第8話

 /漆


 がりがりがり。ひたすら、地面を掘る。特に掘る為のものなどない為。指で掘っている。


 がりがりがり。


 けど、そのまま掘り切れる筈もなく。

 べきり。

 と、音を立てて指が反対側にまで折れた。手の甲に爪が付いている。だが気にせずに掘っていると、また一つ、また一つと折れていき、最終的には一つとして残らずに折れた。

 手はボロボロで、血まみれである。手を揺らすと、言う事を聞かなくなった指がぷらぷらと揺れる。


 このままでは掘れない。だから、手を斬り落とした。


 すると、斬り落とされた手は地面に落ち、煙となって消えた。そして、断面からは血が吹き出る。だがその血は地面に落ちる事はなく、高速で宙を舞う。そして血は腕の断面の辺りで収束し、手を形作る。そしてそれからすぐに、その血は固まり、周りの赤いが剥がれるとそこには元通りの手があった。

 僅か十秒にも満たない時間で、腕を再生させたのだ。


「ぎぎきぎ、ぎききぎぎききき」


 そしてまた掘るのを再開してから約十分後、その手はどこか外に飛び出した。空気を感じる。

 無理矢理穴を大きくし、そこから這い出る。そして辺りを見渡すと、そこには、怯える人間族のメイドがいた。


「きぎぎぎききギギギキキきキキききギキキキキキキ」


 鳴き声とは思えない気色悪いその声で嗤った後、そのメイドに向けて走り出


 ──せなかった。


 突然、何者かの剣が腹部を貫いたからだ。ゆっくりとそちらに顔をむける。

 そこには、いかにも動きにくそうな鎧を着た男がいた。


「貴様が“龍脈魔天エンヴェンス・ネーバ”だな」

「ぎぎぎ、ぎききぎぎ?」

「排除する」


 直後、龍脈魔天の身体に衝撃が走った。まるで上から押しつぶされたかの様な、そんな感覚。


「死ね。我は魔王、ラピデストルムだ。我に殺される事、誇っていいぞ」


 直後、更に強力な衝撃が走る。

 ……が、突然龍脈魔天の姿が掻き消える。高速で消えた様にも見えたが、どこか普通とは違う動きに見えた。あまりにも突然の事で、ラピデストルムは周りを焦って見渡すが、その目で捉えられたのは怯える人間族と、人間族に見向きもしない同胞。

 何処だ。血眼ちまなことなって辺りを探す。


 そして遂に、天井にいるのを見つけた。が、その直後だった。


 ──同胞の胴体と頭が離れたのは。

 ──自分の左腕が無くなったのは。


 二十近くはいた筈の同胞が瞬間的に死亡し、更にはラピデストルムの左腕まで持っていかれた。血が噴出し、ラピデストルムは床に足を着く。それとほぼ同時に、龍脈魔天は天井から離れ、ラピデストルムの前に降り立つ。その手にはラピデストルムの左腕があったが、興味なさげに後ろに放り投げ、直後に細切れにした。恐らく手で斬ったのだろうが、動きを見ることすら出来なかった。


「?! 何だ……ッ?! 何が起こ」

「ぎきき、ごまえ、づよい。だがら、ごまえ、ごろざない。どごか、いげ」


 何ともぎこちない言葉で話した途端、龍脈魔天の蹴りがラピデストルムに衝突する。またしても、龍脈魔天の動きを見る事ができなかった。そして次の瞬間、ラピデストルムは宙をまっていた。

 ところで。

 そう、ラピデストルムは一瞬で、タルテトと言う街から弾き出されたのだ。そして、タルテトとダルメトとの境に存在するランテン山脈に衝突した。


 その後、ラピデストルムは五時間目覚める事はなかった。

 目覚めたのは、ランテン山脈が瞬間的に消失したのと同時だった。

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