第7話

 /陸


 大理石の様な石で作られた、とても広大な空間で、動きにくそうな鎧で身を包んだ男が豪華そうな椅子に座っている。その隣には、メイド服に近いものを身に付けた女が立っており、話しかけていた。近い、と言うのは、メイド服を改造した様な服だからだ。動き易さを高めている様だ。それと、どうやらメイドは男に仕えている様だ。


 男は首を傾げながら、メイドにある質問をした。


「……龍脈がおかしい?」

「はい。どうも流れが。まるで突然せき止められたかの様です。場所は……人間族の街です」

「もっと詳しく」

「……はい。あの人間族最強と謳われる、勇者が存在する街、タルテトです。その地下深くを通る、比較的巨大な龍脈が、突然せき止められました。物理的に人間が何かをした、という訳ではない様です。どちらかと言えば、突然出来た『腫瘍』が原因かと。その後、龍脈は二つに分かれる事で最悪の事態となる『龍穿』を免れたようです……」


 ふと、疑問に感じた。


「腫瘍……か。それは無害か?」

「いえ、残念ながら悪性です」


 悪性腫瘍、つまり放置すれば良く無いことが起こるということだ。それに、もしその悪性腫瘍が生物なら、それも魔物なら、『龍穿』を超える災害となるやもしれない。

 魔線は生物の源。その魔線の“川”に生物が飛び込めば、その生物が元々持っていた魔線と、龍脈を通る魔線が混じり合い、生物により多くの魔線を与える。だが、もしそこに長く留まればいずれその生物にとっての限界に到達し、その生物は生物ではなくなる。そうなった生物は、ランクSSSSとも呼ばれる魔物を遥かに凌駕するする化け物となる事だろう。

 未だにその様な事例は無いが、これからも無いとは言えない。事実、タルテトの地下でそれは進行している。


 災害としては最大級と言われる『龍穿』。それは龍脈が長い期間せき止められる事で、魔線が溜まり、膨張し、爆発すると言うもの。『龍穿』という名前の由来は、その爆発にある。その爆発はあまりに強力で、空をその名の通り穿ったのだ。それも、龍が天に昇る様に、一直線に空に昇って行ったという。

 過去に起こった事例の被害は、死亡者は一億を超え、重軽傷者は更にその数倍となった。

 そしてその爆発一つで、地図から一つの大陸が永久的に消失した。


「……腫瘍は、いつからある……」

「約、一ヶ月前から」

「なら、そろそろ不味いな。ではこれから人間共を助けるとするか。ついでに和平交渉でも出来ればいいのだが」

「……流石の人間族も、助けられたと知れば我々魔族も無害だと知るとは思いますが……」

「そう、だといいな」


 メイドは表情を暗くし、俯く。そして、ゆっくりと顔を上げたかと思うと、唐突に愚痴が溢れた。ぐっと、拳を握り締めて、話す。


「……そもそも、我々は何をしたと言うのですか……。彼ら人間は突然、我々の秘宝を奪う為に戦争を仕掛け、そしてそれをあたかも我々が悪い様に広めた……。どうして……どうして我々は悪として暮らさなければいけないのですか……!」

「……落ち着け」

「…………どうして、そこまでして人間と仲良くしようとするのですか……どうして人間と仲良くしようなどと考えるのですか……」


 男は黙り込んだ。ゆっくりと瞳を閉じ、何かを考え始める。メイドはそれを無視し、ただ愚痴を溢す。その瞳にうっすらと涙を溜めて。


「……どうして、どうして…………貴方は人間を助けようとするのですか……」

「……それは……私が、ただ単に、お人好しだからだ」


 男はそう言うと椅子から立ち上がり、メイドを抱き締めた。


「人の心には、必ず闇が住まう。その闇がより濃い者達が上に立っていると言うだけだ。人間の全人口で考えれば、悪人など一割程度だ。誰もが悪い訳じゃない。その上に立つ者達を懲らしめれば、きっといい国になる筈だ。大丈夫、人間とも仲良くなれるさ」

「本当、ですか……?」

「あぁ、本当だ。その為には、人間の国に行かなくてはな」

「生きて、帰って来ますよね……?」

「当然だ」


 メイドは男の背中に手を回し、がっしりとひっついた。その為、男からはメイドの顔は見えなかった。だが、泣いているのだという事ぐらい、すぐに理解していた。ゆっくりと、優しく、メイドを包み込んだ。


「……貴方は……我々魔族の誇り高き王です……我らが、ラピデストルム様……」


 少し経った頃にはメイドは泣き止み、男……ラピデストルムに向けて笑顔を見せた。

 その時、扉がノックされた。どうやら焦っている様で、ノックの音は高かった。静かな部屋中に音は反響した。


「伝令ッ! 現在、人間族の大軍勢がこのダルメトに向けて進行中との事!」


 メイドは目を見開き、怒りを露わとするが男はそんなメイドの肩に手を置く。


「お前」

「ハッ!」


 伝令の魔族はラピデストルムの目の前で跪く。


「この街全ての魔族に伝えよ。我々は人間族の首都、タルテトに直接乗り込む。戦える者はこの城に集まり、戦えぬ者は人間族の大軍勢とは逆方向へ逃げろ。これより、人間族を助ける。

 目的は恐らくタルテトに出現するであろう“龍脈魔天エンヴェンス・ネーバ”の討伐である。人間族も大軍勢はこの際は完全に無視して良い」

「……ハッ」


 伝令の魔族は頷くと、すぐさま街全体に伝える為に走り出した。


「……行ってくる……アウィス」

「初めて、名前を呼んでくれましたね……いって、らっしゃいませ……


 そこで、二人は別れた。



 これから約三時間後には、魔族は一人として街からはいなくなった。戦える者はラピデストルムと共にタルテトに向かい、戦えぬ者は人間族とは逆方向に逃げた。ダルメトの後方にはサナガス山脈がそびえ立ち、そこに立ち入る事ができるのは魔族だけだと言われている。理由は簡単。そこに住む魔物は魔族以外を襲うからだ。何故かは知らないが、サナガス山脈の魔物は魔族を襲わない。恐らくは、一代、もしくは二代前の魔王によるものと考えられている。その二名の魔王は、自分の死を悟った時にサナガス山脈に“隠居”したと言われている。その“隠居”が関係しているのでは、と考えられているが二名の魔王がどこに消えたのかを知る者はおらず、結局の所理由は解明されていない。

 そして、五時間後。勇者がダルメトに到着したとほぼ同時にラピデストルムはタルテトに到着した。



 ──そして、それと同時に、それは現れた。


「ぎき、ぎぎききき」

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