駆け、空を飛び、何かを探している様だ。恐らくは龍脈魔天だろう。前もって、「私の事は気にせず、龍脈魔天を殺す事だけを考えろ」と言っておいた。


 ……あいつは、遊んでいるのだろうか。


 いや、十中八九龍脈魔天は遊んでいる。ほぼ確信を持って言える。まだ同胞がまだ生きているということ、それと、人間も殆ど死んでいないということ。この二つだ。

 まだ街には多くの命がある。人間も、同胞も。


 と、その時、街の中央にあった城が、崩壊した。


「……クソッ……こんな所で寝ている暇など、ない…………我の名はラピデストルム……誇り高き魔王だッ……」


 そうだ、私は魔王なのだ。こんな所にとどまっている暇などない。近くにあった直径二メートルを軽く超す大木を殴りつけ、その大木を数十キロ遠くまで吹き飛ばす。殴りつけてから数秒後、遠くで爆発音のような音が鳴り響いた。

 そしてその音を合図に、街に向けて走り出す。地面を抉りながら、高速で走る。


 街には、数秒で着いた。街の入り口を通り抜けようとして、ある事に気が付いた。街全体が結界に包まれている。それも、恐ろしい程に高度な。


 街には入らず、近くの壁に手を当てて結界が危険か調べる。そして分かったことは、この結界は幻影を見せる事が出来るというもの。

 そこで、初めて気付いた。街の中にいる同胞、人間、全てが幻影だという事に。あたかも生きている様に見えるが、ただ一定の動きをしているだけだ。

 なのに、確かにそれは生きている様だった。動きは人形の様なのに、確かに魂が篭っている様だ。それが幻影なのだとわかっていても、そう感じてしまう。これ程までに高度な幻影を見た事がなかった。今まで見てきた幻影でも、これ程までに生きているのだと勘違いさせられたことはない。


「なん、なんだ……」


 目に、全力で幻影に惑わされない為の魔線術を掛ける。恐らく、この状態では攻撃の魔線術を使用する事すら出来ないだろう。それ程までに全力で掛けなければ駄目なのだ。そうしなければ、龍脈魔天の事を恨めなくなってしまう。龍脈魔天の事を、見逃してしまう。そう思わせるだけの力が、この幻影にはあるのだ。


 その状態で街へ入ると、そこは地獄だった。同胞も、人間も全て、一人残らず殺されていた。建物も地面も、殆どが血で赤く染まり、まるで違う世界に来た様だ。

 ……勇者が、危ない。

 山脈を破壊する程の力を持ってしても、龍脈魔天には勝てない。


 そんな時、この街で唯一の本物の生命の反応を感じ取った。それが勇者だという事はすぐにわかった。

 すぐにその場所に向かって走り出す。


 数秒で見つけた。そこには確かに勇者がいた。

 ……だが、死体を抱きしめている。

 確かあいつは、この国の姫の一人だった筈だ。タルテトに来てすぐに私は城に乗り込んだ。その時、姫である三人をこの目で見ていたからわかる。


 きっと、幻影に惑わされているのだろう。勇者の元へ行こうとして、止めた。龍脈魔天が、近付いてくる。

 龍脈魔天は高速で勇者に近づき、そして蹴りを入れた。勇者はなす術なく吹き飛ばされる。そしてその直後、龍脈魔天はまだ原型を留めていた姫の死体を、原型を留めないほどに手で握り潰していた。


 遊んでいる。明らかに、勇者で遊んでいる。怒りが溢れる。


 勇者は刀を引き抜き戦闘準備に入った。その時間は、僅か数秒。その数秒で、無限とすら思える程に魔線を練り、それによって武具を変形させていた。さらに、右腕に鎧を纏う。

 あれなら、と、思った。あれなら、龍脈魔天を殺せるのではないか、と。


 だが、その考えは一瞬で消え失せた。


 勇者が、光の斬撃を放つ。それは、確かに龍脈魔天を飲み込んだ。あの瞬間、確かに龍脈魔天の身体は、細胞はすべて死滅した筈だ。確かに細胞が死滅したのを感じた。が、次の瞬間にはその光は霧散していた。それは役目を終えての霧散では無く、無理矢理掻き消された事による霧散だった。

 何が起こったのか、全く理解出来なかった。

 更にその直後、勇者の胸が手刀で貫かれ、勇者の命が……消えた。


「は?」


 あの、化け物じみた勇者が、殺された。

 何なんだ、あの龍脈魔天は。そう思った直後、背後に気配を感じて振り返ると、そこには龍脈魔天がいた。


「……ッ」

「ぎききき?」


 魔王の、ラピデストルムの最後の記憶は、龍脈魔天の手刀が瞬間的に私の身体を塵の如くバラバラにし、その直後に顔めがけて放たれた手刀だった。

 痛みは、無かった。代わりに、自分の身体が自分のもので無くなっていく瞬間を、この目で見た。


 ラピデストルムは死の直前、謝っていた。アウィスに。あの、メイドに。



 ……──すまない……帰れそうに、ない……

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